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カテゴリ:リスク/意思決定( 17 )

中動態的オープンダイアローグがしたい!:シンポジウム「オープンダイアローグと中動態の世界」に参加して

9月23日,東京大学駒場キャンパスで「オープンダイアローグネットワークジャパン(ODNJP)シンポジウム:オープンダイアローグと中動態の世界」に参加しました。
個人的に國分功一郎さんの著作に注目していたのと,オープンダイアローグについて,是非とも確認したいことがあったからです。

「中動態の世界」ついてはすでに各方面で多くのことが語られていますが,國分さんが例示されたように,「感動する」は果たして私が「感動する」のか,「感動させられている」かは厳密な判別はできないわけで中動態となります。「能動態/中動態」は行為が主語の「外側/内側」のどちらにあるかによって行為を分類するので「感動する」は自身の内側で行為が展開しているため中動態というわけです。

「能動態/中動態」にあっては,行為の責任を尋問されることはありません。これは斎藤環さんも指摘している,ナラティブテラピーにおける「問題の外在化」へとなめらかにつながる姿勢です。

わたしたちが,例えば「椎骨動脈解離」{医師がそうなったときの詳細はこちら)といった急発症の病気を患ったとしましょう(べつに「高血圧」のような慢性リスクでも構いませんが)。このときまず私達は「どうしてこんな病気になってしまったのだろう」「しかも他でもないこの私が」というように,まっさきにまず「不条理」を嘆き,次の瞬間「原因探し」の旅が始まります。多くの場合,「あのときあんなことをしなければ」「もう少しアルコールを控えていれば」といったとりあえず思い当たるエピソードに暫定的な回答を求めるのでしょうが,単一で明快な答えは得られることは少なく,病気が重ければ重いほど,何かにつけ自責の念にさいなまれることになるでしょう。

このとき中動態の文法は,患者にとっても医師にとっても「救い」となります。中動態による語りはこうした責任の所在を明らかにするものから遠く離れた,あるいは全く別の世界と言えます。「動脈の解離」は誰の意志の産物でもありません。「病む」のは自らの意志(能動)でも他からの受動でもない「中動」なのです。問題は患者さんの内側にあるのでもない,医師の内側にもない,外側にあるとする考え方です。中動態は,不条理を感じ,原因探しに心を苛まれる患者を,その呪縛から解き放つための文法ということができます。さらには,病気の成り立ちを単一の因果関係に求めない,ある意味医療の不確実性,複雑性を包括する姿勢とも思われます。

さらにわたしたちは次の段階として,近いあるいは遠い将来に向かって病気にまつわる問題(主に治療)にどう対処するのかの「意志決定」を迫られることになります。ところが中動態の姿勢からすれば,人に純粋なゼロから発生する自発性=意志はありや?という疑問が投げかけられます。

考えてみれば,日常診療のほとんどが,「説明しました(医師:能動)→説明受けました(患者:受動)→同意しました(患者:能動)のような能動/受動型インフォームド・コンセントに陥っているように思われます。わたし自身,患者さんに一通りの選択肢を示し,話し合いながら選択肢を選んでいく=Shared dicision makingを目指そうとは常々思ってきました。

しかしたとえば,抗凝固薬を飲むかどうか,といった診察室での場面においても医師は(少なくとも私は),エビデンスという大きな後ろ盾を背負いつつ,医師の論理を結構押し付けてしまっていはないか。自問のマイクを突きつけられるわけです。医師ー患者間に圧倒的な情報勾配が厳選と横たわっている以上,どんなことをしたって能動/受動型インフォームド・コンセントの形式から逃れられないのではないか,と。。國分さんは言います。意志は行為(の責任)をある主体に所属させるのを可能にしている装置であると,そうであるならば,インフォームド・コンセントなる行為は,責任を患者さんに押し付けてしまっているだけのものではないかと。。

そうした悲観的な捉え方への処方箋がオープンダイアローグという気がします。オープンダイアローグは患者ー医師という伝統的な従来の一対一セッティングではなく,多数の声が交錯し,誰の声が大きいわけでもなく,誰の意志のもとで物事が動くのでもない,誰に責任を帰することもない,まさにポリフォニックな音楽的な場です。そのような中で患者さんのナラティブと医療,介護,福祉のナラティブがうまく溶け合っていく。単に精神疾患に限らず,すべての医療現場においてこれまでの患者ー医師関係を根本から見直すアプローチのような匂いを感じています。

もちろん,すべての診療でこうした文法が成立するわけではないでしょう。実際能動ー受動的な(パターナリズム的な)形式が有効な場面も数多くあります。また精神疾患以外のところで,日常の多忙な外来診療でそうしたアプローチが可能的なのか,無理筋な感もあるかもしれません。

ところで,当院では昨年から主に多職種でのケアを必要としている方を対象に,ケアカンファランスを行ってきました。参加者は患者さんご本人とご家族,ケアマネジャー,訪問看護師,薬剤師,当院スタッフ(看護師,事務員),医師(私)です。本人,家族も交えて今のケアでの問題となっていることを確認し,対策を模索することが本来の目的だったのですが,途中から気がついたことがあります。それは,このカンファランスでは患者さんが普段診察室では聞けないような様々なことをたくさん語ってくれるということです。このとき患者さんは,普段の診察室では決して見られないような生き生きとした顔を見せ,またご家族にも意外に思えるほど,生活や日常の些細になことを楽しそうに,あるいは苦言を呈するかのように,しかし生き生きと話されるのです。

もうひとつ,当院では,医師が診察に入る前に,別室で看護師が患者さんの問診を取るような体制をとっているのですが,この「事前問診」がしばしば雑談になり,時には患者さんの感じている切実な問題を吐露する場にもなることがあります。そのまま医師,看護師(当院ではメディカルクラーク),ご家族など3-5人くらいでの「診察」というより「井戸端会議」のような雰囲気になるわけです。

こうした経験を経た上で今回のシンポジウムを反芻してみると,「(精神疾患に限らない)日常診療の場面での複数参加者による外来診療」に関して,参加者(医療福祉側)が中動態の姿勢を学び,オープンダイアローグのスキルをもっと身につけるようにすれば,前述の情報勾配とか,責任押し付けのためのインフォームドコンセントといった懸念を脱構築した,新たな診療の形が見えてくるようにも感じています。今回のシンポジウムは,こうした当院で取り組んでいることの方向性を確認したくて参加したわけですが,かなりそにの後押しが得られたように感じました。

最後に,國分さんの講演の中で最も響いた(ネットでも支持を得ていた)フレーズが,「なぜ(意志決定支援ではなく)『欲望形成の支援』ではいけないのか?」でした。
「意志」といった瞬間に,責任が発生する,そして何らかの「強制」が生まれます。患者さんも医師も「こうしなければならない」縛りに囚われます。

そうではなく,自分はどうしたいのか,何を欲しているのか。患者さんも医師もそこがスタートということでしょう。そもそも人は何を欲望しているか,自分ではわかりません。それを多くの人とともに探っていく,それこそが「中動態的オープンダイアローグ」の本質のように思い/思われます。
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by dobashinaika | 2018-10-08 10:13 | リスク/意思決定 | Comments(0)

臨床上の意思決定における行動経済学-nudgeの意味とは:NEJM誌より


NEJMにハーバード大学の薬剤疫学/薬剤経済学の先生が「臨床上の意思決定における心理学ー薬剤使用への応用」と題する論考が掲載されています。

以前から興味あるところなので,サマリーを書いてみました。

まず現状の問題点
・2017年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・セイラーは,私たちの選択はリスクとベネフィットの合理的なバランスにもどついておこなわれるものではないことを説いた。
・医師と患者が,合理的な意思決定を行うという医学の前提が大きな問題である。
・現実には報酬,リスク,時間,トレードオフ的なものについての意思決定は,量的,数理的な予測とは全く事なる。
・人間は非合理的な決定をしやすく医師もまた例外ではないにも関わらず,いまだに医療においては,(医師も患者も)「合理的な行為者」として扱われている。

・医師が現実に依拠している「非合理的」バイアスについて
1)医師は,包括的情報よりも突出していて,わかりやすい情報に影響を受けやすい。
 (例)美味しいランチとともに届けられる医薬品プロモーションのパンフレット等
2)同様の規模であれば利益より損失を大きく見てしまう
 (例)心房細動の抗凝固薬
3)以前の経験より,直近の出来事に左右されやすい(ラストケースバイアス)。
4)確率だがインパクト大(例:飛行機事故)のものをそうでないもの(例:自動車事故)よりも過大評価してしまう。

これらへの対策
1)Academic detailing:特別に訓練を受けた教育者が、医師と面会して、自分の処方箋について,バイアスやデータ不足を考慮に入れながら話し合い、特別に訓練を受けた教育者が、自分のオフィスの医師と面会して、適切な臨床上の判断を行えるように支援する活動

2)“nudge”:上述のセイラーらの提唱した用語で,いくつかのオプションが存在する場合、優先的な選択肢をデフォルトの選択肢にする戦略。同種の薬剤感で最良のものを選択肢としてデフォルトする,年齢,腎機能に基づいて投与量を自動的に提示するシステムの開発など。

今後は「合理的な講師や」モデルを超えて,医学(科学)と行動経済学のハイブリッドな医療行為は求められれる。

### もっと私なりにまとめると
1)医療においてはの大前提として患者も医師も「合理的な行為者」とみなされている

2)しかしながら患者もそして医師も医学的に「合理的な」選択ではなく,数々のバイアス(ヒューリスティック)に基づいて意思決定をしている

3)より合理的に選択するための方策として①正確で十分な情報を医師に提供するシステム(Academic detailing),②最初から選択肢として最良なものを勧めるような自動的な提示法の開発(nudge)がある

という感じです。nudgeとは「ひじで軽くつつく」という意味で,行動経済学では「人に『良い行動』をとらせようとする戦略」として知られています。セイラーらが提唱した用語ですが,誰は著作「実践行動経済学」の中で「リバタリアンパターナリズム」という用語を最初に思いついたとのことです。ゆるやかなパターナリズムですね。

上記米国ブッシュ政権下で,メディケア患者へ薬剤選択プログラムにこの発想,つまり最初から最適メニューを提案する方策が取られたとのことです。

実際にはnudgeとは
iNcentives ― インセンティブ(選択者をどう動機付けるか)
Understand mappings ― マッピング(選択とその結果との対応をどう示すか)
Defaults ― デフォルト(選択者が選択しなかったときの結果をどうするか)
Give feedback ― フィードバック(選択の結果を選択者にどう知らせるか)
Expect error ― エラー(選択者の選択しそこないにどう備えるか)
Structure complex choices ― 体系化(複雑な選択をどう体系化するか)
の略でデフォルト選択だけではないようです。

すぐに湧く疑問として,そのデフォルト(初期設定)を決めるのが医療者側である以上,正確な情報に基づかないと誤った方向に患者を導くのではという危惧があります。近年の”shared decision making”つまり患者さんと医師とで価値観を共有した上で意思決定をするコンセプトとは相容れないものがあるように思われます。

ただし,nudgeの上記6つの考え方は大変重要と思われます。選択した場合,しなかった場合どうするか,その結果にどう対応しどう患者さんに知らせるか,複雑なケースをどうするか,この視点は参考になります。

薬剤に関する意思決定を「絶対こうすべきだ」とガチガチに考えるのでなく,人間だものこんなこともあり,あんなこともある。どちらを選ぶも選ばない場合も,あるいは想定できる様々な場面にも対応できる柔軟性(ひじで軽くつつく程度の)を持とうという感じですね。こんな緩やかかつ多様な視点(実際は大変かも)はいいです。

行動経済学の元祖カーネマン&トヴェルスキーのいうシステム1(直感)とシステム2(理性)に則して言えば,患者も医師もシステム1に依存しやすい。それはやむを得ないが,意思決定を行うとき,少なくとも医師は,「この選択はシステム1=直感の方に偏っている」ことに自覚的であることが大切だと思われます。できれば患者さんもですが。

「エビデンス的にはこうであり,それはわかっているけれども(さまざまな理由から)それとは違った選択をしている」ということをお互いわかっている(共有する)ということです。エビデンスへの正確な理解が前提で。


$$$ スーパービッグポテトチップとそれが気になるにゃんこ達
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by dobashinaika | 2018-02-25 23:58 | リスク/意思決定 | Comments(0)

薬(心血管系薬剤)を飲みたくない理由:NEJM誌

NEJMに「信念を超えてー人々は心臓病の薬を飲むことをどう感じるか?」と題する論説が論説されています。要約しましたのでご参照ください。

Beyond Belief — How People Feel about Taking Medications for Heart Disease
Lisa Rosenbaum, M.D.
N Engl J Med 2015; 372:183-187


・友人が、肥満の72歳(兄弟2人が脳卒中)の父が全く薬物を飲まないことを心配している
・以前からノンアドヒアランスの研究をしている
・米国の半数の患者が処方された薬を飲まない
・非白人、うつ、女性が関連すると言われている
・でもよくわかっていない
・心筋梗塞既往者20人に継続的なインタビューを施行した

<リスクと嫌悪感>
・多くの研究の参加者が、心血管薬への嫌悪感を表明している
・「私を薬をのむひとには決してなりたくない」「薬は飲みたくない、それだけ」「私は古い人間。私はなにも飲みたくない」
・(研究への)多くの参加者はスタチンの持つ潜在的な副作用に基づいて服薬を却下する
・「訴訟の対象になるようなものなら、飲まない」

・副作用へのネガティブな感情はwell-described risk-perception frameworkで説明されやすい
・George Loewenstein:感情的な反応は人々を確率ではなく、(副作用の)可能性に対しより敏感にさせる」
・ネガティブな感情は少ないリスクの確率を大きく見積もり、ポジティブな感情はベネフィットを過大評価する
・Paul Slovic:ネガティブな感情は、リスクの情報により潜在的なベネフィットを低く見積もらせる
・Slovicはベネフィットについてのコミュニケーションが薬剤嫌悪感への一つの対策と言っている

<自然主義とアイデンティティー>
・試験参加者は頻繁に「自然」を好むことを表明する
・「化学物質」が自然の秩序を乱す
・「Drug」という言葉それ自体が「そもそも体にない物質である」
・「私は医療行為が嫌いーとくに化学物質」
・祖母の夜の「ビタミン」儀式
・「たとえ強くないとしても薬は飲まない。多くの人々は薬を強いものと考える傾向あり」

・健康と病気の間の緊張関係は逆説的なダイナミズムがある
・PCIが終わると薬剤は必要ないという信念を持ちやすい
・くすりを一回飲んで症状が良くなるとやめてしまえると考える→医者に行きたくないので薬を辞めたいといいう考え

・病の長く辛い体験は薬を飲むことを良しとする記憶を形成させる

・病人というレッテルを貼られたくない気持ちがある
・リハビリテーションプログラムはひとが心臓疾患と毛のうとの両者を兼ね備えているという環境形成をおこなっている

<ベネフィットの可視化>
・明らかに心筋梗塞の既往のある心電図の方に「検査はあなたの心臓のダメージを明らかにします」というと「コンピューターはとくに物事を悪くする。(人の心臓を)壊さないでくれ」といわれた
・医療行為のもたらすべねフットは気づきにい(軽微)という問題

・薬剤の目的を尋ねると曖昧に答える人が多いが、抗血小板薬ははっきり答える人が多い。
・多くのインタビューで、「血液希釈薬(さらさら薬)」を詰まったパイプのアナロジーで捉えている
・「この薬は血液の流れを保ってくれる」
・出血や青あざにより血液の流れを保っているというアピールがなされる

・抗血小板薬のアドヒアランスは良好:MI FREEE試験ではスタチン、β遮断薬、ASEi、ARBの服薬率は36〜49%だったのに対しクロピドグレルは70%
・抗血小板薬のパイプをスカスカに開かせるようなイメージを他の薬に持たせるにはどうしたらよいか

・酸素の需要を減らす、リモデリングを抑制するなどといったイメージは持ちにくい
・心臓の力が落ちるのを防ぐといったイメージを退院前に持ってもらう
・経験者のビデオもひとつの方法

<依存性への忌避感>
・スタチンを過食の時にだけ飲む人がいる
・薬に頼ることがひとつの中毒のように思えてしまう
・服薬が弱さや失敗の表現とらえる

・薬をのむことは生まれつきの「不全」を明らかにすることであり、生活習慣の変化で健康をコントロール出来る考える傾向あり
・多くのひとは最も大事なことはダイエットと運動であり、薬剤というひとは少数
・彼らは生活習慣が改善できれば薬剤から離脱できると考える

・これらの考えの根拠として、服薬はコントロールできないものとして経験されるということがある
・中毒、依存症に対する嫌悪というのがその極端なバージョンである

・この義務感が服薬を躊躇させるかもしれないが、解決の鍵にもなる
・自己効力感を強調することは良いが強調し過ぎると薬剤の代替物と思わせてしまう。
・あくまで義務でなく、自らの選択と感じるよう手助けすることが大切

<情緒的知性>
・コンプライアンスは受身的でアドヒアランスは相補的。そうした表面的な表現へのこだわりだけでは、真に患者のノンアドヒアランス対策を考えることにならない
・ノンアドヒアランスを患者の問題として扱いがちだが、薬をのむことに対する人々の感情を知ることが大切

### 20人の心筋梗塞既往者のインタビューを通じて、「薬をなぜ飲まないか」に関して考察されています。
大雑把にまとめるとノンアドヒアランスの根底にあるものとして
・リスク(可能性)は大きく、ベネフット(確率)は小さく見積もられやすい
・「薬=化学物質はとりたくない。自然のものは良い」という感情
・手術やカテーテルでもう治ってしまったという錯覚
・薬を飲んで一時症状(や検査結果)が良くなったのでやめられる
・医者に行きたくないのでやめる
・「病人」というレッテルをはられたくない
・飲むと依存症になってしまう
・薬はコントロール出来ないものである→薬でなくてダイエットや運動のみで治したいという願望

等が挙げられています。

また対策として抗血小板薬が、パイプを詰まらせないよう保つイメージを持っていることから、ベネフットに対してビジュアルに訴える、自己効力感に訴えることなどが記されています。

ただし抗凝固薬については、出血のネガティブなイメージが強いので、それほどアドヒアランスが良いとは思えません。
この辺りのことは拙著「プライマリ・ケア医のための心房細動入門」で詳しく書いたつもりですので、ご参照ください。
このことに関する以前のブログはこちら

$$$ 今日の散歩から
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by dobashinaika | 2015-01-11 01:15 | リスク/意思決定 | Comments(0)

健康情報のプレスリリースや報道における誇張:BMJ誌より

The association between exaggeration in health related science news and academic press releases: retrospective observational study
Petroc Sumner et al
BMJ 2014;349:g7015


目的:健康情報の報道(プレスリリース、ニュース)において、読者の健康関連行動に影響を与えかねないような主結論の歪曲、誇張、変節を同定する

デザイン:後ろ向き、量的解析

セッティング:雑誌記事、プレスリリース、関連ニュース

主要アウトカム測定:読者への行動変容アドバイス、相関研究から導いた因果、ピアレビューを超えた動物リサーチのヒトへの効果言及

結果:
1)プレスリリースでの誇張されたアドバイス:40%(33〜46%)

2)誇張された因果関係;33%(26〜40%)

3)動物研究のヒトへの誇張された言及:36%(28〜46%)

4)上記の誇張がプレスリリースでなされた場合のニュースにおける誇張、因果、ヒトへの言及の割合
プレスリリースで誇張あり:58,81,86%
誇張なし:17,18,10%
オッズ比:6.5,20,56%

5)プレスリリースの誇張がニュースの購読を増やしたというエビデンスは乏しい
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結論:報道での誇張はプレスリリースの誇張と強く相関。学問的プレスリリースの正確さは健康関連ニュースの誤解を軽減する重要な機会を提供する

### イギリスの20の大学が属するグループがマスコミ向けに出版するプレスリリースの誇張について検討した非常に興味深い研究。プレスリリースの時点から35〜40%も誇張があるとのことですね。

まずこうした誇張は一般臨床医は見分けられません。それを見分けるのがメディアの役目かもしれませんが、的確なリテラシーをマスメディアに求めるのも限界が有るように思われます。

イギリスでこの数字ですので、日本ではどうなるのか。

それにしてもこれ動画付き論文です!!初めてみました。

以前から「科学情報の3つ」として「真実」「偶然」「バイアス」が言われていて、わたし、最近これに「捏造」を加えるというオヤジギャグが気に入っていましたが、これにさらに「誇張」を加えなければならなさそうです(バイアスに入るのかもしれませんが)。まさに胡蝶の夢ならぬ誇張の夢。(オヤジギャグ^^失礼します)

$$$きょうのにゃんこ。どこにいるかわかりますか?
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by dobashinaika | 2014-12-11 22:38 | リスク/意思決定 | Comments(0)

EBMとSDM(shared decision making)の関係:JAMA誌

The Connection Between Evidence-Based Medicine and Shared Decision Making
Tammy C. Hoffmann, PhD1,2; Victor M. Montori, MD, MSc3; Chris Del Mar, MD, FRACGP1
JAMA. 2014;312(13):1295-1296.


JAMAから。Evidence-based medicine (EBM) and shared decision making (SDM) の関係についての総説
要点のみ

・EBMとSDMともヘルスケアの率の本質だが、両者の相互依関係については十分理解されていない
・EBMはこれまで患者の価値、好みを無視しがち:それらの統合が困難なため 

<両者が不可欠>
・SDMなきEBMは暴政(専制政治?):エビデンスは本に訳されずに投げ出され、アウトカムか改善しない・EBMの原則に目が向けられない時SDMは限定的となる
疾患の自然経過、可能な選択、利益と害について知らされなければ、患者の好みや意向は信頼できるリスクベネフィット評価に基づくものでないことになる

<なぜ分断されていたのか>
・これまでEBMのリーダーや研究者、指導者とSDMのそれとは別のクラスターだった
・EBMの起源は疫学なので、方法論やエビデンスのリソース、吟味、統合などに焦点が当てられていた
・そして患者との話し合いやエンゲージには気が蒙られなかった
・EBMの関心の多くはスキャンダル(未発表データとか、spin、利益相反)やテクノロジーに目が向きがち

<統合の実現>
・まずEBMトレーニングにSDMを取り入れること
・もう一つは臨床ガイドラインに両者を取り入れること
・多くのガイドラインは患者の好みを取り入れていない
・または患者と会話するよう促しているが、その方法まで言及していない
・リスクベネフィットが拮抗している時やエビデンスが不明瞭な場合にこそSDMが強く薦められる
・特にリスクベネフィットが拮抗している時。たとえばワルファファリン患者での服薬アドヒアランス、モニタリング、食品

<結論>
・最近になりEBM,SDM両者のリンクの不足と重要性が指摘されてきた
・ガイドライン、教育、リサーチなどで強調される機会がたくさん
・Evidence-based medicine needs SDM, and SDM needs EBM. Patients need both.
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###抗凝固療法も例示されていましたね。抗凝固療法などはSDMの適応の必要な最たる分野かもしれません。

どうシェアしたら良いのか。EBM(狭義のでしょう)の中に取り入れられにくかったのは、それが本質的に”スキル””テクニック”ではくくれない、客観的な技法ではないからだと思われます。

SDMなきEBMは暴政(専制政治?)なら、EBMなきSDMは宗教でしょうか(あるいは詐欺?)
by dobashinaika | 2014-10-04 23:32 | リスク/意思決定 | Comments(2)

ケアネット連載更新しました:シロスタゾールと認知症の関係についての患者さん説明用パンフレットを

ケアネット、「Dr. 小田倉の心房細動な日々~ダイジェスト版~ 」が更新されています。

今回は「NHK特集で放送されたシロスタゾールと認知症の関係についての患者さん説明用パンフレットを作りました。」です。

7月20日のNHKスペシャルで取り上げられた、シロスタゾールと認知症との関連についての日本からのロ分について読み、それを患者さんに説明するためのパンフを作成し、以前のブログに掲載しましたが、かなりのアクセスが有りました。

”心房細動”とは関係は全くないのですが、ケアネットでも取り上げることになりました。

ご笑覧ください。
http://www.carenet.com/series/afjournal/cg001089_0010.html
(無料登録が必要です)
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by dobashinaika | 2014-08-06 17:51 | リスク/意思決定 | Comments(0)

「決められない患者たち」を読む

この週末は仙台国際センターで開催された第4回日本プライマリ・ケア連合学会学術集会に参加しました。参加した方々には、最近の寒気が嘘のような、1年で一番気候の良い杜の都を味わっていただけだのではないかと思います。

学会の一番良い所は、世の中にはすげー人がいっぱいいる、おもしろい仕事もいっぱいある、このままじゃいけない、俺もやらなきゃ、と一瞬だけでも思わせてくれるところですかね。このモチベーションをどう日々引っぱってルーチンワークして行くかが、この歳になってみると大変難しいわけですが。

ただ、仙台で長年開業している先生や、最近開業した若手の先生にも出席の勧誘してたんですが、参加が少なかったように思いました。こういう層にもっと目を向けてもらえるといいですね。

そんなおり、学会の図書売り場で、なかなかに興味深い本を目にしました。
ハーバード大とベスイスラエル病院の2人の医師による「決められない患者たち」です。


私の最も興味あるところである医療行為についての患者と医師の意思決定についての深い洞察を読み取ることができます。

その第3章で心房細動の抗凝固療法のことがしっかり書いてあります。

・ 患者には「信じる者=Blievers」と「疑う者=Douters」の2種がある
・ 信じるものは抗凝固薬に前向きで、疑うものは出血に対するリスクを問題視する
・ 治療選択にはベルヌーイの式、すなわち
(結果の確実性)x(結果の有用性)=期待効用
のもっとも大きいものが、最も合理的な選択と言える
・ この式を心房細動に適用するのはとりわけ難しい。なぜなら「ある結果の起こる確実性」の正確な数値を個々人について得ることは不可能だから
・ 抗凝固薬のリスクと利益のデータは、通常こうした患者(高齢者、糖尿病、腎臓業、平衡異常をあえて除外した研究から得られたものだから

この最後の見解は以下の論文を参照しています。
Individualized Medical Decision Making:Necessary, Achievable, but Not Yet Attainable
Liana Fraenkel, MD, MPH; Terri R. Fried, MD
Arch Intern Med. 2010;170(6):566-569


心房細動のリスク評価はある程度、CHADS2スコア、CHA2DS2-VAScスコアが妥当であると思っていました。それは概ねそうなのでしょうが、出血に関してのリスクスコアは、正直こころもとないと思っています。まあCHADS2スコアにした所で、入院患者のデータで、5点、6点‥となるとnが少ない中での評価法なわけです。
そこをズバリついてくる記載です。
まだちょっとしか読んでおりませんので、読了したら、また紹介します。

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by dobashinaika | 2013-05-19 23:24 | リスク/意思決定 | Comments(5)

NEJMの“Patient-Centered Medicine”に関する2つの重要な論文

最近のNew England Journal of Medicineに“Patient-Centered Medicine”あるいはEBMと"“preference-based” medicine に関する非常に興味深い2つのPerspectiveが掲載されています。

Defining “Patient-Centered Medicine”
N Engl J Med 2012; 366:782-783March 1, 2012


Evidence, Preferences, Recommendations — Finding the Right Balance in Patient Care
N Engl J Med 2012; 366:1653-1655May 3, 2012


心房細動の抗凝固療法も、他のあらゆる医療上の意思決定も、結局この問題にたどり着くのであり、たとえば上記2番目の論文のこの図を達成することが、抗凝固療法の意思決定における最終目標とも言えるわけです。
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時間がないため、和訳は近日中にアップします。ご容赦を。
by dobashinaika | 2012-05-12 00:28 | リスク/意思決定 | Comments(0)

薬に対する大衆の理解の不確実性について:Archives of Internal Medicinより

Archives of Internal Medicine 9月12日号より

Communicating Uncertainties About Prescription Drugs to the Public: A National Randomized Trial
Arch Intern Med. 2011;171(16):1463-1468.


FDAの薬剤認可について、その意味をアメリカの一般大衆がどの程度理解しているかの検討

方法:
・アメリカのリサーチモニター30,000世帯のサンプル使用による、インターネットbaseで無作為化試験
・2944世帯が、以下の2種類の薬について2通りの認可があることの説明を受けた
 1.1組のコレステロール低下薬群(1つはコレステロール低下(代用アウトカム)により認可されたと説明、もう1つは心筋梗塞減少(患者アウトカム)により認可されたと説明)
 2.1組の消化薬群(1つは最近認可されたと説明、もう1つは8年前認可と説明)
・説明のされ方により3群に割りつけられた
 1.対照群;何も説明されない
 2.非指令群:代用アウトカムは必ずしも患者アウトカムを反映しないこと、新薬の安全性確立には時間がかかることを説明された
 3.指令群:上記説明に加え、心筋梗塞が減る脂質低下薬、より古い消化薬を求めるようにアドバイスされた群

結果:
1)39%は、FDAは極端に効く薬のみを認可していると信じており、25%は重大の副作用のない薬のみを認可していると誤って信じていた

2)コレステロール薬:指令を受けた群の71%、指令を受けない群の71%、コントロール群の59%が、心筋梗塞が減少する薬を選んだ(絶対危険減少 12% [95%CI, 7%-18%] for each explanation vs control)

3)消化薬:指令を受けた群の53%、指令を受けない群の53%、コントロール群の34%が、より古い薬を選んだ(絶対危険減少 19% [95%CI, 13%-24%] for each explanation vs control)

結論:多くの大衆はFDAが極端に効く薬や重大な副作用の無い薬だけを認可していると,誤って理解している。代用アウトカムに基づいて認可された薬の効果や新薬の安全性の不確かさを短時間で説明することで、薬の選択が改善した。薬を選択するような指示のない説明は、指示のある説明と同様の効果を示した。

###大変興味深い論文です。具体的な説明の仕方、たとえば、図表を使ったのか、何の薬について説明したか、長期の安全性をどのような例で説明したかなどが知りたいとことです。実際の臨床場面では、医師への忠誠度が選択に対しては重要な因子になると思われます。代用アウトカムの理解者71%と言うのは、かなり高い理解度ではないかとも思いますが、たしかにコレステローが下がるのと、心筋梗塞が減るのとは違うことは結構患者さんはわかってくれるように思います。大事なことは、こうした薬の選択のときのみならず、つねにコレステロールの薬を飲むことの意味をが数字を下げることではないことを念頭においていただけれるかということだと思います。

ついでながら、最近認可されたにもかかわらず、古い薬より効果が高く安全性にも優れている薬は,この研究ではどう説明したら良いのでしょうか(新規抗凝固薬のこと)。
by dobashinaika | 2011-09-17 23:51 | リスク/意思決定 | Comments(0)

低ヘルスリテラシーと健康アウトカムに関するシステマティックレビュー:Annals of Internal Medicineより

Annals of Internal Medicine7月19日号より

Low Health Literacy and Health Outcomes: An Updated Systematic Review

低ヘルスリテラシーと健康アウトカムの関係についてのシステマティックレビューです

・ヘルスリテラシーが低いほど、入院増加、救急ケア増加、マンモグラフィー検診受診低下、インフルエンザワクチン接種不良、医薬品適正使用不良、薬品表示や健康アドバイス理解不良を認めた
・高齢者では,低リテラシーは包括的健康状況悪化および死亡率増加と関連
・ある種のアウトカムでは、低リテラシーで人種間のばらつきを説明することができた
・計算力と健康アウトカムの関係は証明できず。

###ヘルスリテラシーと健康アウトカムの相関は確立したものといわれています(こちらの中山和弘先生のサイトが参考になります)。さて、ではリテラシー向上にはどうしたら良いのか?そもそも健康に関心のない層にどうやってリテラシー向上のプロモーションを行うのか?

リテラシー向上の場には家庭(マスコミ)、学校、職場、医療機関、地域、等が考えられます。
その中で今後、特にわれわれ医療機関は地域と一体となってこのプロジェクトを考えて行く必要があると思います。プライマリケア医の患者さんに疾病のメカニズムや薬の効果、副作用を説明する日々の営みは、まさにヘルスプロモーション活動そのものだと思いますが、その特徴はテーラーメイドプロモーションであることです。その人その人の理解度に合わせた説明、メンタルやモチベーションを考えた言葉使い。毎日の診察室でもやり取りは個別化したリテラシー向上活動であるとも言えます。

追記)ただしそれには医療者のコミュニケーション能力が大きく左右すると思われますが、その点の医療者間格差や教育には改善の余地が大いにあると思われます。

今後われわれ地域の医療福祉関係に従事するものとしてできることには、さらにより身近で多職種協同的に健康を語れる場の創成や、ネットを使った取り組みなどがふくまれるかもしれません。自分としては、より興味を引くような健康教室の開催、医療関係の片以外の方が気軽に健康問題について語り合える場作りなどに取り組みたいと思います。
by dobashinaika | 2011-08-02 23:00 | リスク/意思決定 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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