人気ブログランキング |

【Apple Heart Study】アップルウォッチで40万人のうち0.52%に心房細動が検出。陽性適中率84%:NEJM誌より


疑問:スマートウォッチは,日常使用において心房細動を同定するのか?

方法:
・Apple Heart StudyはAppleがスポンサーの前向きオープンラベル試験
・参加者:22歳以上。2017年11月〜2018年8月までに脈不整通知アルゴリズム搭載のアプリをダウンロードした人。米国在住,iPoneとApple Watchを所有。心房細動のある人や抗凝固薬使用中の人は除外
・上記アルゴリズムが心房細動の可能性を同定した場合遠隔医療が開始され,7日まで装着できる心電図パッチが参加者に送付される。
・脈不整通知後90日,及び試験の最後にサーベイが行われる
・主目的:通知された登録者が心電図パッチで心房細動(30秒以上)
が記録される頻度。脈不整間隔のpositive predictive value(信頼区間0.10)


結果:
1)参加者:419,297人,登録期間8ヶ月間

2)脈不整通知受信者:2,161人,0.52%。平均モニター期間117日

3)うち450人が解析可能な心電図データを返却

4)脈不整通知後の心電図施行は平均13日。心電図パッチは平均6日装着

5)心房細動検出:34%(97.5% CI, 29-39) 。65歳以上が35%(97.5% CI, 27-43)

6)positive predictive value:
心電図と脈不整通知が同時に記録された場合=0.84 (95% CI, 0.76-0.92)
心電図と不整なタコグラムが同時に記録された場合=0.71 (97.5% CI, 0.69-0.74)

7)90日サーベイを返却した1,376人のうち,57%が医療プロバイダーを受診

8)有害事象の報告なし
a0119856_07300070.png
結論:脈不整通知の頻度は低い。脈不整通知受信者の34%で心電図上心房細動が認められた。通知の84%が心房細動に一致していた。このサイトレス試験(参加者がどこに訪問する必要がない)のデザインは大規模実用試験の基礎を提供する。この結果とアドヒアランスはユーザー使用デバイスの信頼性を担保するだろう。

### スタンフォード大学とAppleが共同で行ったApple Heart Studyの論文化です。
40万人以上の超大規模試験です。全コホートの平均年齢は41歳,CHA2DS2-VAScスコア2点以上は13%です。

positive predictive value(陽性適中率=陽性と判定された場合に、真に心房細動である確率)が84%と良好ですが,偽陽性も16%に見られることになります。

またこの試験ではnegative predictive valueが示されていませんので,陰性だから安心ということはできないと思われます。

ただし従来のような長時間モニターや単発的なホルター心電図に比べれば圧倒的に簡便かつ長時間モニターが可能ですので,たとえばアブレーション後の全患者に使用できる日も近いかもしれないと思わせる試験です。日本での適用の声が加速されるかもしれません。

でもやっぱり偽陽性があるのは気になります。簡便なだけに汎用してよいのか,リスク化,医療化につながらないのか,そこを十分に考えないと。

$$$ 最近一番気になった駅のポスター
a0119856_07311667.jpg

# by dobashinaika | 2019-11-26 07:35 | 心房細動:診断 | Comments(0)

心房細動合併透析患者においてアピキサバンはワルファリンと同等の出血/脳卒中発症率:RFNAL-AF試験


意義:RENAL-AF試験は,末期腎不全の透析患者においてアピキサバン5mg1日2回が,ワルファリンと同等の出血/脳卒中発症率であることを示した。

目的:この試験のゴールは,心房細動合併末期腎不全透析患者における脳卒中予防に対するアピキサバンの安全性と有効性を評価すること

試験デザイン
対象:アピキサバン5mgBID(29%は2.5mgBID;n=82)とワルファリン(INR2-3,TTR44.3%)の1:1無作為割付。154人,1年間追跡,平均69歳,女性35%

組入基準:心房細動,CHA2DS2-VAScスコア≧2,透析の必要な末期腎不全,抗凝固薬適応者

除外基準:中〜高度僧帽弁狭窄症,心房細動でない患者への抗凝固療法,アスピリン>81mg服用者,抗血小板薬2剤服用者,生命予後3ヶ月未満

患者背景:平均CHA2DS2-VAScスコア4.0点,脳卒中の既往19%,出血の既往21%,アスピリン40%

主要結果:臨床的に意義のある非大出血はアピキサバン31.5% VS. ワルファリン25.5%(p>0.05)

二次的アウトカム(アピキサバン VS. プラセボ):
・頭蓋内出血:1.2%vs. 1.4%
・消化管出血:2.4% vs. 8.3%
・ISTH大出血:8.5% vs. 9.7%
・脳卒中:2.4% VS. 2.8%
・心血管死:11% VS. 5.6%

解釈:末期腎不全透析患者にではアピキサバン5mgBIDとワルファリンとで,出血と脳卒中は同等。この試験の主要なポイントは以下:ファンドの喪失(当初の登録は760例目標)による早期の中止。TTRが44%に過ぎず,多くは治療域以下。低用量アピキサバン(2.5mgBID)とアスピリン(40%以上に使用)の中止だったらワルファリンより出血が少なかったかもしれない。

スポンサー:BMS/Pfizer Alliance

### 透析患者を対象としたアピキサバンとワルファリンのRCTということで,注目の試験が今回のAHAで発表されています。論文化されていませんので,細かいことは不明です。5mgBIDやアスピリン併用例が多く解釈を難しくさせているようです。ただ,ワルファリンのTTRも44%ですので,もっと管理が良ければどうかとも思います。

アピキサバンvsワルファリンの末期腎不全での観察研究は以下があります。これでは出血はアピ期s版が少なく,脳卒中/全身性塞栓症は同等でした。

心房細動合併末期腎不全についての最近のレビューはこちら

$$$ さいきん,朝のルーチンに豆を挽いています。心が落ち着きます。
a0119856_06475621.jpg

# by dobashinaika | 2019-11-21 06:49 | 抗凝固療法:アピキサバン | Comments(0)

日本の心房細動患者の死因の半分以上は非心臓死。脳卒中は6.5%:伏見AFレジストリより


目的:現在の実臨床において,心房細動患者の死因と関連する因子を明らかにする

方法:
・伏見AFレジストリーにおいて,2016年11月までに評価できた4045例の死因および心血管/非心血管因子について検討

結果:
1)平均73.6 ± 10.9歳。平均CHA2DS2-VAScスコア3.38 ± 1.69

2)抗凝固薬処方:55%。平均追跡期間1105日

3)死亡705人(5.5%/年),心血管死180(全死亡の26%),非心血管死381(54%),原因不明144(20%)

4)死因の内訳:心不全(14.5%),悪性腫瘍(23.1%),感染症/敗血症(17.3%),

5)脳卒中による死亡は6.5%のみ

6)感染症/敗血症と原因不明が,高齢になるほど増加

7)心臓死の最大のリスク因子は心不全の既往(HR2.42,95%CI:1.66-3.54 ; P < 0.001)

8)非心臓死の最大のリスク因子は貧血 (HR 2.84, 95% CI 2.22–3.65; P < 0.001)
a0119856_07192765.png

結論:日本の地域ベースの心房細動コホートにおいては,心血管死は主に脳卒中ではなく心不全に関連していた。非心血管死(悪性腫瘍,感染症/敗血症)が死因の半分以上を占め,年齢とともに増加した。臨床的なリスク因子は心血管と非心血管とで異なっていた。

### 大変貴重な報告です。
これまでのAFFIRM試験やNOACの大規模試験,あるいは各種登録試験でも,心房細動を持つ人の死因は約1/3が心血管死で残りが非心血管死または不明でした。今回の伏見のデータはそれらよりなお心血管死の割合は少なく全体の1/4程度です。

しかも脳卒中は6.5%(虚血性4.8%,出血性1.7%)です。ちなみにネットで平成30年の厚労省による「人口動態統計月報年計(概数)の概況 」によると75-80歳までの人の死因は,脳血管疾患が第3位で7.7%です。伏見では55%に抗凝固薬が入っており,一概に比較はできませんが大幅には違わないようです。

そして心不全がやはり死因としては大きい。これも実感です。高齢者の心房細動にHFpEFが併存する症例は急増しています。

近年ますます高齢者,あるいは90歳以上の超高齢者,そして在宅診療の患者さんの抗凝固薬をどうするかという問題が切実になっています。

こうした報告を見ると,高齢者の場合心房細動だからといって抗凝固薬という直線的思考は通用しない,あるいは,心房細動そのものが果たして「リスク」なのだろうかという感が強いです。

もちろん脳梗塞→身体機能低下という面で大きなリスクですが,抗凝固薬による新たな出血も増えるし総死亡はあまり減らさない,(というか競合リスクのため脳卒中より死亡が早いので本当のところはわからない?)となると抗凝固薬にそれほどこだわることはないのかもしれません。

関連ブログはこちら

$$$ 勾当台公園も色づいてきました
a0119856_07211670.jpg

# by dobashinaika | 2019-11-11 07:22 | 心房細動:疫学・リスク因子 | Comments(0)

CHA2DS2-VAScスコア1点の心房細動の人に対する抗凝固療法:欧州心臓病学会(ESC)からのオピニオンステートメント


【バックグラウンド
・CHA2DS2-VASc 1点の適応については依然としてチャレンジングである。
・ESCワーキンググループとしてオピニオンステートメントを発表する

Doing no harm、にフォーカス
・個別に出血リスクを評価することがカギ
・HAS–BLEDスコア1点の年間出血リスクは0.59-1.51%、CHA2DS2-VASc 1点の年間血栓塞栓症リスクは0.6–1.3%。ネットベネフィットからの意思決定は難しい
・なので、一般的な推奨はできない。個別対応となる。
・一方HAS–BLEDスコア2点以上の患者では、年間出血リスク1.88-3.20%になるので、中等度血栓塞栓リスクの場合、抗凝固薬は開始すべきでない。

CHA2DS2-VAScスコアにおける個別的リスク層別化
・年齢(65歳以上)、2型糖尿病は最重要リスク因子
・AFバーデン:心房粗動でなく細動。持続性/永続性(発作性でない)は考慮して良い
・その他として、肥満(BMI30以上)、腎機能低下(タンパク尿150mg/日またはeGFR<45mL/h)

・画像評価:左房容積(73mL以上)または左房径(4.7cm以上)または左心耳血流速度(<20cm/h)は簡便で合理的な評価法である

・バイオマーカー:高感度トロポニンT/I、NT-proBNP(1400ng/L)も考慮される

・注意すべきことは、上記追加リスク因子の重み付けよりも、患者さんの選好が意思決定の上で最も重視すべきものであり、コンプライアンス強化とアウトカム向上に強く寄与するという点である。

オピ二オンドキュメントのインパクト
・ESCワーキンググループは、意思決定は血栓塞栓リスクと出血リスクの個別のバランスに基づくべきと結論する
・主要な治療戦略としては、Do no harmを脳梗塞防止よりも優先させるということである
・これを目指して、幾つかの価値やリスク層別化が提供されるのである
・CHA2DS2-VAScスコア1点患者へ抗凝固薬を開始する場合はNOACがVKAよりよい
・ASAを用いるべきではない
・以下のアルゴリズムを提示する
a0119856_17342458.png
### ESCから、CHA2DS2-VAScスコア1点の人への,より詳しいリスク層別化に関する提案です。これまで1点でもリスク<ベネフィットだとする論文が多少あって、ガイドラインも1点から推奨でしたが、ここへ来てやっぱり追加リスク増やしますっていうことです。今さらという感じもしますし、追加リスクの妥当性も実はあまりvalidateされていないような印象もあります。だからステートメントに留まるわけですが。

まずHAS-BLED2点以上は投与なし,とし

その上で
「抗凝固薬処方した方が良い」の主要リスクとして
・65歳以上
・2型糖尿病
・心房細動(心房粗動ではない)
・持続性/永続性心房細動

血栓塞栓症リスクの追加因子として
・肥満(BMII≧30)
・タンパク尿(150mg/24時間)
・eGFR(GFR<45mL/h)
・NT pro-BNP
・心筋トロポニンT,I:陽性(1400ng/L≦)
・左房容量拡大(73mL以上)または左房径拡大4.7cm以上)
・左心耳血流減少(<20cm/h)
・ABCスコア(年齢/バイオマーカー/既往歴) :以下参照

これらの因子を考慮せよとありますが、合計で何点あれば投与推奨、などというクリアカットな説明はないようです。
「主要リスク」が2個以上、または1個だったら追加リスクが多ければ考える、という感じでしょうか。それぞれの数値にも注意が必要かもしれません。

ただ、左房血流やABCスコアなど、プライマリ・ケアレベルではかなり敷居が高いものあるようです。

「65歳以上、糖尿病、持続性、肥満、タンパク尿などがあったら考える。その他の因子はできれば考慮」という受け止め方でいいのではと思います。

それより先に日本の代表的コホートスタディの統合解析によるモデルがありますから、日本ではそれで十分という気もしますね。日経メディカルオンライン連載でここのところは詳説しておりますので、参考になさってください。
当院では、「持続性」「BMI18.5未満」「貧血」「左房径>45mm」(「CCr30未満」はケースバイケース、腎機能低下例は出血も多いので)を追加因子としています。

$$$ この本は掛け値なしに素晴らしい。
a0119856_17405180.jpg


# by dobashinaika | 2019-10-30 17:36 | 抗凝固療法:適応、スコア評価 | Comments(0)

中高年開業医におけるヤブ化防止の傾向と対策

「中高年開業医は必ずヤブ蚊ならぬヤブ化(=藪医者化)する」

こんな事を言うと,かなりの反発を招きそうです。たしかにいくつになっても勉強熱心で,臨床経験も医学的知識もきわめて豊富な開業医はたくさんおられますし,全員ヤブ化というのは流石に言いすぎかもしれません。

しかし,開業して数年以上が経ち,体力的な衰えとともに,医学医療の目まぐるしい進歩になかなかついていけない,あるいは若い医師のような知識吸収の意欲も低下したと感じる医師は少なくないように思います。またそうした自覚のないままに,他の医療者から見て疑問を抱かせるような診療をしてしまっているかもしれません。

こうしたヤブ化の傾向と対策については家庭医療学の碩学である藤沼康樹先生のブログに詳説されており,こちらが非常に参考になります。また雑誌「総合診療」9月号の山中克郎先生の企画に具体的な方策も細かくまとめられています。

ここではこれらの視点に敬意を表しながら第10回宮城プライマリ・ケア研究会で話させていただいた内容に基づいて、循環器専門医を経て開業医として診療を行っている私なりの「ヤブ化防止対策」について,自分で心がけている実践を紹介したいと思います。

1)人はなぜヤブ化するか?
米国の哲学者トマス・ネーゲルは著書「コウモリであるとはどのようなことか」の中で,「われわれは,自分があるいくつかの事柄に特に真剣に取り組んでいることを示すような選択をすることなしには,人生を生きていくことが出きない」,つまり人間である以上目の前の人生あるいは生活に真剣であることは当然であり避けがたいことであると言います。一方人間は「ちょうど砂山に四苦八苦しながら登っていくアリを見るときに湧いてくるような第三者的な驚嘆の念を持って,自分自身と自分が従事している人生とを,一歩退いて眺めることができる」と説いています。つまり自らの生に対し疑念を持つことも同時に免れがたく,これさえも人間の持つ一つの能力であるというのです。

私の言葉に直せば,前者は「オタク化」,後者は「アイロニー」と言えるかもしれません。医学的知識や知識のupdateに関ししてオタク化するのはなんの問題もありません。しかし経験を積んできた医師は,意外に自分の臨床経験に絶対の自信を持ち,疑問視する姿勢に欠けます。「これまでこうしてきてなんの問題もなかったから」「このやり方が一番ストレスがないから」,そうした自信が臨床判断の根拠になっている医師は少なくないでしょう。もちろんそうした経験は若手が到達できない一種の暗黙知として医師の実力の大きなウェイトを占めるものです。しかし他者からのフィードバックを受けていない経験には,たくさんの認知バイアスの入り込む余地があります。フィードバック環境がない場合,医師はますます独善化し硬直化しがちです。ここで言う「オタク化」とは自らの経験に対してオタクになってしまい独善化する,ということです。

もう一つの「アイロニー」ですが,「メタ化」と言っても良く,自分の診療行為を一歩引いて客観的に見つめ直す行為です。そうしたアイロニーであればポジティブなものですが,そうではない「アイロニー」を連想する中高年医師も多いでしょう。つまり,自分の診療を一歩引いて「まあこんなもの」と自己納得化してしまい,日々のルーチンワークに対する新鮮さや驚きの感覚が鈍麻していく。そして診療以外の趣味であるとか経営のことを行動の第一選択においてしまう。言ってみれば向上に対する無関心あるいは意欲低下です。

オタク化が独善化硬直化する原因はすぐに察せられます。一言で言えば前述したように他者からのフードバックがないことです。ソロプラクティスの開業医にとって,他者からのネガティブな指摘は,病院医師からも含めてかなり少ない。せいぜいレセプトの査定や患者さんからの苦情のレベルにとどまっています。どんなに豊富な経験を持つ医師であっても,最新の医学的知見は研鑽でしか得られず,また自らの失敗に気づく機会が希薄です。このように「診療への構造化されたフィードバックシステム」が保証されていない藤沼先生のブログより)ことが,最大の原因です。

もう一つのアイロニー化は,日々の診療の反復とルーチン化が主要因と思われます。生物医学的知識偏重の医学教育を受けてきた世代にとって,診療所で出会うケースは日常的でありふれていて表面的には反復的です。そうした傾向は倦怠感や事務的感覚をもたらし,ひいては診療への無関心,あるいは「診療なんてこんなもの」感を引き起こすことになります。

健全にオタク化しアイロニーを持つのであればよいのですが,中高年医師は往々にして,それとは正反対のオタク化,アイロニーへと突き進んでしまう。その背景にフードバックシステムの欠如と,反復する日常診療への倦怠感が挙げられる,というのがヤブ化の本質と思われます。
a0119856_07230999.jpeg
2)ヤブ化問題の構造
さて、ヤブ化対策に移る前に、上述のフィードバックの欠如についてもう少し考えてみます。医師は患者さんと向き合う時、様々な人々との関係性を保ちながら診療しています。様々な階層が考えられますが、本ブログでは「患者身体」(患者さんの身体をさしますが、ここでは単に生物学的身体のみならず、心的身体を含む全人的な視点で捉えて「身体」と表現します。「全人的な」という表現はやや嫌ですね。「主体」というような意味です。言い方はあまりこだわりません)、「メディカルスタッフ」「同業医師」「家族・地域」「社会・環境」の5つのレイヤーを想定します。日々の診療では、患者身体に対しては治療、メディカルスタッフに対しては診療上の指示、同業医師に対しは医師会活動などという具合に、医師は様々な働きかけを各レイヤーに対して行っています。他方、医師はもちろん患者からも、診療の経過を通して様々な知識を学び取り、メディカルスタッフからも患者情報を得、同業医師からは各種影響を受け、という具合に各レイヤーとの間の様々な関係性を保ちながら生活しています。

医師の生活をこのような構造から捉えるとき、ヤブ化とは各レイヤーとの「関係性が希薄になっていくこと」、あるいは「各レイヤーからのフィードバックに対し鈍感になること」と定義することもできます。私たち医師は日々、自らの診療行為が患者身体にどのような変化を生じさせたのか、振り返りを繰り返しながら向上していく省察的実践家としての顔を求められます。前述した「オタク化」「アイロニー」とはこうした患者身体からのフィードバックだけででなく、メディカルスタッフや、同業医師、家賊・地域、そして社会環境に至る各レイヤーからのフェイードバックを受けたがらない、あるいは鈍感になってしまうことに他ならないように思われます。
a0119856_07070489.jpeg
他業種との関係性やフィードバックが希薄となって、孤立化、独善化する。これも「ヤブ化」の本質と言えます。こうしたヤブ化の構造を踏まえた上で、ヤブ化対策を考えることにします。

3)各レイヤーとの関係性構築を主眼としたヤブ化対策
3−1)患者からのフィードバック(フィードバック①)
対策の主眼は各レイヤーからのフィードバックの強化です。これには様々な方策が考えられます。レベル1,患者身体からのフィードバックとしては、「ナレッジベースの構築」が欠かせません。単純な話、日々の診療で疑問に持ったことをその時その日その週に調べ知識化する作業です。これにはICTが有用です。日々の診療で生じた疑問に対しUpToDateその他の媒体で検索吟味しEvernoteなどにまとめるといった作業はもはや常識的に行われているでしょう。こうした作業はEBMの基本的姿勢であり、普遍的な学習方法と思われます。しかしながら、ICTに親しみの薄い中高年医師は、年々一人で勉強することの億劫さを自覚します。ヤブ化のもう一つの側面として「面倒くさがり」も重要な要素として考えねばなりません。

3−2)メディカルスタッフからのフィードバック(フィードバック②)
当院では,2019年4月から,日本NP教育大学院協議会の診療看護師(NP)資格を取得したNPを採用し,問診や臨床推論,あるいは生活習慣の管理などを行っています。診療所の外来診療に従事するNPは全国的にもあまり例がないと思われますが,NPは非常に優秀で,外来診療の多くを担うことが可能と考えます(処方その他最終チェックはもちろん医師が行います)。このことに関しては別の機会に詳しく報告したいと思います。

もうひとつ後述しますが,月1回,当院スタッフと外部スタッフによるケアカンファランスや,毎朝のミーティングにおいて,その時時の「困ったこと」「良かったこと」を共有する場を設けることにしています。たとえば昨日受診された患者さんの診療中で良かったと思うことを,構成メンバーから挙げてもらい皆で共有する。これをすると,チームで医療をしている一体感がぐっと増します。またメディカルスタッフから,医師がそれまで全く気づかなかった患者さんの情報,側面をたくさん知る機会でもあります。そうした情報に半ば愕然とすることもあり,日々のコミュケーション向上にかなり寄与します。

3−3)同業医師からのフィードバック(フィードバック③)
「ナレッジベースの構築」は最重要ですが、独学には限界があります。「ヤブ化対策の本質はすばり、「一人でやらない、みんなとやる」ことだと考えます。この時同業医師のコミュニティは非常に強い味方です。各種SNSはその点で非常に有効なツールです。今やFacebook、Twitterは臨床上の疑問に回答を与える有力な武器です。

ただし、やはり患者ケースをベースにディスカッションすること(PBL:Problem-based learning)は、様々な視点を私たちに与えてくれます。特に近所の信頼できる医師同士でのカンファランスでのライブ感は単なる情報以上の「生身の知識」が得られる重要な実践の場です。

当院では2017年から(前身は2005年)当院待合室で、顔見知りの開業医,病院勤務医10-15人による「シン寺子屋勉強会」を3ヶ月に1回の割合で行うことを始めました。資金は毎回の茶菓代300円のみです。各自で気になる症例を持ち寄り思い思いにディスカッションをします。症例は特に珍しいものだけではなく、表に示すようなありふれたケースでもOKです。
a0119856_07245471.jpeg
a0119856_07110395.jpeg
中高年医師の多くが病院専門医からの転職が多いという特徴は、このカンファではプラスに働く面があります。各分野のエキスパートが揃っており,たいていの、そして極めてローカルかつ有用な知識がいながらにして得られます。

問題は、いわゆるインクルーシヴな、あるいは包括的な家庭医の視点からのフィードバックがあるかという点です。ありふれたケースを扱うには、「内科ではない」と言った頭から離れることが大切です。一応、私はある家庭医養成セミナーを2年間受講し、なるべく家庭的視点での発言をするように心がけたいと思っています。まだまだマスタークラスとは程遠い事を実感します。

未だに製薬企業主導の勉強会が情報リソースの多くを(見かけ上?)占めていますが、コンプライアンスの問題等からこうした勉強会が衰退していくこは確実であり、この時に備えて、本来は医師会などが主体となって、地域の島宇宙のような10人前後くらいの学習コニュニティーを創生することが望まれるように思います。

3−4)家族・地域からのフィードバック(フィードバック④)
すでに本ブログで紹介しているように,当院では2017年から,毎月第3水曜日の午後に,認知機能低下等で多職種との関わりが必要な方について,一人30〜40分程度のケアカンファランスを行っています。構成員は患者さん本人,ご家族,ケアマネージャー,訪問看護師,デイサービススタッフ,福祉用具業者などです。
a0119856_07133183.jpeg

内容は主に,前半で各職種からの問題点紹介を行い,後半でそれに関する解決策を話し合うわけです。開催して2年になりますが,これは本当にやっていてよかったと思います。家族や医療介護スタッフを通して患者さんを取り巻く家庭,地域の全体像が把握できます。患者さんが診察室の外ではこういう事を考え,こういう生活をしているんだということが改めて新鮮な問いかけとして立ち現れます。

2年間開催してみて,痛切に感じることがあります。一つは,このカンファは基本的に患者さん本人参加を原則としているのですが,大勢が集まる場で患者さんは気後れをしてあまり話をしでいただけないでのではと危惧していました。しかしやってみたらそれとは正反対に,日々の日常や家族への思い,あるいは趣味のことなど,非常に生き生きと語る患者さんを目の当たりにします。普段診察室では決してみることのなかった明るい表情や笑顔を多く見ることができます。一人暮らしや老老介護の中で,このような語りの場は患者さんにとっても自分を開架する場になっているのかもしれないと思っています。

もう一つ,カンファの場では,ときにご家族と患者さん本人との間のすれ違いやご家族が非常に苦労していることが浮き彫りになる場面も見られます。このようなときは,改めて本人は参加せずご家族とスタッフとでカンファを開くことがあります。介護が必要なケースというのは実は家族も様々な問題を抱えている,よく知られたことですがこれもカンファを開くことで,たとえば患者さんのこうした言動が家族を悩ませているという具体的状況が共有できます。漠然とした家族の悩みが明瞭になります。

カンファで語られる内容を診療に活かすことが主眼ですが,患者さんご家族にとっても,あるいは医療介護スタッフにとっても。このように「語りの場がある」ということが重要な意味を持つように思われます。オープンダイアローグと言うには程遠いかもしれませんが,今後スタッフのスキルアップを図りながら,より語りやすい環境を形作っていきたいと考えています。

3−5)社会・環境からのフィードバック(フィードバック⑤)
最後に社会・環境からのフィードバックです。これも本ブログで紹介してきておりますが,3ー4ヶ月に1回,一般市民を対象として「どばし健康カフェ」という集まりを融資スタッフが主体となって開催しています。東京大学の孫大輔先生が立ち上げている「みんくるカフェ」の仙台支店として2013年から開始しました,一般市民と医療福祉介護者が健康の諸問題についてカフェ形式で語り合います。
a0119856_07181951.jpeg
テーマは下の表ようにごく身近な健康の話題から,やや深い内容までさまざまです。本カフェは同業者同士のカンファやケアカンファとは,また全く異なる雰囲気で進みます。テーマはあくまで「健康食品やサプリはからだにいい?」といった当事者意識を必要としない自分の外側の問題です。そのため参加者の語りは非常にフランクで,多岐にわたり,自由な空気が支配します。ケアカンファも自由な雰囲気ですが,カフェになると参加者が自分の「役割」を気にしなくていいということが最大の特徴です。その中での語りは,やはり医療者,介護者にとって意外性や新たな発見に満ちます。
a0119856_07192565.jpeg
たとえば「AIについて」がテーマのときは,意外にも「AIに診てもらいたい」と考える方が多く,医師のあり方を改めて考えさせられました。「健康情報」がテーマのときは,「医師が十分説明をしてくれないからマスコミ情報に頼る」という理由が多いことも驚きの一つでした。

こうした患者ではない一般市民の思いを聴くことは,診察室の中ではなかなかできません。SNSなどから市民の健康観を得られる場合もありますが,SNS情報はこうした領域では偏りがちかと思われます。市民の語りを直接聴くことで,医療者ではない人々が医療や医療者,健康や病気について何を思い行動しているのか,これを知ることで広い知見が得られ,独善的にならない方向に導いてくれる気がしています。

まとめ
中高年医師がヤブ化に陥りやすい要因を探り,その対策につき長々書きました。
まとめると以下になります。

・中高年医師のヤブ化の背景には「オタク化」と「アイロニー」がある

・そのまた背景には知力体力の衰えによる「面倒臭さ」の前面化と各レイヤーからのフードバックの欠如が考えられる

・当院でのヤブ化防止対策の主眼は,「フィードバックの場を積極的に設ける」,そのためには「ひとりでやらない,みんなとやる」ことである

・患者身体,メディカルスタッフ,同業医師,家族・地域,社会・環境のそれぞれのレイヤーからフィードバックされる場を設定し実践している(つもり)


そうは言ってもそういう場を設定すること自体面倒だ,それができないから問題なのだ,という声も当然あると思います。また当院での対策が普遍的で取り組みやすいかというとむしろ立ち上げには幾ばくかの障壁があることも事実です。

でも,「ヤブ化の徴候」はたとえどんなに鈍感な医師でも,日常診療のちょっとした場面で自覚しているのではないでしょうか。あるいは「ヤブ化」というネガティヴな感触でなくても,独善的になったり(オタク化)で医療情報に以前ほど関心がなくなった(アイロニー)と感じることは多少なりともあると思います。

そうした徴候が現れたときに,若干でも助けになればと考え,書いてみました。
ご参照いただければ幸いです。

$$$ 先日の台風一過の仙台
a0119856_07212620.jpg

# by dobashinaika | 2019-10-18 07:27 | 開業医の勉強 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
未分類

タグ

(40)
(35)
(35)
(27)
(27)
(26)
(25)
(24)
(21)
(20)
(20)
(19)
(18)
(16)
(14)
(13)
(13)
(13)
(13)
(13)

ブログパーツ

ライフログ

著作

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法


プライマリ・ケア医のための心房細動入門

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)


健康格差社会への処方箋


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書)

最新の記事

【Apple Heart S..
at 2019-11-26 07:35
心房細動合併透析患者において..
at 2019-11-21 06:49
日本の心房細動患者の死因の半..
at 2019-11-11 07:22
CHA2DS2-VAScスコ..
at 2019-10-30 17:36
中高年開業医におけるヤブ化防..
at 2019-10-18 07:27
日経メディカルオンライン:第..
at 2019-10-15 06:26
新規発症心房細動では服薬アド..
at 2019-10-06 10:47
心房細動診断においてスマホに..
at 2019-09-19 06:30
第17回どばし健康カフェ「心..
at 2019-09-05 08:51
強い症状のない血行動態の安定..
at 2019-09-04 06:36

検索

記事ランキング

最新のコメント

いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29
> 山川玲子さん 山川..
by dobashinaika at 23:14
運慶展を観た方にWEB小..
by omachi at 19:45
> terryさん ご..
by dobashinaika at 08:38
簡潔なまとめ、有り難うご..
by 櫻井啓一郎 at 23:16
いつも大変勉強になります..
by n kagiyama at 14:39

以前の記事

2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン