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2014年 12月 14日 ( 2 )

共病記(7)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その③ 不可能

私のクリニックは8月13日から17日までお盆休みの予定だったのですが、その前の8月11日、12日はどうしても診療所を開けなくてはなりませんでした。急病による休診はソロプラクティスの最大の弱点です。明日からは、否応なしに患者さんが訪れます。これだけはなんとしても解決しなければならない問題でした。

結果的に、長期にわたって応援の医師を頼むことができ、そのことは入院生活の中でも最もありがたいことでした(そのことはまた後日書きます)。しかしこの時各方面に電話をしたり、メールを出したりする必要が生じました。ケータイの連絡先から電話番号を探し他人と話す、あるいはメールアドレスを探して、タッチパネルに言葉を入力する、そうしたコミュニケーションのためのひとつひとつの動作所作で、大変な苦しみが伴いました。

これまで再三記述したような「高速ランダムめまい」や「後頭部からお腹にかけてのもっさり感」と言葉で表現すればできなくもありませんが、言葉にした瞬間に、今の自分の苦痛を言い表すことの嘘くささというか違和感を感じます。まずこのもっさりした感じが果たして体のどの部分に由来するものなのか説明することは難問です。

小脳への血栓により脳細胞が壊死したことが根本の原因であることは医学的に理解できますが、苦痛の範囲は後頭部にとどまらず、背中全体からみぞおちの当りに回りこんで来ていたます。また時には腰の方に重苦しい物を感じます。さらにたとえば枕元のものを取ろうとした時や、ちょっと足を組み替える動作をすると、その所作のいちいちがもっさり感を助長するのです。いや助長するというより、物を取ろうと触った途端にもっさり感が手先指先から、撮ろうとする物体にまで広がって、からだの外にあるものまでもがもっさりするような感覚なのです。

この「境界線のない苦痛感」とでも言ったものは、電話をした時に一番感じました。だれでも自分のことを他人に話すときは、今の自分の症状や今後の見通しを伝えるため、それらのことを客観的な視線から話すようにすると思うのですが、その話している自分そのものが、強烈なもっさり感と言うか苦痛を持ちながら話しているのです。いつもなら、今こんな症状だから見通しはこれこれだろうと、自分自身を一歩引いて語ることなど容易だと思うのですが、このときはそう語っている当の自分がすでに苦しい。苦しんでいる自分とそれを見ている自分を分けることができないのです。そしてその苦しんでいる自分のからだは、どこからどこまでが苦しいのか、明確に境界線をひくことができないのです。だから、今これこれこういう感じがしてとても苦しいのだと他人に説明すること自体、およそ経験したことのないようなよそよそしさというか、嘘くささを感じたのです。そんなんじゃないだろうと。

今苦しんでいる物理的なからだと、それを感じ分析するこころとを区別することができない、その双方が一体となった感覚であり、私そのものが苦痛であるような感覚です。これこそまさに身体というべきものなのだということに気がつきました。

そしてこの身体の苦痛の質感とかひろがりとかは、決して医学的な、病態生理学的な言葉で説明することはできないということも感じました。いかに今現在、動脈の内幕と中膜の間に亀裂が入ってその間に血液の塊が生じ、それが平行感覚を司る小脳を養う血管に飛んだために、脳細胞の一部が壊死して小脳の機能が失われた。。。と説明してもですね、その科学の言葉が、この苦痛感の全てを説明してはくれないわけです。というより誰もが理解できるような科学の言葉を尽くせば尽くすほど、今の自分のこの「感じ」そのものを説明することはできず、ギャップが開いてしまう、いわゆる「説明ギャップ」を身をもって体験することになったのです。

このギャップの発見は恐ろしいです。誰にも今の自分の苦痛の独特な感じを伝えることができないし、誰にも理解できそうにもない。言葉で記述できないということは、自分の苦痛がその場その場で顔を変えながらそのひとに立ち上がる、唯一無二ものであり、本来他との比較を拒むものであるということです。そうですね。突き詰めると私の苦痛を説明することは不可能であるということです。これが3つ目の「不」です。

これまでみてきた2つの「不」、不条理も不確実も、そのより源泉にはこのだれにも説明することができないという「不可能性」があるように思われます。

このままだと絶望的になります。でも実際はそんなに絶望の淵でもがいていたわけではありませんでした。共病記(3)で述べましたように意識の上澄みに奇妙な楽観みたいなものがあったのです。そしてそうした不可能性や絶望から出発して、不条理性や不確実性を飼いならしていくことは十分に可能だということもこのあと体験することになります。なんでかというとこうした「不〜」は、時間とともにダイナミックに変化していくものだからです。身体の回復とともにいろいろなことが変化します。その変化そのものこそが病気というものかもしれません。

どんな具合に変化していくのか、これが一番伝えたいことですが、また後日。

###「ちん餅」の張り紙で初めて意味を知りました。電子レンジでチンしたお餅ではないようですね^^料金をとってお餅をつくことで「賃餅」だそうです。
 共病記(7)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その③ 不可能_a0119856_1895942.jpg

by dobashinaika | 2014-12-14 18:13 | 医者が患者になった時 | Comments(0)

共病記(6)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その② 不確実

8月11日の月曜日に脳外科と神経内科の混合病棟に移ったのですが、この病棟は昨日までの耳鼻科病棟とは違い、手術や急性期の患者さんが多いせいか
全体の雰囲気がキビキビしているというか、やや張り詰めた空気が漂っていました。別室からは脳の病気のためか、ときおり患者さんの声が大きく響くようでした。窓からの風景も昨日までは遠くの海の方まで見えそうでしたが、今日からは隣の研修医宿舎が見える、そんな環境でした。

そうした空気の中で、寝返りをうつこともできず、この日の夜はiPadを読みまくっていました。
共病記(4)で示した脳の写真にも見えていますが、私の右の解離した椎骨動脈は、一部動脈瘤のように見えなくもない像が写っていました。もしこれが瘤で、破裂したら生命の危機が訪れることになります。また細くなった動脈が見えていますが、もしこの細い部分がほんの数センチ上の脳幹の領域にまで進んでいったら、呼吸停止など非常に重篤な症状をきたすことが予想されます。

この血管がここ数日のうちにどうなってしまうのか。いろんな論文を読みあさってみましたが、例えばこの論文では、私と同じ未破裂の解離の方191人のうち、血管内治療(カテーテル)が24%で行われ、出血した人はゼロ、脳梗塞を起こした102人のうち92人は経過良好、10人が不良で4人が亡くなったとあります。
http://www.neurology.org/content/76/20/1735.short

その他の報告も、全体としては良好な経過をたどることが多いと記されています。でも、そうした記載は、ぜんぜんこの時はしっくり来ないのです。だって、このような何%という数字は、言うまでもなく私ではなく他の人の集団のデータですから。今の自分のこの血管のこの状態で、この血圧と血液検査データであれば、ここ数日動脈瘤からの出血や脳梗塞の進行が起きる確率がどのくらいかについては、どこにも書いていないわけですね。要するに、確率はある程度わかるかもしれませんが、一番知りたい自分が近い将来どうなってしまうのかについては誰も答えることができないという、当たり前のことを身を持って実感するのです。

たとえば、そうですね、いつも思い出すのですが、映画「エイリアン」2か3でシガニー・ウィーバーの脳の中にエイリアンの子供が鮮明に認められる場面が出てきますが、ああいう超高性能超高解像度でかつ何ら副作用のない画像診断装置であるとか、または解離した血管の解離サイズ、血管内皮の脆弱性、血流速度、粘度、凝固能等々のそれこそ様々なパラメーター、解離に伴う炎症物質や修復反応の度合いなどあらゆる因子を正確に測定する生化学測定装置が開発され、それらにもとづいて解離した血管が今後どのような状態になっていくのかを極めて精緻に予測できる理論モデルが構築されたりすれば、今よりもっと正確に、予後(これからどうなるか)を予測できるようになるかもしれません。しかしながら、現在そうしたテクノロジーもセオリーもありません。

でも、一方でそんな思考実験をするまでもなく、いくら科学やテクノロジーが極限にまで発達しても、それでも未来を予知することが無理であるのは、ちょっとした哲学入門書を読めばくわしく導いてくれます。帰納法の限界だとか、不確定性原理だとか、複雑系だとか。。。そもそも原理的に、未来を予測することはできないということは、頭の体操的に、または他人ごとのようにまあそんなもんだろうと捉えていました。

しかし、命に向き合うような状況に自分が陥った場合、このことは非常に恐ろしい顔を持って、私たちに命の根源を突きつけてくるわけです。フランク・ナイトという経済学者は、統計的に確率が知られているものを「リスク」、確率さえ知られていないものを「不確実性」と読んで区別しました。この定義に従えば、椎骨動脈解離がこの先脳動脈瘤となって出血することは「リスク」に分類されるかもしれません。しかし、一人しかいない目の前のひと(今回は自分自身なわけですが)が今後どうなるかは、どんな事柄であっても確率さえ求めることはできない、そういう意味では、当事者にとってはどんな状況であっても、未来の自分は不確実であるかもしれません。

これが2つ目の「不」です。病気した本人にすれば、この不確実は前回の不条理と表裏一体のように思われます。だって自分が今このような命が脅かされるような状況になぜ置かれているのか、そのあらゆる要因をリストアップされて、これこれこういうわけだから、だからあんたは今こうなっているんだよということが説明できない(説明されても信用しないけど)以上、同じように未来に自分がどのような経過をたどることなどわかることはできない。当事者にとっては不条理と不確実は同じことの過去と未来の裏返しであるような気がしてくるのです。

荒木飛呂彦の名作「JoJoの奇妙な冒険」には様々な超能力を持ったスタンドが登場しますが、全未来を正確に予測できるスタンドはこれまで登場していないと思いました(注)。その理由も今回わかりました。原理的に無理だし、もしこの能力を持ったスタンドを登場させたら、最強すぎてストーリーが展開できないからだと思うのです。

2011年の3月14日にツイッターで「ラプラスの悪魔なんていなかったんだ」とつぶやいたのを思い出します。ラプラスの悪魔とはすべてを知っており、未来も予見している知性のことを言うのですが、未曾有の大地震、大事故で全てが想定外だった当時の仙台で味わった不確実な追い立てられるような感覚。今回これによく似た感覚だったようにも思いますが、一方で、あの時とは根本的に違う何か救いのようなものも感じていました。「ラプラスの小悪魔」くらいはそばにいるのではないか、と思っていました。

それについてはまた後日。

$$$ この辺り猫ちゃんが多いのです。こうした張り紙もあります。
共病記(6)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その② 不確実_a0119856_17415758.jpg


(注)オインゴボインゴ兄弟とキングクリムゾンが近いですが、遠くの未来までの正確な予知ではないと思いました;マニアックですみません^^
by dobashinaika | 2014-12-14 17:44 | 医者が患者になった時 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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