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2014年 10月 23日 ( 1 )

医療における意思決定再考(1)医療上の意思決定を左右する最大の因子は・・

日経メディカル10月号に抗凝固薬の選び方に関する特集があり、そのなかの私の「経口抗凝固薬の選択に当たっての考え方(小田倉私案)」が掲載されています。
http://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/report/t226/201410/538814_2.html(要無料登録)

以前、拙著「プライマリ・ケア医のための心房細動入門」での考え方は以下のとおりですが、今回は、よりシンプルにするため「医師の専門性/注意点」がなくなり、代わりに「患者の好み」のところに「コスト」「食事制限」を入れてあります。「エビデンスの捉え方」も患者の価値観ではありますが、限られたスペースの記事なのでいろいろな概念が紛らわしくないような図となっています。

<図1>
a0119856_23302448.png

これまで抗凝固薬の選び方の基本コンセプトとしてこのシェーマを何回も取り上げましたが、この元ネタは言うまでなく、マクマスター大学による以下の論文からの図表「エビデンスに基づく臨床決断アップデートモデル」です。(私の図では話を簡便にするために「患者の状態や環境」は「患者の好みや行動」に含まれるものと考えてください。本当は別の概念ではありますが)
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1123314/#B1

<図2>
a0119856_23355025.png

ただ、私自身この元の図も、それから今回の図も、なんとなくしっくり来ないものがずっとありました。
それは何かというと「これは誰の視点から見た図なのか」ということです。

たとえばこの図2にある「患者の好みprefernece」は、時にもう少し広い意味で「患者の価値観」と呼ばれることもあると思いますが、この価値観の主語は本当に「患者」でしょうか。「臨床的専門性」は医療者が自分の得意不得意を自己採点した「医師医療者の価値観」なのでしょうか。「エビデンス」は医療者からも患者からも独立した客観的な概念と捉えて良いのでしょうか?

少し考えればわかることですが、この図2も私の図1ももちろん医療者へのメッセージとして書かれたものであり、エビデンスははじめは医師の頭にしか入っていませんので(医療者より先に情報を持っている熱心な患者さんは別ですが)、エビデンスも専門性もその主語を考えると「医療者が妥当と考えるエビデンス」であり「医療者自身が考える自分の専門性」だと言えます。そして「患者の好みや行動、環境」も「医療者がこうだと考える患者の好みや行動」ということになるばずです。

言うまでもなく医療上の意思決定の当事者は患者(時に家族)と医療者ですので、この図1枚では当事者の一方しか見ていないことになります。上記と同様に「患者から見たエビデンス」「患者が考える自分の好みと行動」「患者が考える、自分の先生の専門性(ウデ)」があるはずです。

先日のブログでShared decision making (SDM)について取り上げましたが(SDMに適切な日本語がまだついていません。”協調的意思決定”といったようなニュアンスですが。。)、この意思決定の「分け合う=shared」の意味を私なりに解釈すると、上記のEBMの3(4)要素というのは、医療者の頭の中にある「エビデンスに対する価値観」「患者の好みや行動」「専門性」と、患者の頭のなかにある「エビデンスに対する価値観」「自分の好みや行動」「医療者の専門性」の2つの異なる価値観があり、それぞれの価値観をすりあわせてひとつの意思決定へと収斂させることだ、ということになります。

<図3>
a0119856_23401927.png

そうなのです。私たちが診察室で毎日行っていることは、エビデンスの一方的な伝達や教育ではなくて、また患者の一方的な訴えの吐露だけではなく(それもよしですが)、このような患者と医療者の「価値観のすり合わせ」なのでありそれ以上でもそれ以下でもないと考えられます。

この価値観の中身のうち、エビデンスは医師側に圧倒的に多くの情報がありますし、患者の好みはまさに患者の世界そのものですので、患者−医療者の間の価値観のすり合わせというのは、エビデンスを患者に一方的に教育することでも、患者の好みを再優先させることでもなく「医療者の考えるエビデンスと患者の考えるエビデンスをできるだけ同じレベルに近づけること」および、「患者の持つ好みをできるだけそのまま医療者が捉えること」ということができると思います(「医師の専門性」は紛らわしいのでここでは省きます)。

もっと医療者側としての実践的戦略に話を絞るならば、「医療者がどのようにしてエビデンスを患者さんにわかるように伝えるか」ということと「患者さんの好みをどのようにしてあますところなく引き出すか」ということになってくると思われます(患者さん側からも「エビデンスを理解する姿勢・リテラシー」や「自分の好みをわかりやすく伝えるスキル」が必要となるはずですがここでは論じません。脱線していくので^^)。

またスキルの話になって何だと思われる方もおられるかと思いますが、お互いの価値観を伝え合い、分かり合うのは言語を通じてであり(非言語もありますが)、また診察室という時間的空間的に限られた世界においてですので、現在の医療システムの中ではいろいろな意味で制約があることがSDMの障壁と考えられます。そうした制約を少しでも乗り越えるための方略を具体的に考えることは大切で、「スキル」という言葉が無機質な臭がするのであれば、「お互いの価値観の具体化とそれの共有」(これも無機質?)という作業であるといいたいとおもいます。

さて、この価値観のすり合わせこそが意思決定の本質だとすると、先ほどの図1,2の3(4)要素だけでは意思決定を左右する要因としては、全然足りない、ラスボスともいうべき超重要な因子があります。それは「患者と医療者の価値観の差異」です。言い換えれば、患者と医療者の間の距離感、あるいは患者の医師への信頼度(その逆もあり)だと思います。これまでのEBMの意思決定シェーマに覚えた違和感、あるいは、圧倒的に何かが足りない感じはコレだったのですね。

<図4>
a0119856_23414157.png

考えてみれば2つの当事者がいて意思決定をするわけなので、2者の間の違い、距離、隔たりが、一番決定的な因子なんですね。その視点があの図には、私から見れば足りないとうことになります。そして両者の差異をどう縮めるかということがすり合わせでありSDMということになります。

両者の距離は何で決まるか。それはエビデンスや薬そのものに対する価値観の背景によると思われます。たとえば、抗凝固薬を頑なに拒否するAさん。いくら塞栓症リスクが出血リスクより大きいと数字で説明しても飲むことを承諾していただけません。よく聞いてみると、何かの雑誌で抗凝固薬で脳出血を起こして生死をさまよった方の体験談を目にしたとのことです。その描写の恐ろしさが鮮明に脳裏に焼きついたため、塞栓症のリスクはわかるけれども、飲むことで脳出血には絶対なりたくないとのことでした。

もう一人のBさんの場合は、やはり知り合いにワーファリンを飲んでいて、吐血した方を知っていました。しかし長らく当院にかかられていて、私の提案する治療法に全面的な信頼を寄せて頂いていました。

このように患者さんの価値観の背景には、知り合いからの情報、健康リテラシー(読み取り能力)、リスクの捉え方、そして医師への信頼度が大きく関わっていると思われます。この中で最も大きい物は医師への信頼度だと感じます。信頼度が大きいほど、患者さんのエビデンスや自分の好みは小さな領域となります。それだけに信頼される医師ほど、エビデンスの解釈には適切さが求められると思われます。

このように、医療上の意思決定を行う場合EBMの3(4)要素に加え、患者の医療者への信頼度も加えて考えたいなと思います。リスク・コミュニケーション論では、この信頼度を決めるものは「能力」と「誠実さ」ですが、どちらも耳が痛いですね。ますます医師はスーパーマン的努力が必要なようでクラクラします。

また次の機会で、いよいよクラクラしなくて良い実践的方法について、具体的な抗凝固薬を名前を上げならが考えてみたいと思います。

というわけで本当は最初の図のバージョンアップを載せる予定だったのですが、またまたそもそも論をしてしまい、時間がなくなってしまいました。すみません^^

※それから、このような図を書いておりますので、利益相反は明確にしておきたいと思います。
私は、日経メディカルの図に挙げられている各薬剤の製薬会社(エーザイ、日本ベーリンガーインゲルハイム、バイエル薬品、第一三共、ブリストルマイヤーズ)のうち前4社から、平成24年12月までは講演会謝礼を受け取っておりました。平成25年1月からは各社主催または共催の講演会あるいは出版物の監修を行っておりますが、それに関する謝礼は全5社から受け取っておりません。
ご参考になればさいわいです。

昨日は雨でしたが、雨にも負けず散歩しました。今朝は晴れてまたにゃんこのお出迎えです。雨の日もあれば晴れの日もあります。
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by dobashinaika | 2014-10-23 23:57 | 心房細動診療:根本原理 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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