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2011年 01月 09日 ( 1 )

心房細動診療の基本コンセプト(1)

年末年始、そしてこの連休、どこも行くあてもなかったので、家の中でひたすらオペラなど聴きながら、だらだらと文章書きに専念しました。臨床医を20年以上もやっておりますと、自分の中のカオス的なものがある程度の型に修練してくる状況が訪れます。型にはまるということはそこからこぼれ落ちる、大切かもしれない塵芥を捨て去ることでもあります。そうした危惧を感じつつ、
長年不整脈診療、心房細動診療に携わってきたものとして、そして曲がりなりにも「心房細動な日々」などと言う名のブログを運営しているものとして、私なりに心房細動診療の基本的な理解の仕方について述べることにいたします。

【心房細動という病気の特徴】

心房細動を理解する上で、医療者側から見た「疾患」としても、また患者側から見た「病い」としても、最も大きな特徴は、その経過が長期にわたり、かつ根本治癒の可能性の(今のところ)少ないいわゆる「慢性疾患」であるということです。もちろん、心房細動はある時期、人々に動悸発作という不快な症状をもたらす急性期疾患の側面もあります。しかしながら、そうした発作を繰り返しながら、多くの患者さんは数年、数十年という期間、この病気とつきあっていきます。われわれ医療者も、外来で長年にわたり患者さんとおつきあいしていくことになります。その意味では、高血圧、糖尿症、脂質異常症といった生活習慣病や、各種神経疾患、骨粗鬆症、認知症といった、ジェネラリストが外来でよく見ているcommon diseaseと同じ範疇の病気ということができます。

さて、しかしながらもう少し心房細動という病気を考えたとき、他の生活習慣病などと異なる特徴がいくつかあることに気づきます。
第一に、病態生理、あるいは疾患としての時間軸という観点からの特徴として心房細動は長期的かつ段階的に進行する疾患であるということが挙げられます。心房細動の病態生理の根本はリモデリングです。肺静脈起源の巣状興奮から発作性心房細動が生じ、頻回になることで心房筋の不応期が短縮し、複数興奮波リエントリーが可能となり(電気的リモデリング)、次第に心房筋の肥大、繊維化といったいわゆる構造的リモデリングに移行するタイムコースです。これを心電図所見という視点からとらえた場合、初発心房細動→発作性→持続性→長期持続性→永続性という段階的に進行する様相を呈することになります。こうした時間軸を基準とした段階的進行性という特徴は他の疾患、例えばCKDや認知症、各種のがんでもみられますが、高血圧、糖尿症、脂質異常症などの生活習慣病にはみられない点です。

次に、病因あるいはリスクという観点から見た場合、心房細動は、それ自体がリスクであると同時に他の疾患のリスク因子であるということが挙げられます。心房細動発作は患者さんにとって苦痛ですから、それ自体ひとのからだにとって一つのリスクです。しかしそれと同時に、脳塞栓、心不全といった他の大きなイベントの原因の一つ、いわゆるリスク因子としての顔も持っています。リスクであると同時にリスク因子でもある、こうした二面性のある病気は、他の生活習慣病ではあまり見かけません。生活習慣病とはそれ自体はあまり症状を生じさせない一方で、将来の脳心血管病のリスク因子となっているという側面の強い疾患群です。一方、心房細動もそれ自体が将来の脳塞栓症や心不全のリスク因子ではあるのですが、発作のとき患者さんの症状が強いとか、心電図上脈が不整であるといった、いわば短期的なリスクに目を奪われがちなため、他の大イベントのリスク因子であるという側面が見逃されがちです。しかし患者さんと外来で長い付き合いをしていく上では、リスク因子の一つとしての心房細動という視点も、非常に大事なります。心房細動を持つ人は、多くの場合上記のような他の慢性疾患も抱えています。大イベント回避を治療の主眼に置くのであれば、心房細動のみを診療していても意味はありません。なぜなら大イベントは心房細動という単一の事象を原因としないからです。言うまでもなく大イベントは多数の原因が複雑に絡み合った結果として生じるものです。大イベントとしての脳梗塞、心不全はその人の年齢、血圧、血糖、脂質、心機能、喫煙、生活上のストレス等々様々な因子が複雑に絡み合い、相互に影響し合いながら最終的な破綻を来す帰結点です。大イベント回避を主目的とするのであれば、心房細動だけ管理してもかなり不十分です。他の因子、血圧、血糖、脂質、喫煙習慣、ストレス等も同時に目を配らなければなりません。昨今医療のどの分野においても、全人的医療の重要性が指摘されており、目先の脈不整、目先の心房細動よりも、「心房細動の人」を見るという視点が強調されるようになっています。患者さんと長くつきあい、胸部症状以外のさまざまな問題、訴えに日々遭遇するジェネラリストにとっては、実はそんなことはいわれなくても自明のことかもしれません。私は、この視点をさらに押し進めて、心房細動なんてあくまで大イベントリスク因子のone of themであるという視点、すなわち「心房細動もある人」を見るという視点を強調しておきたいと思います。

第三に、治療という観点から見た場合、心房細動は治療オプションの豊富な病気であるということができます。それは多分に上記の、リスクでありリスク因子であるという二面性と関係があります。治療戦略として、まず短期リスクとしての発作をコントロールするとうい観点からいわゆるダウンストリーム治療としての抗不整脈薬あるいはレートコントロール薬があります。またそうした症状を根本から断ち切る方法としてカテーテルアブレーションも、今日十分考慮されるオプションです。さらに近年では、心房細動の元々の上流である神経体液性因子を抑制して、心房細動そのものものの発生を抑える、いわゆるアップストリーム治療の概念も重視されてきています(近年急に劣勢の感じはありませうが)。そして上記大イベントのうちの脳塞栓を予防するために、段階的進行あるいは不整脈管理とは無関係に、抗凝固療法というオプションが存在します。これに対し、他の生活習慣病治療では、糖尿病においてはインスリン治療という大きなオプションがありますが、その他の疾患では、生活指導を中心としたライフスタイルの是正と薬物療法という大きな2つの柱があるにすぎません。むしろ心房細動治療の持つこうした選択肢の多様性は、化学療法、放射線療法、手術療法、免疫療法そして対症療法など様々なオプションを病期と照らし合わせ、組み合わせながら治療していくがん治療にある意味似ているかもしれません。

最後に、上記の3つの特徴にこれも密接に関係しますが、患者—医師関係という観点で見た場合、心房細動治療は他の生活習慣病と比べて、治療法選択の意思決定場面が多いという点が挙げられます。第一の特徴で挙げたように心房細動は発作の頻度や持続時間の増加というかたちで段階的に進行しますので、特にダウンストリーム治療において、抗不整脈薬をいつ開始すべきか、屯用にすべきか定期服用にすべきか、抗不整脈薬を中止してレートコントロールのみにすべきか、あるいはカテーテルアブレーションに踏み切るべきか、といった様々な段階での意思決定が要求されます。またその他にも抗凝固療法をいつから開始すべきか、どの時期から心房細動の予防を目指してアップストリーム治療を始めるのか、といった重要な意思決定懸案事項が山積みです。それに比べて糖尿病、高血圧、脂質異常症の管理において、われわれはライフスタイルをいかに変化させるか、患者さんの行動変容をいかに促すかといったことの方に、主に腐心しているといえると思います(もちろん心房細動以外のリスク因子管理としてそれも心房細動治療の一環といえますが)。その時の感覚は、徐々に患者さんの意識を変えていこう、行動を変えていこうという割りとのんびりまったりした流れの中で行われているはずです。それに対して、意思決定という行為は、患者にも医療者にもその治療オプションをするか、しないかという二者択一を迫る、ある意味緊張を伴う作業です。こうした緊張作業が、病気の進行とともに次々に立ちはだかっているというのが、心房細動治療の大きな特徴といえます。しかも今見たように、多くの場合その治療を「いつ」するべきなのか、治療の時期についての意思決定がほとんどです。例えば高血圧治療においてももちろん、いつから投薬を開始すべきか、いつから薬を追加するかと言った時期選択はなされます。しかしながら高血圧治療においては高血圧の進行に伴った、病期ごとの意思決定という概念はありません。またこのとき高血圧や糖尿病診療で問題となるのは、どの薬を使うかとった治療薬の種類についての意思決定にわれわれの関心が注がれやすい側面があります。心房細動治療でももちろんどんな抗不整脈薬を使うか、レートコントロール薬を使うかという点は大切ですが、それ以上にいつその治療に踏み切るかにわれわれの労力が注がれる傾向があるというのが実情でしょう。

以上、様々な側面から心房細動という病気の特徴を述べましたが、まとめると以下の4つとなります。

1)心房細動は段階的に進行する慢性疾患である
2)心房細動は、リスクであると同時に脳塞栓や心不全と言った生命予後に関わる大イベントのリスク因子である
3)心房細動治療においては、他の生活習慣病等に比べて治療オプションが豊富である
4)心房細動治療においては、患者—医師間で意思決定を迫る場面が多い

こうした特徴をふまえて、ではわれわれは心房細動診療を実際にどう行っていったらよいのか。上記の特徴、特に2、4)をふまえて浮かび上がるキーワード、それは「リスクマネジメント」です。次からはこの「リスクマネジメントとしての心房細動治療」というコンセプトについて述べてみたいと思います。
by dobashinaika | 2011-01-09 18:05 | 心房細動診療:根本原理 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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