ヨーロッパ心臓病学会の新しい心房細動マネジメントガイドラインを読む。"AF−CAREの理念"や"CHA2DS2-VAスコア"について解説
現在ロンドンで開催中のヨーロッパ心臓病学会に歩調を合わせて,2024ESC心房細動マネジメントガイドラインが発表されました。前回改定から4年ぶりです。
最も大きな変更点は基本理念です。
以前の”ABCパスウェイ”から”AF-CARE”という原則に変わっています。”CARE”とは以下
”C”:併存疾患とリスク因子の管理
”A”:脳卒中と血栓塞栓症の回避
“R” :心拍数とリズムのコントロールによる症状の軽減
”E”:評価とダイナミックな再評価
2020年版では,抗凝固療法→症状緩和→リスク/併存疾患管理の順に戦略を考える思考手順になっていましたが,今回は,より実践的と思われるAとR,つまり抗凝固療法とリズム/レートコントロールをはさむように,CとEという包括的な視点が導入され,それらが通奏低音のように鳴り響くイメージです。
以下のCentral illustrationにほぼ概要が集約されていますのでこれをもとに全体を紹介します。
まずキーコンセプトのAF-CAREについては3つのテーゼが示されています(推奨クラス,エビデンスレベル)
・年齢,人種,社会的地位にかかわらずすべでの心房細動にAF-CAREの平等な適応:I,C
・患者,家族,介護者,ヘルスケア職への教育:I,C
・多職種アプローチによる患者中心のマネジメント:IIa,B
次に”C”: Comorbidity and risk factor management(併存疾患/リスク因子管理)として
・高血圧:降圧治療(I)
・糖尿病:効果的血糖コントロ‐ル(I)
・心不全:利尿薬(I),適切なHFrEF治療(I),SGLT2阻害薬(I)
・肥満,過体重:10%減量(I),リズムコントロール下での肥満手術(IIb)
・閉塞性睡眠時無呼吸症候群:マネジメント(Ib)
・アルコール:週3ドリンク以下(I)
・運動能力:その人にあったプログラム(I)
・他のリスク/併存疾患:積極的評価と管理(I)
“A”: Avoid stroke and thromboembolism(脳卒中/血栓塞栓症回避)では:
血栓塞栓症リスクの考慮→リスクスコアの使用→抗凝固薬選択→出血リスク評価→出血予防の手順が提示されています
・血栓塞栓症リスク:
>高リスク患者の抗凝固薬開始(I),
>その時の出現パターン(発作性,持続性,永続性)は考慮しない(III)
>抗血小板薬は推奨されない(III)
・その地域で検証されたリスクスコアorCHA2DS2-VAスコアの使用
>CHA2DS2-VAスコア≧2:(I)
>CHA2DS2-VAスコア=1:(IIa)
・抗凝固薬選択
>機械弁,僧帽弁狭窄以外はDOAC使用(I)
>VKAはIND2.0-3.0目標(I),INRレンジ>70%(IIあ),DOACへの変更(I)
・出血リスク評価
>すべての修飾可能な出血因子の評価と管理(I)
>抗凝固薬中止のためのリスクスコアの使用(III)
・出血予防
>抗血小板薬は併用しない(III)
>慢性冠動脈疾患/末梢血管疾患に対して抗凝固薬に抗血小板薬を12
ヶ月以上併用は避ける(III)
“R”: Reduce symptoms by rate and rhythm control(レート/リズムコントロールによる症状軽減)
・心房細動のタイプごとに考慮
・レートコントロール,除細動,抗不整脈薬,カテーテルアブレーション,胸腔鏡下/ハイブリッド療法,外科的アブレーション,アブレート&ペース
“E”:Evaluation and dynamic reassessment (評価とダイナミックな再評価)
・心房細動の出現または心房細動以外での入院時に再評価
・発症後6ヶ月,その後最低年1回あるいは臨床的必要性に応じた定期的再評価
>心電図,血液検査,心画像,ホルター,他の画像検査
>新たな/既存のリスク因子,併存疾患の評価(I)
>脳卒中と血栓塞栓リスクの層別化(I)
>治療前後での症状のチェック(I)
>修飾可能な出血リスクの評価と管理(I)
>血栓塞栓リスクがある場合,リズム治療にかかわらない抗凝固薬の継続(I)
###
基本理念”AF-CARE”については,本文で”with the caveat that any tool is a guide only, and that all patients require personalized attention””Joint management with each patient forms the starting point of the AF-CARE approach.”
すなわち「どのようなツールもガイドに過ぎず、 すべての患者に個別的な対応が必要であることに注意しながら」「眼の前の患者との共同管理が、 AF-CAREアプローチの出発点」という,患者への個別的な視点が思想として前面に出されており,いかにもヨーロッパ的だなと思わせます。私はこういう姿勢大好きです。
その他に重要な変更点は以下です。
1)CHA2DS2-VAScスコアから「性別」が外され,CHA2DS2-VAスコア(チャズ‐バスコア)になった
>従来から,75歳を超えた女性以外はリスクにならないとの報告があり,また性別で点数が違うのは複雑とのことで今回から「女性」が点数から外れています。
2)心房細動のリスク因子がより具体的に記述された
>心不全合併例でのSGLT2阻害薬(I),10%の減量(I),アルコールは週3ドリンク以下(I),睡眠時無呼吸症候群の管理はIIb,などかなり具体的です。
3)レートコントロールで,LVEF>40%ならβ遮断薬,非ジヒロドピリジン系カルシウム拮抗薬,ジギタリスのどれでも選択可能
>最近のRATE-AF試験などを受けて,ジギタリスもクローズアップされている感があります。
また分類として,以前「長期持続性(12ヶ月以上で洞調律復帰の可能性あり)」として独立していたカテゴリーが「持続性」の中に戻っています。
診断では,治療方針決定のための心エコーが推奨レベルIとなっています。
他のガイドラインとの比較ですが,2023ACC/AHA/ACCP/HRS(米国)では分類が心房細動のタイムコースに沿っていてより心不全分類に近づく形でしたが,こちらはよりシンプルになっています。
日本の最近のフォーカスアップデート版では,特に高齢者の抗凝固療法について分厚い記述がなされており,高齢者心房細動を多く診る開業医としては大変参考になりますが,ESCではあっさりとした記述になっており,欧州では高齢者心房細動はそれほど問題になっっていないのかと考えさせられます。
発表されたばかりですので,もう少し読み込みたいと思います。
by dobashinaika
| 2024-09-01 23:53
| 抗凝固療法:ガイドライン
|
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