心房細動診療に残された大きな問題;短時間の心房細動(Atrial High Rate Episodes)に抗凝固療法は施行すべきか:NOAH-AFNET 6試験とARTESIA試験のまとめ
心房細動の治療は,抗凝固薬とカテーテルアブレーションにより成熟した感があるわけですが,一方,言ってみれば今まで隠されてきたと言うか,みんなが気づいていながら深く検討されてこなかった問題があります。それはすなわち,どのくらい続いたら本当の心房細動と言うのか。もう少し具体的にいうと,どのくらい心房細動が持続したら抗凝固薬を使用すべきなのかということです。
これまで曖昧にされてきたこの問題,ウエラブルデバイスの登場により真剣に取り組まれるようになりました。すなわちアップルウォッチ等で数分間記録された「心房細動」に対し,CHADS2スコアが当てはまるからと言って即抗凝固薬を処方して良いのかという疑問が湧くわけです。
臨床的には,Subclinical AF (SCAF:潜在性心房細動)とは,無症候かつ各種デバイス(ウエアラブルもしくは植込み型)で同定されたものとされ,Atrial high-rate episodes(AHRE:心房高頻度エピソード)とは,植え込み型デバイスにより検出される,比較的短い心房細動類似の心房性イベントとされています。
最近発表されたAHA/ACCなどの心房細動ガイドラインでは,AHREへの抗凝固療法の適応は以下のようになっています。
・推奨クラス2a=中等度(エビデンスレベルB-NR):AHRE24時間以上かつCHA2DS2-VAScスコア2点以上または同等リスク(持続時間,個々の患者リスクの考慮とSDMの範囲内で)
・推奨クラス2b=弱め(エビデンスレベルB-NR): AHRE5分以上24時間未満。CHA2DS2-VAScスコアが3以上または同等リスク
・推奨クラス3: No Benefit(エビデンスレベルB-NR):AHRE5分未満で他の抗凝固療法の適応がないもの
実際には1)AF burden,すなわちAHREの頻度x持続時間 2)CHA2DS2-VAScスコアの2軸で決まると思われ,それをよく表したのが下図12です。この図によれば
(A)投与しなくて良い:AHRE6分以内またはCHA2DS2-VAScスコア0点
(B)不確定:CHA2DS2-VAScスコア1点(女性は2点),あるいはAHRE6分から24時間未満かつCHA2DS2-VAScスコア2点(女性は3点)以上。2つのRCT待ち
(C) 投与:AHRE24時間以上かつCHA2DS2-VAScスコア2点(女性は3点)以上
となっています。
実際には持続時間とCHA2DS2-VAScスコアは相関するので,24時間以上持続する例はリスクも高く一般的に抗凝固療法を行い,いっぽう6分以内のものは経過観察というのはこれから言えます。となると6分以上24時間以下のAHREが問題となるわけで,この解決のため2つの試験の結果が待たれていたということになります。
その2試験とは,周知のように今年のESCとAHAでそれぞれ発表されたNOAH-AFNET6試験とARTESIA試験です。これら2つはACC の“Latest In Cardiology”でTop Clinical Trialsの10本の論文のにも入っています。
では2つの試験の内容をみていきましょう。
両者とも,「6分以上の心房高頻度エピソード(ARTESIAは24時間以内)」を植込み型デバイスで確認できた患者が対象です。
結果は,ARTESIAはDOACは有効だが出血はアスピリンに比べて多い。NOAH-AFNRT6では,有効性はプラセボと同等で出血はやはり多いということになりました。
表にそれぞれの特徴をまとめました。
対象はほぼ同じですので,相違点としては,DOACの種類(アピキサバンーエドキサバン),対照群(アスピリンープラセボ)。AHREの定義(6分〜24時間と6ふん以上)などとなります。
直感的にAHREの中身つまりAF burdenが最も影響するのではと考える人も多いと思いますが,ARTESIAではエピソードなし 15.8%,<6分未満,2.1%,6分~1時間未満,25.8%,1時間から6時間未満,35.5%,6時間から12時間未満,13.8%,12時間以上24時間未満,7.1%。NOAH-AFNRT6では平均2.8時間(0.8-9.4時間)となっています。後者の方は詳しい分布がわかりませんのでサブ解析などを待ちたいですが,それほどAF burdenに差はないようです。
このままだとどちらを信じていいかわかりませんが,すでに2つの試験のメタ解析が出ていて,それによれば虚血性脳卒中は減らし,大出血は増やすとの結果でした。症例数の多いARTESIAに引っ張られた可能性もあります。
全体として言えることは,AHREの持続時間が2時間前後と低burdenであること,総死亡,心血管死は減らしていないこと,脳卒中の発症率が年間1%前後と大変低かったことに目を向ける必要があると思われます。とくに平均持続時間が2-3時間の心房細動の場合,慎重さが必要と言えると思われます。
追記;ただ悩ましいのは,たとえば診察時に心房細動で翌日受診時は洞調律だった,すなわち持続24時間以内の場合でも,他の場面では24時間以上のエピソードを実は持っている可能性が否定できない点です。上記2試験はいずれも植込み型デバイスできっちり記録されたエピソードを扱っていますが,実臨床では心電図1回でしか判断できない場面も少なくありません。であれば1回の記録でも脳塞栓の可能性を考え,投与しておくというインセンティブが働くのはやむを得ないかもしれません。ということで,この問題は,実は「心房細動をどこまでモニターすべきか」,つまり心房細動という実在をどのように認識すべきか:という難しくも深い問題を含んでいるわけです。
まだまだ現場判断が迫られる領域と思います。
by dobashinaika
| 2024-01-03 23:00
| 心房細動:診断
|
Comments(0)
土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。
by dobashinaika
S | M | T | W | T | F | S |
1 | 2 | |||||
3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 |
10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 |
17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 |
24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
筆者は、2013年4月以降、ブログ内容に関連して開示すべき利益相反関係にある製薬企業はありません
●医療法人土橋内科医院
●日経メディカルオンライン連載「プライマリケア医のための心房細動入門リターンズ」
●ケアネット連載「Dr,小田倉の心房細動な日々〜ダイジェスト版〜」
●医療法人土橋内科医院
●日経メディカルオンライン連載「プライマリケア医のための心房細動入門リターンズ」
●ケアネット連載「Dr,小田倉の心房細動な日々〜ダイジェスト版〜」
カテゴリ
全体インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
Covid-19
未分類
タグ
日本人(44)ケアネット(40)
どばし健康カフェ(35)
高齢者(32)
リバーロキサバン(29)
リアルワールド(28)
新規抗凝固薬(25)
ガイドライン(25)
ダビガトラン(24)
アドヒアランス(23)
CHA2DS2-VAScスコア(21)
ワルファリン(21)
共病記(20)
ESC(20)
心不全(19)
カテーテルアブレーション(18)
無症候性心房細動(14)
認知症(14)
頭蓋内出血(13)
消化管出血(13)
ブログパーツ
ライフログ
著作
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版
編集
最近読んだ本
最新の記事
ヨーロッパ心臓病学会の新しい.. |
at 2024-09-01 23:53 |
心房細動とHFrEF:昔から.. |
at 2024-08-18 21:39 |
AF burden :新たな.. |
at 2024-08-15 14:46 |
高齢の心房細動患者における2.. |
at 2024-06-25 07:25 |
2024年JCS/JHRS不.. |
at 2024-03-21 22:45 |
日本独自の新しい心房細動脳梗.. |
at 2024-03-17 22:31 |
心房細動診療に残された大きな.. |
at 2024-01-03 23:00 |
東日本大震災と熊本地震におけ.. |
at 2024-01-02 16:11 |
脳梗塞発症後の心房細動患者に.. |
at 2024-01-01 18:41 |
ACC/AHAなどから202.. |
at 2023-12-10 23:12 |
検索
記事ランキング
最新のコメント
血栓の生成過程が理解でき.. |
by 河田 at 10:08 |
コメントありがとうござい.. |
by dobashinaika at 06:41 |
突然のコメント失礼致しま.. |
by シマダ at 21:13 |
小田倉先生、はじめまして.. |
by 出口 智基 at 17:11 |
ワーファリンについてのブ.. |
by さすけ at 23:46 |
いつもブログ拝見しており.. |
by さすらい at 16:25 |
いつもブログ拝見しており.. |
by さすらい at 16:25 |
取り上げていただきありが.. |
by 大塚俊哉 at 09:53 |
> 11さん ありがと.. |
by dobashinaika at 03:12 |
「とつぜんし」が・・・・.. |
by 11 at 07:29 |
以前の記事
2024年 09月2024年 08月
2024年 06月
2024年 03月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 08月
2023年 06月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月