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フレイル高齢心房細動患者では,ビタミンK拮抗薬をDOACに切り替えると出血事象が69%増加。FRAIL-AF試験


8月25日,アムステルダムで行われた欧州心臓病学会(ESC)学術集会で,ユトレヒト大学(オランダ)から大変注目すべき報告がありました。なおDOACについては,原文を尊重しNOACと表記します。

背景 :
フレイル合併心房細動患者においてビタミンK拮抗薬(VKA)内服をNOACに切り替えるべきかどうかは明確な答えがない。

方法:
・フレイル(年齢75歳以上+GFI(Groningen Frailty Indicator)スコア3以上)を有する外来管理の高齢AF患者
・INRガイド下VKA治療からNOAC治療に切り替える群 (NOAC切り替え群)と,VKA治療を継続する群 (VKA継続群:アセノクマロール、フェンプロクモン)に無作為に割り付け
・VKA中止後「INR<2.0」ならDOAC開始。出血多発のためのちに「INR<1.3」に変更
・GFRが30mL/min/1.73m2未満の患者や弁膜症患者は除外。追跡期間は12ヵ月。
・主要アウトカム:大出血または臨床的に対応を要する非大出血合併症
・副次的アウトカムには血栓塞栓イベント,総死亡などが含まれた。
・死亡を競合リスクとして考慮、。intention-to-treat解析

結果:
1) 1,330例(平均年齢83歳、GFI中央値4)。NOAC切り替え群662例、VKA継続群661例。

2)163例の主要転帰イベント(切り替え群101例、継続群62例)の後、試験は事前設定された無益性のため中止

3)主要アウトカム:NOAC切り替え群(15.3%)でVKA継続群(9.4%)に比べ有意に高い(P=0.00112), HR=1.69(95%CI 1.23-2.32)。

4)血栓塞栓イベント:有意差なし。HR=1.26(95%CI 0.60~2.61)
フレイル高齢心房細動患者では,ビタミンK拮抗薬をDOACに切り替えると出血事象が69%増加。FRAIL-AF試験_a0119856_22364719.png

結論 :フレイルのある高齢心房細動患者において、INRガイド下VKA治療をNOACに切り替えることは、VKA治療を継続することと比較して出血性合併症の増加と関連したが、血栓塞栓性合併症の減少は関連しなかった。

COI:オランダ政府ならびにDOAC製造企業4社から資金提供

### 本研究の要旨は,「フレイル高齢心房細動患者を対象としたRCTにおいて、INRガイド下VKA管理をNOACベースの治療戦略に切り替えると、大出血および/またはCRNM出血合併症が69%増加した」という驚くべきものです

まずいくつかの知りたいポイントの確認です。
1)フレイルの程度:今回採用の指標であるGroningen Frailty Indicatorは,日常活動(買い物、外出、更衣、トイレ移動)、健康問題(身体的健康、視力、聴力、体重減少、4剤以上の服薬、記憶)、心理機能(空虚感、孤独、見捨てられ感、落胆、不安)といった3ドメイン、15項目を検討し、4項目以上問題を抱える場合、フレイルと判定するものです。
実際には,「常時4種以上の薬剤を服用が80%以上」「視覚や聴覚異常が半数」「記憶力低下の訴えが40%弱」「家の周りの歩行不可が17%」といったかなり虚弱な患者層が浮かび上がります

2)NOACの種類:ダビガトラン57例(8.6%)、リバーロキサバン332例(50.2%)、アピキサバン115例(17.4%)、エドキサバン109例(16.5%)。情報欠落3例(0.5%)。切り替え群にも関わらず切り替えられなかった例22例(3.3%)

3)出血部位消化管出血: 切り替え群17例(2.6%)vs. 継続群4例(0.6%)、泌尿生殖器出血20例(3.0%) vs. 11例(1.7%)。出血性脳卒中:切り替え群7例(1.1%)vs. 継続群6例(0.9%)。皮下出血:切り替え群23例(2.6%)vs. 継続群4例(0.6%)

4)継続群のINR管理状況: 個々の患者のTTR(目標INR到達時間)は記録されていないが,INR測定のために自宅を訪問する高齢者(したがって最も虚弱な患者)のオランダ臨床におけるTTR値の範囲は65.3%~74.0%であり(年次品質報告書の一部として測定),またオランダはTTR管理のインフラ整備が進んだことで知られている。本文中にあるように,ARISTOTLE試験集団で検討した結果、オランダから登録された患者のTTRは試験平均値中央値付近の66.4%とかなり良好。それを考えると4RCTとほぼ同等と見て良い。

5)NOAC間のアウトカムの差異:リバーロキサバンとアピキサバンでは同様(HR 1.95、95%CI 1.36〜2.79、HR 2.17、95%CI 1.28〜3.68)、エドキサバンでは顕著に低い(HR 1.10、95%CI 0.57〜2.13)。ただしこれらの解析はポストホックで無作為化されていないため、慎重に解釈されるべきである(本文中の記載から)。

さて,NOACのRCTのサブ解析を見ても,フレイル症例でも一貫してNOACの安全性,有効性が示されており,本年のESCのコンセンサスステートメントではなんと「NOACの恩恵はフレイル例でより大きい」 とまで記されています。
それなのにこの結果,どう解釈したらいいのでしょう。

1)対象の違い:まず患者対象がかなり違います。本研究は平均年齢83歳に対し,4RCTはいずれも70代前半。しかもフレイルの程度が上記のように,半端ではない(4RCTで弾かれた例がかなり含まれていると思われる)。

2)VKA継続例はずっと(期間は不明だが心房細動罹患期間は平均12−13年)VKAを服用していた例なのに対し,4RCTはVKAナイーブ例も多く含む。ということはVKAで長期間うまく行っている症例が多く含まれていた可能性は大きい。

3)NOACの種類に偏りあり。比較的皮下出血の多いとされるリバーロキサバン服薬例が50%を占める

とはいえ次の点にも注意です。
1)TTRは良好だった(らしい)。(特に日本に見られるように)VKAの管理がどうしても甘くなりがちなケースは少ない。つまり若干低めのなんちゃってワーファリン例は少ない模様

2)KM曲線が乖離し始めるのは開始後100日よりやや前。ということは切り替えることそのものにより出血リスクが増加した可能性は低い

3)RCTのサブ解析はあくまでサブ解析。これだけのフレイル例を無作為割付した試験は他に類を見ない。

以上を踏まえての私見と,行動変容につき述べてみましょう。
まず,以前からワルファリン服薬例をNOACに変更した場合,皮下出血や消化管出血は多くなる印象は確実にありました。そういった印象を持っている臨床家はかなり多いものと思われます。またNOACの前向きあるいは登録研究のいくつかで,やはり皮下出血,消化管出血がワルファリン服薬例に比べて多いという報告はありました。今回はそのことを,とくにフレイル(しかもRCTに組み入れられないようなかなりの)に対象を絞り,きっかりRCTを行ったことがこうしたある意味驚くべき結果を引き出し,「やられた」感を醸し出したものと思われます。

一方,とはいえ,TTRがきっちり管理されている比較的優良な継続群あっての結果ということもできます。論文では認知症の程度や,独居かどうか,服薬アドヒアランスについては触れられていませんでした。実臨床で,これまで遭遇したワルファリン服用中の高齢者出血症例。それはとりも直さずINRが安定しない患者さんです。そしてそのもとをたどるとアドヒアランス不良かまたは食生活の不安定な方といった像浮かび上がります。INRを上げる因子は飲み過ぎ,あるいはビタミンK不足,さらに遺伝的な理由でビタミンKサイクルが不安定なケースと思われます。
そうしたケースが,比較的少ない集団だった可能性が考えられます。

一方,今回脳出血や死亡は有意差がなく,消化管出血と皮下出血が両群の差を牽引した形になっており,脳出血ほど重大ではないといった印象を与えるかもしれません。しかしながら今回対象の高齢者フレイル症例では,消化管出血あるいは皮下出血はそれだけで全身状態の悪化につながることをよく経験します。決して侮るべき事象ではありません。

「従来からINR管理良好なVKAを飲んでいるフレイル高齢者は,あえてNOACに変更しなくても良い(無理してしないが良い)」というのが今回のmy take home messageです。それにしても久々にインパクトのある研究でしたね。

$$$
フレイル高齢心房細動患者では,ビタミンK拮抗薬をDOACに切り替えると出血事象が69%増加。FRAIL-AF試験_a0119856_22570997.jpeg



by dobashinaika | 2023-08-30 22:39 | 抗凝固療法:ワーファリン | Comments(0)


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