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患者ー医療者間の「心房細動体験」に関するギャップ:家庭医療分野での質的研究(重要な論文です)


家庭医療の分野から。心房細動の患者体験と医療者体験のギャップに関する論文です。水本潤希先生の「プライマリ・ケア/総合新郎の最新論文70」にインスパイアされ書いてみました。個人的には最近の心房細動関連論文の中でも最重要と思われます。

目的;心房細動に特化しての患者の不安と、医療者の理解や治療アプローチとを(そのギャップを)比較した検討はこれまでなし。

方法:
・患者(3グループ)および医療従事者(3グループ)を対象としたフォーカスグループを用いた定性的デザイン・ファシリテーターによる質問形式
・心房細動患者29名,循環器内科医、プライマリケア医、心臓病看護師24名
・患者での質問:「心房細動の症状と生活への影響」、「治療経験、ライフスタイルの変化、治療目標」、「治療による症状への対処の程度」
・医療従事者への質問:「症状とその患者への影響に関する認識」,「治療アプローチに関する見解」、「治療による症状改善度」

結果:
症状:
・医療者;非特異的で曖昧→治療の際困る
・患者:胸痛、筋肉疲労、体力低下,ブレインフォグ,むくみなど幅広い症状あり
・両者とも疲労、動悸、息切れを一般的症状として認識している点では共通
・患者は(治療による)後遺症や副作用と捉えることがある
・医療者は胸痛をより深刻に捉える

生活への影響:
・医療者:心房細動自体または治療そのものが,患者の QOL、幸福感、身体活動レベルに影響することを認識しているが,医療者が安心感を提供する役割は大きと考えている。
・患者:医療者より全般的で幅広い影響を考えている。
・人生全体への影響,各レベルでの生活上の制限。その制限に対する恥ずかしさ,家族の無理解への不満,予測不能なことに対する不安
・一方で影響を最小限にし,うまくやっているという人もいる

治療の経験と目標
・医療者:洞調律化が最大の目標。一方で治療効果については判定の困難さを感じる
。患者:各種治療でも改善効果がないことへの不満あり。モルモットにされている感覚。

ゴールに対するギャップ
・医療者;洞調律の回復を第一の治療目標
・患者:全体的なQOLを重視し、薬の副作用を症状と同じくらい煩わしいと感じる。薬の量削減や自然療法を追求することもある

心房細動の治療と管理におけるギャップ
・医療者:心房細動そのものの症状(動悸など)と,不安症状との鑑別困難を感じる
・患者;同様に疾病によるのか不安によるのかわからない
。心房細動についての知識,生活への影響,症状への対処法について知りたかった
・自分で調べることを重視する人もいる
・患者グループ,経済的支援に対する希望あり
患者ー医療者間の「心房細動体験」に関するギャップ:家庭医療分野での質的研究(重要な論文です)_a0119856_07144372.png


### 心房細動患者さんに出会ったら,私たち医療者は,ガイドラインのABCパスウェイにあるように,抗凝固療法,リズム/レート管理,リスク/併存疾患管理と次々に頭に思い浮かびますが,いっぽう,患者さんの視点に目を向けると症状から来る不安,生活への影響,生活機能低下に伴う様々な感情,治療への不満や自らのアクションなどがまず第一に問題となります。医療者と患者の視点の違い,ギャップについて質的研究(フォーカスグループ)で明らかにしたものです。

心房細動に特化した本論文のポイントとしては,以下です。
1)症状として:医療者,患者とも動悸(心房細動そのもの由来)か不安(心理的なもの)か判別困難

2)症状として:医療者は胸痛を訴えれば重大と考える。患者は実に幅広い症状を感じ,治療時の症状を副作用や後遺症と考えやすい。

3)生活への影響として:医療者は,自らの言葉で安心を与えられると感じているのに対し,患者は人生全体あるいは予測不能なことへの不安など多様な不安を抱える

4)治療上のゴールに関するギャップとして:医療者は洞調律化が主な目標だが,患者はQOLの向上と薬剤低減,自然治療をめざす

5)治療と管理におけるギャップとしては:医療者は症状と不安の区別をしたい(上記)。患者はもっと知識と人的経済的サポートがほしい

たとえば,先日当院の患者さんで,医学的に適応と思われる方にカテーテルアブレーションをおすすめしたとき,動悸はあるけれども「怖い」「今のままで良い」などの理由で頑なに拒む方がおられました,私たち医療者はそういった場合,「そういう神経質な人」「将来の事を考えられない人」というように,医師の世界とは「異文化な人」としてその人を片付けてしまいがちです。

通常,私たちは,多くの場合まず「心房細動」という確固たる疾患が実在していると考えます「心房細動」という単一の病気があって,そこから症状や不安,機能障害が患者さんの中で二次的に派生してくる。医療者側は,患者さんの心房細動に対する捉え方を「その患者さんの文化」として「解釈」する。医療者の文化にマッチしない場合,「そういう人」としてそこで思考停止してしまう。

心房細動という一つの病態概念→それに対する患者の受け止め方(症状,不安,生活機能障害など)→それを医療者の解釈,というフローが一デフォルトになっていると思われます。そしてこの「解釈」のもっとも客観的にしたものが医学であり科学であると思われます。

この論文は,こうしたデフォルトの構図を根本から変革することを迫ります。つまり「心房細動」という確固たるものがあり,それへの受けとめ方が多様である(しかしそれも患者さんごとに確固としてある)ととらえるのでなく,その人その人の病態と感じ方,とらえ方を含めた「心房細動体験」というものがあり,それがどんなもので,どんな背景から成り立っているのかを,患者さんとともに考えていく,という視点です。

私たちが,患者さんの病態を「どう知るのか」ではなくて,患者さんの「心房細動体験」が「どのようなものであるのか」を考える。しかも患者さんとともに。

上記の人に対し,たとえばなぜアブレーションを受けたくないのかについて,まず対話してみると,意外なことが明らかになることがあります。ある方は,対話を重ねていくうちに,実は一人暮らしで,猫と飼っているのだが,入院するとお世話をしてくれる人がいなくなる,ペットホテルはお金がかかる,隣に住む兄は猫に無関心で受け入れてくれそうにない,などの思いが浮かび上がってきたのです。

おそらくこうした「思い」は,最初から明確に患者さんの心のなかに存在しているのではなく,対話する中で,言語としてあらわになってくるもののように思われます。アブレーションを受けたくないという精神状態は,たぶんなんとなく「受けたくない」というもやもやしたものであって,対話により言語化することで輪郭が現れていくる。という感じです。もちろんその現れ方は対話とともにまた生成変化していくことになります。

私たちは,患者さんの医学的な病態も,あるいは患者さんの思いをも「もともと明確に存在したもの」としてとらえ,「それもよくあること」としてパターン化しがちです。そこから脱却して,患者さんの「心房細動体験」を,患者さんとともに探っていき,ともに体験する・・・

ちょうど,人類学者アネマリー・モルの「ケアのロジック」を読んていたところでしたので,それに啓発されてここまで発想を逸脱させてみました。

パターン化思考が染み付いている私達医療者にとっては,超難問であり,私自身手探り状態なのですが,できる限りこうした視点をベースにしていきたいとと考えます。そしてそれには現行の診察室ベースや,患者ー医者の1 to 1対話というフレームは限界があり,別の例えば多数での対話のようなフレームが必要だと考えます。

$$$
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by dobashinaika | 2023-04-26 07:27 | 心房細動診療:根本原理 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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