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AI時代に考えておきたい未来の「時間」のとらえ方

大きな地震がありました。
皆様のところは大丈夫でしたでしょうか。
幸い当院は,小さな物が倒れただけで昨日も通常通り診療することができております。
1日も早い復旧を願いたいと思います。

地震の怖いところは,それがいつ,どのような規模で来るのか予測できないということです。一方「病気」の予測はどうでしょうか。

今回,日経メディカルのシリーズ◎医療現場での活用進む人工知能「次々「見つかる」心房細動、本当に治療すべき?」の中で,Apple Watchについての現場での状況や考えについて述べさせていただきました。

「現時点では,有望で有用な面があるが,多様で多数の無症候性心房細動が見つかる可能性があり,その運用性が今後の課題である」という切り口になっています。

私たちが自分の身体を意識する,そしてそれに対して予測をし対処するのはどのようなときでしょうか。なんと言っても体のどこかが痛い,苦しいと感じるときではないでしょうか。私たちは身体のどこかに異常なシグナルを感じ,その感じは以前経験したあの感じに似ている,などのように過去の経験と照らし合わせることによって,じぶんの身体に対する予測を立てそれに対処しようとします。

ところが予防医学の場合は,その「痛い」という身体感覚がありません。また将来脳梗塞になる可能性があると言われても,そうした重大な病気を経験している場合は多くはありません。

しかしそれでも健診で心房細動と指摘された場合,医師のもとを訪れ,医師の言葉をもとに検査や治療をを受けるのです。このとき受診するひとは,純然たる科学的事実というよりは,それを語る医師の経験や科学的事実に対する見識を信頼するからこそ医療機関を受診し,納得の行く診療を受けていると思われます。

そこに非常に精度の高い確率でAIが未来を予測してきた場合どうなるでしょう。AIの提示する未来の根拠となるアルゴリズムはブラックボックスであり(理解可能なアルゴリズムの開発も進んではいますが),医師でさえ理解は不能です。「理由はわからないけれど,とにかくAI先生がおっしゃっておられるから,この治療をしましょう」。そう医師から言われる時代が来るかもしれません。

同じ日経メディカルの連載(岸見一郎の「患者と共に歩む心構え」)で哲学者の岸見一郎氏は,エーリッヒ・フロムの言葉を引用して”権威には「合理的な権威」と「非合理的な権威」がある”と指摘されています。医師がAIの言っていることになんの解釈も加えず,患者さんに伝えるだけでは「非合理的な権威」を押し付けることになるかもしれません。このとき患者さんと医師=AIとの関係は不平等で「服従」の関係になりかねません。

たとえばCHADS2スコアは現時点で「合理的な権威」として,現場で使われていますが,今後ゲノム情報,リスク因子,ウエアラブルデバイスからの情報,さらには患者の生活状況から文脈までを統合して,「その人」に特化した心房細動リスクをAIが提示してくる未来が想像できます。そのリスクの根拠を説明することは医師にもできません。このときCHADS2スコアのような大雑把ではあるが理解可能な共通言語は,患者-医師の間で共有できなくなります。そればかりか,この記事で野村彰洋先生(金沢大)が指摘されるように,心房細動か健常かという境界で分けるのではなく、スペクトラムのようになっていくことが想定されます。「この人なら5分の心房細動でも抗凝固薬が必要,このひとなら持続性でも大丈夫」などどいうように。そうなると心房細動が記録されたからと言って,CHADS2スコアに従って抗凝固薬を考えるのではなく,「まずはAI先生に聞いてみましょう」という状況が想定されることになります。

さらにこれは杞憂かもしれませんが,意思決定をする際に,患者情報や文脈までをティープラーニングしたAIがその患者さんに適切と思われる選択肢を提供してくる未来が想定されます。「あなたの状況なら,もう半年抗凝固薬を見合わせたとしても脳塞栓リスクは〇〇%」などのように。

患者さんの側でも,「お医者さんよりも正確なAI先生を信頼したい」という場合が出てくるかもしれません。理由がわからないけれど圧倒的精度で未来予測をされたときに「必ずしもAIがいう通りにはならない」と言い切れるかどうか。患者の文脈をも考慮した選択肢までAIから提示されたとき,私たちはAI先生の「非合理的な権威」に屈服してしまうのでしょうか。

おそらくその回答の緒は,岸見先生の最後のことば,「将来病気を引き起こしうる危険因子があることがわかったために、生活の改善が必要になるのが患者にとっていいことなのかも、よく考えなければなりません。病気になりたい人はいないでしょうが、人は健康になって長生きするためにだけ生きているわけではないからです。」にあると思われます。

これからおとずれる「時間」というもののとらえ方を変えること,直線的な統計学的時間ではなく,関係論的な時間として人生を捉えることが,精緻な未来予測が可能となる時代にあって大切になるもかもしれません。

大切なことは,統計学的時間延長が大事な場合もあるが,そうでない場合もあるし,人生,単なる時間が長いだけが重要ではないと考えることでしょう。
AI先生はああ言ってるけど,参考にしつつ,楽しい人生を生きる事を考えましょう,と医師として言えるかどうか

岸見先生のおっしゃる”「これからどう生きればいいのか」という話ができるような医師”になりたいものです。


by dobashinaika | 2022-03-19 07:29 | 心房細動:診断 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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