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プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版,本日(5月21日)発売です

本日,日経BP社から「プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版」が発売されました。
初版から6年,心房細動の世界も,現実の世界も大きく変わりました。
なお不確実な状況ではありますが,お時間の空いたときなどに,お読みいただければ幸いです。

「あとがき」に,今の私の思いを込めましたので,転載させていただきます。なにか少しでも感じられることがあれば幸いです。
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版,本日(5月21日)発売です_a0119856_06550934.jpg

<おわりに>

 今回の心房細動の「旅」,いかがでしたか?

 前回の旅から6年。この間,世界には実に様々なことが起きましたし,まさに今大変な状況が進行中です。私自身のことを言えば,この間大きな病気を立て続けに経験しました。手術やカテーテルなど多くの医療行為を受ける側に回りました。

 ブログにも書きましたが,20148月,突然の強いめまいを自覚し右椎骨動脈解離で入院しました。このとき自ら病気をしてみてつくづく感じたことがあります。それは「自分の身体は自分の思うようにはならない」ということです。どんなに健康に気をつけ,自分を管理していたつもりでも病気になるときなるのです。「なんでこの私が。」そう思いながら過去を必死になってさかのぼり,原因を考えても犯人探しをしてもわからない。私たちはこのとき人の世の「不条理」を感じます。

 一方,病気になるとこれからのことも自分の思い通りにはなりません。通常私たちには,未来をシミュレーションする力があります。未来はこうなるだろうという予測のもとに,すべての行動は行われます。しかし病気になったとき,未来は非常に「不確実」なものに変化します。これからどうなるのか,後遺症が残ってしまうのか,死が待っているのか,そういった未来を正確に予測することは誰にもできません。どんな名医でさえあくまで確率でしか未来は語れません。私たちはこのとき世界の「不確実性」を感じるのです。そして,あれこれ未来の自分を思い描いてしまうとそこから大きな「不安」が生まれのです。

 病気になった現在の「身体」を,もう一人の自分である「意識」なるものが上から(斜め45度から?)目線で見ている。このときこれまでの平穏で安定した身体(あるいは生活)感覚を覚えている意識は,過去と現在とのズレに嘆き驚嘆する。このズレが「不条理」感です。また,これからどうなるのか非常に頼りなげにしか見えない未来の身体と,現在の身体とのズレを「不確実」なものとして捉えるのです。そしてこの「ズレ」すなわち「思い通りにならなさ」は,それだからこそ私たちを「不安」へと導きます。哲学者の野尻英一氏の図をお借りすると図1,1)のようになります。

プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版,本日(5月21日)発売です_a0119856_06524755.jpeg

 では私たち医療者ができることは何でしょうか。抽象的な話になって恐縮ですが,私たち医療者は,患者さんが持つこの過去や未来への身体の意識と,現在の身体との間のズレを少しでも埋め合わせるお手伝いをして,患者さんの不安を取り除くことだと思われます。

  まず,患者さんの一番の関心事は,「これまでこういう事ができていたのができなくなった。まだ元の日常に戻りたい」という日常生活への回帰であり,そこから「またできるようになるだろうか」という不安も生じます。こうした身体の「はたらき」という面から見たズレの埋めあわせは,当然のことながら生物医学的アプローチが最も効果的です。しかしながら,医療には限界があります。100%元通りにできるドラえもんは医療界には存在しません。

 そこで別の仕方からのアプローチが必要となります。よくいわれる「共感」とは,単に患者さんの感情を共有することではなく,この文脈から言えば過去の意識と現在の身体とのズレからくる不条理な感じ,その人特有のズレの程度や中身を聞き出して,想像することだと思われます。「これまでこういう生活を送っていたのが,病気のためにこれだけしかできなくなった。」「この病気になったのは,何が原因だったのだろう。」患者さんが過去と現在の身体のズレを埋め合わせるための作業が物語=ナラティブの作成であるとすれば,その埋め合わせ作業のお手伝いです。そうした埋め合わせは,第13回で触れたように,本人・家族と医療・ケアスタッフとの対話を重ねることでよリ分厚いものになるはずです。

 生物医学的アプローチとナラティブ・アプローチは相補的なものというよりは,ともに意識と身体のズレを埋め合わせる手立ての一つと考えるべきです。

 今回の改訂版では特に高齢者の抗凝固療法に関する意思決定について,しつこいくらいに紙数を費やしました。意思を決定するとは,数ある選択肢の中から「選ぶ」ということです。そこにはどうしても「不確実性」がまとわりつきます。どれを選んでもうまくいくかわからない。医療者が示すのはその確率だけです。確率を示されて一人残された患者さんは右往左往してしまいます,EBMの最も深遠なる問題,すなわち集団全体の確率と、個人的な一回の人生とのこの極端な「ズレ」に対してそれを埋め合わせる手立てを私たちは持ちえません。一方両者は全く別なレベルの問題であるにもかかわらず,集団全体の確率は私たちの意思を決めるのに欠かすことができない。両者は相反し矛盾を抱えながら,関わり合うものです。私たちは,患者さんに選択肢を確率とともに示すだけでなく,その選択肢がその人との一回の人生にどのような意味を持つのか,にまで思いを馳せたいわけです。

 

 哲学者宮野真生子は人類学者磯野真穂との共著「急に具合が悪くなる」2)(名著です!)の中で,「選ぶとは不確実性,偶然性を許容すること」「偶然を受け止める中でこそ自己と呼ぶに値する存在が可能になる」のだと言いました。名言です。でも,一人の患者さんが偶然性を許容する強さは最初からは持てません。そこまで強くなれるかどうか私自身も自信がありません。ですが,脇に誰か信頼でいる人がいてくれて,見ていてくれれば,少しばかりでも選ぶことに自信がもてるかもしれません。自分の身体が。そして次便の思い描く世界が思い通りにならない今,「ズレ」が極限に達しそうな今こそそうした医療者でありたい,そういう思いを込めてこの書を皆様に贈りたいと思います。

心房細動の旅,お疲れ様でした。

小田倉弘典

1)野尻英一,高瀬堅吉,松本卓也編著.<自閉症学>のすすめ.ミネルヴァ書房.2019. 京都

2)宮野真生子,磯野真穂. 急に具合が悪くなる. 晶文社, 2019年.東京



by dobashinaika | 2020-05-21 06:57 | 開業医の勉強 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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