人気ブログランキング | 話題のタグを見る

オープンダイアローグと診療所診療

【外来診療に抱く日々の「違和感」】
診療所医師になって15年になるのですが,実は以前から診察室で行われる「外来診療」という形式に漠然とした違和感をずっと持ち続けてきました。どんな違和感なのかと問われても明確に答えることはできないのですが,毎日数十人の人と数分刻みでお話をすること,そこにどうしても「仕事をこなしている」感みたいなものを感じていました。

その解決策を得るためというわけでもないのですが,8月第1週の週末3日日間,オープンダイアローグネッドワークジャパンが主催する「オープンダイアローグトレーニング3DAYSワークショップ」に参加しました。オープンダイアローグ(OD)については,すでに多くの場面で普及しており詳細は省きますが(ODNJPのホームページにあるガイドラインが大変参考になります),そこで得られた「体験」により,私の違和感の輪郭がややはっきりし,どう解消していけばよいのかの緒をつかんだように思いました。

【対話主義】
ODにはいくつかの原則がありますが,最も刺激的だったのは「対話主義」です。「対話は何かの手段ではなく,それ自体が目的であり,解決はその先に現れるものである」「対話の場で今まさに起きていることに焦点を当てる」,ODのガイドラインにはそう書いてあります。しかし実際にロールプレイなどを行ってみると,いかに対話自体を目的とすることに自分が馴染んでいないのかを痛感させられます。

私たち医療者(少なくとも自分)は医学的根拠や自分の専門性を「正しさ」の後ろ盾にして,当事者の発する言葉を自分の「正しさ」と照合し,適合させようとする心の癖があります。そこまで大きく言わなくても「説得」や「説明」が診察室でのコアになりがちです。対話の場に発生する関心,恐れ,喜怒哀楽の感情などのさまざまな「起きていること」に注意を向け応答するーそうした対話だけに集中し感情に敏感になることには疎いかもしれません。

たとえば患者さんが発した「これから自分がどうなってしまうのか不安だ」という言葉。通常,身体疾患であれば現在の病状を説明し,これから予想される状況や取りうる治療選択について説明することになりますが,ODでは「不安だ」という言葉を発した患者さんの内面のみならず,自分がどう感じたか,あるいは同席者がどう感じたのがが重視されます。患者さんが不安だと発したことを「自分がどう感じたか」をその場に発して患者さんや他の同席者の反応を見るのです。

この姿勢は,当事者にとっての病の意味や解釈を引き出すナラティブアプローチや構造化された面接技法ともやや違います。また安易な「傾聴や共感」とも一線を画すもののように思います。まず病の意味聞いて,次に共感的な言葉をかけて。。。といった技法的な態度とはODはむしろ正反対で現場主義的,非構造的です。

【ポリフォニー】
こうした対話主義のもととなるのが「様々なものの見方を尊重し,多様な視点を引き出す」こと,いわゆるポリフォニーの姿勢です。ODではリフレクティングがその手法ですが,当事者,家族をスタッフとの対話のあと,当事者の目の前でスタッフ同士の意見交換をし,それに対して当事者が意見を述べる。そこではときに当事者には耳の痛い言葉や,やや意見がコンフリクトする場面もあります。しかしそこに意見の押しつけや中途半端な意思決定はありません。複数の視点から語られる視点の交錯は,「当事者の意志決定」という近年大事にされてきた概念とは無縁です。さまざまな視点が示されることにより当事者に「こうしたい」という欲望が生じます。これは中動態の世界に通じますね。

ここにきて,これまでずっと抱いてきた「診察」への違和感がおぼろげながら顕になってきたように思います。当事者と医師とが1対1で面接する,そこに発生するどうしてもぬきがたい上下関係ーヒエラルヒーと言ったらいいのか,自分がずっと抱いてきた違和感はそうした「勾配」のようなものなのです。これまでなんとかそうした勾配を平にしようと思い,面接技法の本を読んだりセミナーに行ったりもしました。しかし違和感が払拭されなかったのは,どうも1対1で対峙する外来診療の構造そのものに由来するからのように思います。またそれに加えてどうしても拭い難い「説明」「説得」の体質でしょう。

【取り組みたいこと】
実は当院では,1年半以上前から,多職種が関わっている患者さんとご家族,ケアマネジャー,訪問看護師,ヘルパー,当院スタッフが会するケアカンファランスを行ってきました。そこで気づくことは,多くの人の前で例えば認知症を持つ人が,自らの生活や,記憶の片隅について生き生きとお話されるということです。医療スタッフはもちろん,ときにはご家族も驚くようなことを明るい表情で語られるのです。これはまあ,レベルは違うにせよ一種のODなのかもしれないと考えています。

またときに市民との対話の場としてやっているどばし健康カフェも,対話を楽しむ場なのかもしれません。こうしてみると,診察室の外では意外と対話を大事にしていたのか,という気もします。

これからは診察室診療にODの要素を取り入れることに腐心していきたいと考えています。たしかに身体疾患では意志決定はどうしても医師主導なりがちで,特に内科を標榜している医院でできるのかという問いはあります。が,手始めに認知症の人やうつの人に対話を重視した診療を導入できるものと思います。

試みに当院では4月から診療看護師(NP)が勤務し,必ず一人の患者さんにNPあるいは看護師と医師が複数で診療を行う仕方を開始しました。対話主義,ポリフォニーがどこまで診療所診療に導入できるのか,今後とも実践しながら考えていきたいと思います。

### 今日のにゃんこは難しい
オープンダイアローグと診療所診療_a0119856_07022917.jpg



by dobashinaika | 2019-08-13 07:00 | 心理社会学的アプローチ | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
Covid-19
未分類

タグ

(44)
(40)
(35)
(31)
(28)
(28)
(25)
(24)
(24)
(23)
(21)
(21)
(20)
(19)
(18)
(18)
(14)
(14)
(13)
(13)

ブログパーツ

ライフログ

著作
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法 [PR]


プライマリ・ケア医のための心房細動入門 [PR]

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌] [PR]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味 [PR]


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から [PR]


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) [PR]


健康格差社会への処方箋 [PR]


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書) [PR]

最新の記事

日本独自の新しい心房細動脳梗..
at 2024-03-17 22:31
心房細動診療に残された大きな..
at 2024-01-03 23:00
東日本大震災と熊本地震におけ..
at 2024-01-02 16:11
脳梗塞発症後の心房細動患者に..
at 2024-01-01 18:41
ACC/AHAなどから202..
at 2023-12-10 23:12
ライフスタイルを重視した新し..
at 2023-11-06 21:31
入院中に心房細動が初めて記録..
at 2023-11-05 11:14
フレイル高齢心房細動患者では..
at 2023-08-30 22:39
左心耳閉鎖術に関するコンセン..
at 2023-06-10 07:29
患者ー医療者間の「心房細動体..
at 2023-04-26 07:27

検索

記事ランキング

最新のコメント

血栓の生成過程が理解でき..
by 河田 at 10:08
コメントありがとうござい..
by dobashinaika at 06:41
突然のコメント失礼致しま..
by シマダ at 21:13
小田倉先生、はじめまして..
by 出口 智基 at 17:11
ワーファリンについてのブ..
by さすけ at 23:46
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29

以前の記事

2024年 03月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 08月
2023年 06月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン