中動態的オープンダイアローグがしたい!:シンポジウム「オープンダイアローグと中動態の世界」に参加して
9月23日,東京大学駒場キャンパスで「オープンダイアローグネットワークジャパン(ODNJP)シンポジウム:オープンダイアローグと中動態の世界」に参加しました。
個人的に國分功一郎さんの著作に注目していたのと,オープンダイアローグについて,是非とも確認したいことがあったからです。
「中動態の世界」ついてはすでに各方面で多くのことが語られていますが,國分さんが例示されたように,「感動する」は果たして私が「感動する」のか,「感動させられている」かは厳密な判別はできないわけで中動態となります。「能動態/中動態」は行為が主語の「外側/内側」のどちらにあるかによって行為を分類するので「感動する」は自身の内側で行為が展開しているため中動態というわけです。
「能動態/中動態」にあっては,行為の責任を尋問されることはありません。これは斎藤環さんも指摘している,ナラティブテラピーにおける「問題の外在化」へとなめらかにつながる姿勢です。
わたしたちが,例えば「椎骨動脈解離」{医師がそうなったときの詳細はこちら)といった急発症の病気を患ったとしましょう(べつに「高血圧」のような慢性リスクでも構いませんが)。このときまず私達は「どうしてこんな病気になってしまったのだろう」「しかも他でもないこの私が」というように,まっさきにまず「不条理」を嘆き,次の瞬間「原因探し」の旅が始まります。多くの場合,「あのときあんなことをしなければ」「もう少しアルコールを控えていれば」といったとりあえず思い当たるエピソードに暫定的な回答を求めるのでしょうが,単一で明快な答えは得られることは少なく,病気が重ければ重いほど,何かにつけ自責の念にさいなまれることになるでしょう。
このとき中動態の文法は,患者にとっても医師にとっても「救い」となります。中動態による語りはこうした責任の所在を明らかにするものから遠く離れた,あるいは全く別の世界と言えます。「動脈の解離」は誰の意志の産物でもありません。「病む」のは自らの意志(能動)でも他からの受動でもない「中動」なのです。問題は患者さんの内側にあるのでもない,医師の内側にもない,外側にあるとする考え方です。中動態は,不条理を感じ,原因探しに心を苛まれる患者を,その呪縛から解き放つための文法ということができます。さらには,病気の成り立ちを単一の因果関係に求めない,ある意味医療の不確実性,複雑性を包括する姿勢とも思われます。
さらにわたしたちは次の段階として,近いあるいは遠い将来に向かって病気にまつわる問題(主に治療)にどう対処するのかの「意志決定」を迫られることになります。ところが中動態の姿勢からすれば,人に純粋なゼロから発生する自発性=意志はありや?という疑問が投げかけられます。
考えてみれば,日常診療のほとんどが,「説明しました(医師:能動)→説明受けました(患者:受動)→同意しました(患者:能動)のような能動/受動型インフォームド・コンセントに陥っているように思われます。わたし自身,患者さんに一通りの選択肢を示し,話し合いながら選択肢を選んでいく=Shared dicision makingを目指そうとは常々思ってきました。
しかしたとえば,抗凝固薬を飲むかどうか,といった診察室での場面においても医師は(少なくとも私は),エビデンスという大きな後ろ盾を背負いつつ,医師の論理を結構押し付けてしまっていはないか。自問のマイクを突きつけられるわけです。医師ー患者間に圧倒的な情報勾配が厳選と横たわっている以上,どんなことをしたって能動/受動型インフォームド・コンセントの形式から逃れられないのではないか,と。。國分さんは言います。意志は行為(の責任)をある主体に所属させるのを可能にしている装置であると,そうであるならば,インフォームド・コンセントなる行為は,責任を患者さんに押し付けてしまっているだけのものではないかと。。
そうした悲観的な捉え方への処方箋がオープンダイアローグという気がします。オープンダイアローグは患者ー医師という伝統的な従来の一対一セッティングではなく,多数の声が交錯し,誰の声が大きいわけでもなく,誰の意志のもとで物事が動くのでもない,誰に責任を帰することもない,まさにポリフォニックな音楽的な場です。そのような中で患者さんのナラティブと医療,介護,福祉のナラティブがうまく溶け合っていく。単に精神疾患に限らず,すべての医療現場においてこれまでの患者ー医師関係を根本から見直すアプローチのような匂いを感じています。
もちろん,すべての診療でこうした文法が成立するわけではないでしょう。実際能動ー受動的な(パターナリズム的な)形式が有効な場面も数多くあります。また精神疾患以外のところで,日常の多忙な外来診療でそうしたアプローチが可能的なのか,無理筋な感もあるかもしれません。
ところで,当院では昨年から主に多職種でのケアを必要としている方を対象に,ケアカンファランスを行ってきました。参加者は患者さんご本人とご家族,ケアマネジャー,訪問看護師,薬剤師,当院スタッフ(看護師,事務員),医師(私)です。本人,家族も交えて今のケアでの問題となっていることを確認し,対策を模索することが本来の目的だったのですが,途中から気がついたことがあります。それは,このカンファランスでは患者さんが普段診察室では聞けないような様々なことをたくさん語ってくれるということです。このとき患者さんは,普段の診察室では決して見られないような生き生きとした顔を見せ,またご家族にも意外に思えるほど,生活や日常の些細になことを楽しそうに,あるいは苦言を呈するかのように,しかし生き生きと話されるのです。
もうひとつ,当院では,医師が診察に入る前に,別室で看護師が患者さんの問診を取るような体制をとっているのですが,この「事前問診」がしばしば雑談になり,時には患者さんの感じている切実な問題を吐露する場にもなることがあります。そのまま医師,看護師(当院ではメディカルクラーク),ご家族など3-5人くらいでの「診察」というより「井戸端会議」のような雰囲気になるわけです。
こうした経験を経た上で今回のシンポジウムを反芻してみると,「(精神疾患に限らない)日常診療の場面での複数参加者による外来診療」に関して,参加者(医療福祉側)が中動態の姿勢を学び,オープンダイアローグのスキルをもっと身につけるようにすれば,前述の情報勾配とか,責任押し付けのためのインフォームドコンセントといった懸念を脱構築した,新たな診療の形が見えてくるようにも感じています。今回のシンポジウムは,こうした当院で取り組んでいることの方向性を確認したくて参加したわけですが,かなりそにの後押しが得られたように感じました。
最後に,國分さんの講演の中で最も響いた(ネットでも支持を得ていた)フレーズが,「なぜ(意志決定支援ではなく)『欲望形成の支援』ではいけないのか?」でした。
「意志」といった瞬間に,責任が発生する,そして何らかの「強制」が生まれます。患者さんも医師も「こうしなければならない」縛りに囚われます。
そうではなく,自分はどうしたいのか,何を欲しているのか。患者さんも医師もそこがスタートということでしょう。そもそも人は何を欲望しているか,自分ではわかりません。それを多くの人とともに探っていく,それこそが「中動態的オープンダイアローグ」の本質のように思い/思われます。
by dobashinaika
| 2018-10-08 10:13
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