人気ブログランキング | 話題のタグを見る

DOAC(抗凝固薬)をやめないといけない瞬間,それは生活世界の安定性が保てないとき

先週末,大阪の第66回日本心臓病学会出席のため,日帰り弾丸ツアーを敢行しました。

今回は,JAPAN CARDIOLOGY CLINIC SESSION というシンポジウムで,全国各地域でいわゆる”イケてる”循環器診療に携わる診療所あるいは病院の医師によるセッションでした。わたしは単にブログやったり好き勝手にしているものの代表といった感じでしたが,他の先生方のご発表は臨床テータに裏打ちされた非常に実証的かつ実践的なもので,大いにインスパイヤされました。こうした会に出向くと,世の中にはまだまだすげー人がいるなあと痛感するわけです。学会参加の意味とは,こうしたすげーものに出会った翌日に味わう現前の日常のがっかり感と,このすげーもの感とのギャップをどう埋めるかにあるとも言えます。

さて,このセッションに先だって,本業(というか趣味というか)の抗凝固のセッションで「DOAC中止を考えないといけない瞬間」という大会会長指定のケースカンファを聞きました(その前の「DOAC中止を考える瞬間」は間に合わず。タイトルの意味がどう違うかわわからず)。

2症例提示され,1例目は50代 CHADS2スコア1点でカテアブ後3ヶ月でDOAC低用量処方中に頭蓋内出血(メジャー後遺症なし)。2例目は80代,CHADS2スコア3点,認知症,村落在住の方に処方するか,という問題提示です。

1例目,頭蓋内出血のDOACについては,一応ESCのガイドラインでは急性期は当然中止した上で4〜8週後(長い?)に再開というのが推奨度IIb,エビデンスレベルBとなっていますが,その前提として「出血の原因となったリスク因子の管理し,再開を支持,あるいは保留する因子を吟味した上で「多種職種チーム」の助言をもとに患者,近親者が選択する」となっています。

ディスカッションではなぜ50代で低用量なのにICHを起こしたのかその原因を明らかにすべきである,できればこうしたケースの場合Xa活性などのバイオマーカーがほしいといったコメントが有り,この2点は大変重要と思われました。

2例目は,高齢者心房細動患者で多いイベントは死亡であり脳梗塞ではない,抗凝固薬下の高齢者イベントは出血>梗塞であり,腎機能ほかバイオマーカーをできるだけこまめにチェックする,服薬アドヒアランスが大変重要である,といった議論の流れだったかと思います。

このディスカッションを聞きながら,この後自分が発表する「複雑性を軸にした心房細動診療の困難性と醍醐味 」について改めて考えてみました。

今回の発表では,当院で過去5年間に抗凝固薬投与下に死亡,脳梗塞,大出血などの大イベントをきたしたケースの検討を行いました。そのうちの多くの症例にみられる臨床的特徴は「高血圧,アルコール。INR不安定,腎機能低下,高齢」が挙げられました。

しかしながら,こうした生物医学的とも言える背景のそのまた背景に「認知症,アドヒアランス低下,独居,低収入,家族の支援なし,食事が不規則」といったキーワードが浮かび上がってきました。

独居あるいは家族のつながりが希薄,あるいは生活自体が不規則。そうしたことがアドヒアランス低下をもたらしたり,血圧の上昇,アルコール多飲,栄養不良などをきたし抗凝固作用に何らかの影響が及んで大イベントが起こる。そうした図式が想定されます。

日経メディカルでも強調させていただいているように,最近患者さんを「複雑性」のカテゴリーで考えるようにしておりますが,より実践的に「複雑性」と何かをほぐして考えますと,複雑性とは「生活世界の不安定性」と読み替えることが可能です。

生活世界の安定には,医師一人だけの診察室での手当では到底太刀打ちできません。相手はアドヒアランス,食事栄養,認知症ケアなどなどです。多職種による多角的視点から見た手当が必要なのです。先のESCガイドラインでもICH後の再開でさえ「多種職種チーム」の助言をもとに患者,近親者が選択する」ことが明記されています。

診療所で見る心房細動患者さん,特に在宅診療を受けている方においては,今回専門病院から提示されたケースよりかなり複雑です。
「在宅で要介護3でベッド上生活。抗凝固薬は服用中」「老老介護で夫婦ともに認知症。食事が不規則」そうした症例のDOACをやめるかいなか,そのへんが切実なのです。

DOAC(抗凝固薬)をやめないといけない瞬間。私,自分の講演では
1)腎機能極度の低下時 2)血圧管理不良 3)アドヒアランス不良 4)大出血時(再開を視野に入れながら),5)ベッド上生活で寝返りが打てない状態になったとき,
などを挙げ,年齢だけで決めてはいけないということをこれまで述べてまいりました。

今回発表のために自験例をまとめた中で,あらためて感じた「やめないといけない瞬間」,それをもうすこし包括的な視点から言うと「患者さんの生活世界が安定せず打開策が見えないとき」となります。

これに対する打開策を得るためには多職種の連携が必要。それには各職種のメンバーが
1)抗凝固療法では出血と梗塞の両方の管理が必要である。
という臨床的な統合(ゴールの共有)の他に

2)イベントを減らすためには「生活世界を安定させる」ことが必須である。
つまり「生活世界ファースト」の価値観・文化・視点を共有する(規範的統合)
ことが根本であると思われます。

観念的な話ですみません。もう少し実臨床に即した形でまた書きます。

DOAC(抗凝固薬)をやめないといけない瞬間,それは生活世界の安定性が保てないとき_a0119856_00592959.jpg
DOAC(抗凝固薬)をやめないといけない瞬間,それは生活世界の安定性が保てないとき_a0119856_00590159.jpg





by dobashinaika | 2018-09-11 01:02 | 抗凝固療法:全般 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
Covid-19
未分類

タグ

(44)
(40)
(35)
(32)
(28)
(28)
(25)
(25)
(24)
(23)
(21)
(21)
(20)
(19)
(18)
(18)
(14)
(14)
(13)
(13)

ブログパーツ

ライフログ

著作
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法 [PR]


プライマリ・ケア医のための心房細動入門 [PR]

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌] [PR]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味 [PR]


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から [PR]


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) [PR]


健康格差社会への処方箋 [PR]


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書) [PR]

最新の記事

2024年JCS/JHRS不..
at 2024-03-21 22:45
日本独自の新しい心房細動脳梗..
at 2024-03-17 22:31
心房細動診療に残された大きな..
at 2024-01-03 23:00
東日本大震災と熊本地震におけ..
at 2024-01-02 16:11
脳梗塞発症後の心房細動患者に..
at 2024-01-01 18:41
ACC/AHAなどから202..
at 2023-12-10 23:12
ライフスタイルを重視した新し..
at 2023-11-06 21:31
入院中に心房細動が初めて記録..
at 2023-11-05 11:14
フレイル高齢心房細動患者では..
at 2023-08-30 22:39
左心耳閉鎖術に関するコンセン..
at 2023-06-10 07:29

検索

記事ランキング

最新のコメント

血栓の生成過程が理解でき..
by 河田 at 10:08
コメントありがとうござい..
by dobashinaika at 06:41
突然のコメント失礼致しま..
by シマダ at 21:13
小田倉先生、はじめまして..
by 出口 智基 at 17:11
ワーファリンについてのブ..
by さすけ at 23:46
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29

以前の記事

2024年 03月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 08月
2023年 06月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン