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診療所での「いいね!」とその先

地元の医師会雑誌の「随想」コーナーに拙文を掲載させていただきました。
こちらでも紹介いたしますので,ご笑覧ください。

医師になって30年以上経つと,毎日の診療体験が「生物医学システム」だけで彩られることはほとんどなくなり,もっぱら「心的システム」「社会システム」の方に力点が置かれるようになっています。
現状よりもっとゆるい形で,いろんなひとたちと一緒にやっていければと思っています。そうした思いで書きました。


### 診療所での「いいね!」とその先


 ほぼ3日に1回,胸の苦しさを訴えて当院を受診される高齢の男性がいらっしゃいます。独居で身寄りがありません。心電図をとっても異常はなく,そのことを伝えると毎回笑顔で帰られるのです。ある日看護師がよく話を聞いたところ,「自分が心臓病でないないことはうすうすわかっているけれども,こうして診療所に出かけて話を聞いてもらうことで不安が和らぐ」というようなことをおっしゃるのでした。

 このような場合,私たちは「メンタル的」「より詳しい検査をすべき」「なにか抗不安薬でも」と考えがちです。こうした方の訴えを逐一聞いていては診療に支障がある,そう考えるのも無理はないでしょう。

 しかし,こうした方に心臓病ではないことをとくとくと説明したり,抗不安薬を漫然と投与したりしても,事態が改善することは少なく,むしろますます袋小路に陥ることも,経験のある医師なら気づいていると思います。

 「夫婦とも認知症で,すべての介護サービスを拒否し低栄養と心不全で入院した高齢女性」「20年以上ほとんど外出せずゴミ屋敷に暮らす高齢男性と独身の娘さん」「高校に入ってから朝起きられなくなり母親に連れられ相談に来た青年」

 これらは最近の当院における印象深いケースです。診療所で診療するようになって13年経ちましたが,開業したての頃ともっとも違うのは,このような「複雑な」患者さんが格段に増えたということです。「複雑」というのは,「メンタル的な」ということではありません。生活習慣病など単一な因子を取り除けば問題が解決するといったことではなく,複数の,しかも社会心理経済的な因子が絡み合って生じている問題ということです。こうしたケースでは医師あるいは診療所の力だけでは事態が進展しないことがほとんどで,家族,多職種,各種の社会資本による関わり合いが当然必要になります。

 1年前から,月1回,ある日の午後の時間に,こうした「複雑な」患者さんについて,ご本人,家族,ケアマネージャー,介護サービス担当者,薬剤師,訪問看護師,当院看護師,事務スタッフを参加者とする「対話の場」を設けることにしました。ここでは,たとえ認知症の方であっても,いや認知症だからこそ,できるだけ患者さんに「語って」いただくようにしています。「語り」の内容は特に決めず,好きな食べ物とか,どんなテレビを見たとか,今なにに関心があるかといった日常の些細なことがらです。しかし些細ではあっても,そこから意外なご本人の「考え」であるとか,「こだわっていること」が明らかになることがあります。家族やケアマネさんも驚くような場面が数多く訪れます。「薬を飲まないのは,近所の〇〇さんに怖い薬だと言われたから」「実は詩吟が好きでやりたいのだが,最近していない」こうした語りから問題解決への緒が見いだせることもあります。帰るときには患者さんは一様に笑顔になり,ときに涙を流す方もいます。会の意義に関してはケアマネさんを始め介護スタッフからも非常に好評です。いうなればFacebookInstagramの「いいね!」を顔の見える関係で実践するという感じかもしれません。「対話は問題を解決するための手段ではなくて,それ自体がむしろ目的である」そう考えることを基本にしています。

 でも一方で,本人の言うことがご家族のみるところと全く違っていて,あとで本人のいないカンファランスを行うこともあります。また対話しても事態が一向に進展しないケースも少なくありません。「いいね!」だけでは到底進展しないようなこじれたケースもたくさんあります。先述したような介護を全く拒否するご夫婦など,何度もケアマネさん,主治医他があれこれとアプローチしても頑として受け付けていただけません。現実は非常に厳しいです。こういうときでも,家族,多職種でそうした場を一度でも作っておくと,皆で事態改善へ関心を共有しているという空気感(スクラム感覚)が発生することになり,そこから思わぬ打開策が飛び出すこともあります。さらにこうしたケースへの対話やアプローチは現状で診療報酬に反映されません。一人診療で,一人数分の診療で,1日数十人の患者を「こなす」。そうしたセッティングを変えることも必要かもしれません。

 その解決策はまた別の場で考えるとして,冒頭に紹介した対話するために訪れる高齢男性,最近受診回数が減りスタッフが心配するまでになりましたが理由はわかりません。近くにいい鍼灸の先生でもできたのでしょうか。でもまた受診していただくようになりました。今度なぜ来なくなっていたのか,でもまた来るようになったのか,その理由を聞いてみようと思っています。そんな毎日です。

診療所での「いいね!」とその先_a0119856_22361273.jpeg

by dobashinaika | 2018-08-15 22:37 | 開業医生活 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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