臨床上の意思決定における行動経済学-nudgeの意味とは:NEJM誌より


NEJMにハーバード大学の薬剤疫学/薬剤経済学の先生が「臨床上の意思決定における心理学ー薬剤使用への応用」と題する論考が掲載されています。

以前から興味あるところなので,サマリーを書いてみました。

まず現状の問題点
・2017年にノーベル経済学賞を受賞したロバート・セイラーは,私たちの選択はリスクとベネフィットの合理的なバランスにもどついておこなわれるものではないことを説いた。
・医師と患者が,合理的な意思決定を行うという医学の前提が大きな問題である。
・現実には報酬,リスク,時間,トレードオフ的なものについての意思決定は,量的,数理的な予測とは全く事なる。
・人間は非合理的な決定をしやすく医師もまた例外ではないにも関わらず,いまだに医療においては,(医師も患者も)「合理的な行為者」として扱われている。

・医師が現実に依拠している「非合理的」バイアスについて
1)医師は,包括的情報よりも突出していて,わかりやすい情報に影響を受けやすい。
 (例)美味しいランチとともに届けられる医薬品プロモーションのパンフレット等
2)同様の規模であれば利益より損失を大きく見てしまう
 (例)心房細動の抗凝固薬
3)以前の経験より,直近の出来事に左右されやすい(ラストケースバイアス)。
4)確率だがインパクト大(例:飛行機事故)のものをそうでないもの(例:自動車事故)よりも過大評価してしまう。

これらへの対策
1)Academic detailing:特別に訓練を受けた教育者が、医師と面会して、自分の処方箋について,バイアスやデータ不足を考慮に入れながら話し合い、特別に訓練を受けた教育者が、自分のオフィスの医師と面会して、適切な臨床上の判断を行えるように支援する活動

2)“nudge”:上述のセイラーらの提唱した用語で,いくつかのオプションが存在する場合、優先的な選択肢をデフォルトの選択肢にする戦略。同種の薬剤感で最良のものを選択肢としてデフォルトする,年齢,腎機能に基づいて投与量を自動的に提示するシステムの開発など。

今後は「合理的な講師や」モデルを超えて,医学(科学)と行動経済学のハイブリッドな医療行為は求められれる。

### もっと私なりにまとめると
1)医療においてはの大前提として患者も医師も「合理的な行為者」とみなされている

2)しかしながら患者もそして医師も医学的に「合理的な」選択ではなく,数々のバイアス(ヒューリスティック)に基づいて意思決定をしている

3)より合理的に選択するための方策として①正確で十分な情報を医師に提供するシステム(Academic detailing),②最初から選択肢として最良なものを勧めるような自動的な提示法の開発(nudge)がある

という感じです。nudgeとは「ひじで軽くつつく」という意味で,行動経済学では「人に『良い行動』をとらせようとする戦略」として知られています。セイラーらが提唱した用語ですが,誰は著作「実践行動経済学」の中で「リバタリアンパターナリズム」という用語を最初に思いついたとのことです。ゆるやかなパターナリズムですね。

上記米国ブッシュ政権下で,メディケア患者へ薬剤選択プログラムにこの発想,つまり最初から最適メニューを提案する方策が取られたとのことです。

実際にはnudgeとは
iNcentives ― インセンティブ(選択者をどう動機付けるか)
Understand mappings ― マッピング(選択とその結果との対応をどう示すか)
Defaults ― デフォルト(選択者が選択しなかったときの結果をどうするか)
Give feedback ― フィードバック(選択の結果を選択者にどう知らせるか)
Expect error ― エラー(選択者の選択しそこないにどう備えるか)
Structure complex choices ― 体系化(複雑な選択をどう体系化するか)
の略でデフォルト選択だけではないようです。

すぐに湧く疑問として,そのデフォルト(初期設定)を決めるのが医療者側である以上,正確な情報に基づかないと誤った方向に患者を導くのではという危惧があります。近年の”shared decision making”つまり患者さんと医師とで価値観を共有した上で意思決定をするコンセプトとは相容れないものがあるように思われます。

ただし,nudgeの上記6つの考え方は大変重要と思われます。選択した場合,しなかった場合どうするか,その結果にどう対応しどう患者さんに知らせるか,複雑なケースをどうするか,この視点は参考になります。

薬剤に関する意思決定を「絶対こうすべきだ」とガチガチに考えるのでなく,人間だものこんなこともあり,あんなこともある。どちらを選ぶも選ばない場合も,あるいは想定できる様々な場面にも対応できる柔軟性(ひじで軽くつつく程度の)を持とうという感じですね。こんな緩やかかつ多様な視点(実際は大変かも)はいいです。

行動経済学の元祖カーネマン&トヴェルスキーのいうシステム1(直感)とシステム2(理性)に則して言えば,患者も医師もシステム1に依存しやすい。それはやむを得ないが,意思決定を行うとき,少なくとも医師は,「この選択はシステム1=直感の方に偏っている」ことに自覚的であることが大切だと思われます。できれば患者さんもですが。

「エビデンス的にはこうであり,それはわかっているけれども(さまざまな理由から)それとは違った選択をしている」ということをお互いわかっている(共有する)ということです。エビデンスへの正確な理解が前提で。


$$$ スーパービッグポテトチップとそれが気になるにゃんこ達
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by dobashinaika | 2018-02-25 23:58 | リスク/意思決定 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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