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患者さん向けパンフレット:週刊誌の「飲んではいけない薬」は本当なのか?ーコレステロール低下薬編−

週刊誌の「飲んではいけない薬」「やってはいけない薬」キャンペーン記事についての,患者さんからの問い合わせが増えているため,反響の大きいくすりについての具体的な考え方,飲み方についてQ&A型式の患者さん用パンフレットを作成しました。不十分な点もあるかもしれませんが,現時点で参考になれば幸いです。コピベして使用していただくのは大歓迎です。

Q1: 週刊誌で「飲んではいけない薬」「やってはいけな い手術」が盛んに言われています。患者としてはどのように考えればよいのでしょうか?

A1. 最近の週刊誌記事は大きく3つの点で問題があると考えます。

- まず,どんな薬や手術にも「副作用(リスク)」はあります。一方でそれを飲む,それを受けることによる「効果(利益)」とがあります。

- 医師は,薬や手術の効果と副作用を患者さんに伝え,「効果」>「副作用」のとき,つまり薬や手術の効果が副作用を上回る場合に薬を出すべきと考えます・

- 薬や手術の効果を伝えずに,副作用だけ強調するのは,良い伝え方とは言えないと思います。

- 次に,「飲んではいけない」「やってはいけな い」というような断定的は表現は,すべての患者さんに当てはまるような印象をあたえるため,良い伝え方とは言えません。

- 今述べたように,どんな薬にも副作用はあります。大切なのはどのような人が飲んではいけないのかどのような人なら飲んだほうが良いのか,をはっきりさせることです。

- 最後に,週刊誌の記事は,専門家の意見や患者さんの体験談を元にしていることが多いのです。

- これらは少数意見であることも考えられますので,その薬を多くの人が飲んだ場合の効果と副作用について,具体的なデータ(科学的根拠)が示されるべきと考えます。

Q2. 私はコレステロールを下げる薬を飲んでいますが,「筋肉 が溶ける」と書いてありました。どのくらいの確率で起こるのでしょうか?
A2.
- コレステロールを下げる薬の代表は「スタチン」と言って,肝臓でコレステロールが作られるのを抑える働きがあります。

- 「スタチン」には筋肉細胞が溶ける「横紋筋融解症」という重い副作用があります。

- ただし,この頻度は毎年約2万人に1人(注1)とされ,極めて少ないと考えられます。

Q3. スタチンの効果はどの程度でしょうか?
A3.
- スタチンは何のための薬でしょうか?スタチンは主に心筋梗塞や狭心症(心血管病)を防ぐための薬です。

- スタチンの効果は,もともとその人が「どのくらい心血管病になりやすいか(心血管リスク)」によって違います。

- これまでの研究から,10年間で心血管リスクが20%以上の人はスタチンを飲むと死亡率が減る(注2)ことが知られています。

Q4. 結局スタチンを飲んだほうが良いのはどのような人なのですか?
A4.
- 10年間で20%以上のリスクを持つ人を,日本人のデータに当てはめると,
1)今まで心筋梗塞や狭心症にかかったことがある人
2)糖尿病の人
3)男性で,コレステロール,血圧がかなり高い人(特に喫煙者)

は飲んだほうが良いと考えられます(注3)。

Q5. コレステロールはどのくらいまで下げればよいのですか?
A5.
- 今のところ,目標の数字については確かな根拠(エビデンス)はありません。

- 日本動脈硬化学会の2012年版ガイドライン(注4)に従い,LDLコレステロール(悪玉)を以下のようにするのが良いと考えられます。
- 心筋梗塞や狭心症の既往のある人:100mg/dL未満
- 糖尿病の人 :120mg/dL未満
- 男性の高リスク患者 :120mg/dL未満


Q6. スタチンにはその他に副作用はありますか?
A6.
- 筋肉痛や脱力などの筋症状が開始から数週間〜数ヶ月以内に起こることがあります。発症率は2〜11%(注5)くらいと言われています。スタチンを中止すれば,数日〜数週間で治ります。

- その他に10%程度(注6)ですが,糖尿病が増えると言われています。また高力価スタチンは低力価スタチンに比べて30%程度,急性腎障害(腎臓が悪くなる)による入院が多くなるというデータがあります(注7)。

Q7. スタチンの効果はわかりましたが,やはり副作用がこわい気がします。
A7.
- 最も重い横紋筋融解症の頻度は2万人に1人とかなりまれであり,本来飲んだほうが良い人がこれを恐れて飲まないのは良いことではありません。

- ただし発症すると非常に重篤ですので,前兆として,筋肉痛や脱力がないかを,受診のたびに医師は確認する必要があります。

- 筋肉痛だけであれば,薬をやめるだけで症状は回復します。

Q8. 私は50歳女性です。健診でLDLコレステロールが150mg/ dLあり,要治療と言われました。高血圧や糖尿病,心血管病,喫煙歴はありません。スタチンを飲んだほうが良いので しょうか?
A8.
- 今回の週刊誌記事の背景には,日本人の心血管リスクが欧米に比べて低いにも関わらず,安易にスタチンが処方されすぎている傾向があることがあります。

- この方のように,女性で心臓病の既往や糖尿病のない人は,スタチン投与はせず,まず食事療法を行うことが勧められます。

まとめ1
-「薬を飲むか飲まないか」は,実際は,こうしたデータの他,患者さんの意向が最も優先されると考えます。

-リスクは低いけれども,やはりどうしても薬を飲んでおきたいと思う方,反対に薬は飲みたくないという方も,医師とよく話し合って態度を決めましょう。


まとめ2
- 週刊誌の記事は「副作用しか伝えない」「断定的な書き方」「医師や患者経験談を主な根拠としている」の3点で大きな問題がある

- スタチンを飲んだほうが良いのは
1)心筋梗塞や狭心症の既往がある
2)糖尿病の人
3)男性で血圧やコレステロールがかなり高い人(特に喫煙者)

- スタチンの副作用として「横紋筋融解症(筋肉が溶ける)」の頻度は2万人に1人と少ない。筋肉痛などの先行症状に十分注意する。

- 筋肉痛などの副作用は10%前後だが,薬をやめれば治る


【こんな週刊誌などの健康情報は鵜呑みにしてはいけない8つのポイント】
- くすりや治療の副作用だけを伝え,効果(どのくらい有効か)について伝えていない
- 重大な副作用だけが述べられ,その数字(確率)が示されていない
- 副作用や効果についての根拠(理由)が示されていない
- 論文や診療ガイドラインについて伝えられていない
- 紹介された論文が動物を対象としている
- 紹介された論文がその薬を飲んだ人と飲まない人とをくらべていない
- 医師の意見や患者の体験談だけを根拠にしている
- 「飲んではいけない」「受けてはいけない」などの言葉を使っている

番外編:「〜名誉教授」|医学博士」「医療ジャーナリスト」「医者○○人に聴きました」「匿名の医師」などからの情報を「主な」根拠にしている

(注)
1)JAMA. 2004 Dec 1;292(21):2585-90.
2)BMJ 2013;347:f6123
3)二次予防すなわち心血管病既往者はすべてのガイドラインで推奨されており,治療有効数も極めて少ないためスタチンは投与すべき患者である,また糖尿病患者はメタ解析8)で,RR0.79(0.7-0.89)でありスタチンが大変有効である。一方文献2)より5年で心血管イベントが10%未満,すなわち10年で20%未満の場合スタチン療法の意義は乏しいと思われる。日本のMEGA studyから心血管イベントリスクの1/10が死亡率と考えられるので,年間2%未満の死亡リスク,つまりNIPPON DATA80ではカテゴリーIIより下はスタチンの意義は乏しい。それらから,女性はまず一次予防候補者として除外される,男性でもカテゴリーIIIつまり喫煙者ので一定以上の高血圧または高コレステロール,非喫煙者でも一定上の高血圧及び高コレステロール患者が当てはまる。
NIPPON DATA80についてはこちらのサイトを参照のこと。
4)「動脈硬化性疾患予防ガイドライン2012年版」(日本動脈硬化学会編)
5)UpToDate”Statin myopathy"
6)Lancet. 2015 Jan 24;385(9965):351-61.
7)BMJ. 2013 Mar 18;346:f880.
8)BMJ 2006;332:1115


当院待合室でも見られます。
患者さん向けパンフレット:週刊誌の「飲んではいけない薬」は本当なのか?ーコレステロール低下薬編−_a0119856_2050167.jpg

by dobashinaika | 2016-07-19 18:31 | 患者さん向けパンフレット | Comments(0)


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