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共病記(11)〜医者が患者になった時〜:医療に(究極の)役割があるとすれば

3回めのMRIで、どうやら血管の解離の進行は止まったようだと主治医の先生から告げられました。それを聞いて、もちろんとても安心したし、5つの「不」のうちの最後の「不」である、「不安」のかなりの部分が暗雲が晴れるように収束して行くのを感じました。それと同時にそれまでの例のめまいや後頭部のもっさり感もちょっとだけでも軽くなったように感じたのです。

これは、もちろん5つの「不」のうちの「不確実」が、「もう山場は乗り切りました」と先生に言われたことで大幅に軽減されたのが直接の原因だったに違いはありません。「言葉のじぶん」が医師の言葉を通じて医学的に未来の不幸な事態の可能性が小さくなったことを理解したからです。「知」のちからが「言葉のじぶん」に作用したのです。

でも、やっぱリそれでも未来というのは、特にまだこの段階では自分の脳の状態がどう転ぶかは疑い始めればきりがないというのも事実でしょう。疑い始めれば解消することはできない、これが不確実性であり、未来というものの本質です。なのになぜ、主治医の言葉で痛い苦しいの症状まで緩和されるのでしょうか?それは、ありきたりな表現かもしれませんが、私が先生を「信じていた」からにほかなりません。それはそれまでの先生との診察、対話、先生の物腰や知識と経験、そうした総体としての存在自体への信頼であり、先生と私との関係性への信頼ということができます。

「言葉のじぶん」が知識で理解するのに対し、医師への信頼は「身体のじぶん」が、より混沌とし瀑とした「身体」が、言葉でと言うより身体それ自身で納得し信頼するという感じです。同じことは医療従事者あるいは医療という行為全般にも当てはめることができます。

MRIの結果を聞いてからは、それまでは後頭部からお腹までにかけて言葉に出来ないようなもっさり感だったのが、この時あたりから、「いつもはいろいろ場所は動くけれどもいちおう頭に限定した痛みがある」「それとは別に体を動かすとふわふわ浮くような感覚がある」というように、自分の症状を時間や体の部位によって区別できるようになってきたのです。

痛い、苦しい、それを言葉にすることが困難だった「身体のじぶん」を、「言葉のじぶん」が分析し、整理し、区分けできるようになってきた。まさにこの「区分け」するということが病気の回復ということなのかもしれないということを実感しました。

そしてこの「区分け」のときにこそ、医療者を始めとする周りの人々、いわゆる他者の果たす役割の大きいことに気付かされました。たとえば、頭痛のために氷枕を使っていたのですが、それでも痛くて顔をしかめていた時、朝、点滴交換にみえた看護師さんがアイスノンを鉢巻きのようにビニールに巻いて持ってきてくれました。また、看護師さんにしばらく清拭をしていただいたのですが、その時の声がけや、体の動かし方など、経験豊富とは思いますが、それにしても本当に私の痛み苦しみをこれ以上悪くしないような気遣いで、拭いたり、体を横に向けたりしてくれるのです。

5つの「不」うち、自分の痛み苦しみは絶対分かり合うことはできない、つまり「不可能」ということを厳然と自覚しましたし、そしてそれは今でも感じます。自分の苦しみ、病の体験は誰とも共有できない唯一無二のものであるのだということを。

でも、この「不可能」は「不可能」のままで終わるのかというとそうではないのですね。痛い苦しいとかんじている「身体のじぶん」のその痛み苦しみそのものは誰もわかることはできません。痛みは自分にしかわからない、他人が同情することはできない。それはそうなのです。でも、しかし、「身体のじぶん」が痛いのだということを「言葉のじぶん」がどう痛いのか、どう感じているのか、どう不安なのかを意味づけしている。その仕方そのものを他者がわかることで病者は不安から幾許かも解消されると思うのです。痛みや苦しみは、それ自体理解不可能なものであると同時に、それでも他者と共感するルートを持っているいわば両義的なものとしてあるように思われます。

もうすこしくだいて言うと、「苦しみ」それ自体をわかることは他者には不可能だけれど、「苦しい」とその人がかんじているという、その事自体ならわかることができる。そして「苦しい」と感じていることを、医療者を始めとする他者が「わかっているということ」を病者が「わかる」ことで、病者は不安から少しでも解放される。言ってみれば、「身体のじぶん」を「言葉の自分」が区分けしている(使い古された言葉で言えば物語化ですね)、その区分けに承認を与えることが安心につながる一縷の糸のようなものだということができます。

そしてこうした承認を病者は、言葉よりもそれこそ点滴を取り替えるときとか、清拭の時とかといった診療時間の隙間みたいなふとしたときに感じるように思います。「さああなたの苦しみを傾聴しますよ」みたいにされるとかえってダメなのかもしれません。場合によっては、思っていてくれる存在がそばにいてくれる、それだけでもいくばくかの救いなのです。

このように、患者が、苦しい自分が承認されていると感じるようになることは、知識や言葉だけではなく、「身体のじぶん」と、そして「身体のじぶん」と「言葉のじぶん」の関係性にアプローチすることではじめて伝わるものです。患者と医療者の接する場面場面の会話や何気ない所作、医療行為からリハビリ、食事、排泄、清拭までにいたるその医療施設のシステムや資源全体への信頼が、このアプローチを実りあるものにする気がします。

不確実なる未来に少しでも確実な「知」を示し「言葉のじぶん」にアプローチすること、それと同時に苦しみそのものはわからないけれども苦しんでいるということ自体に共感すること(「身体の自分」と「言葉のじぶん」の関係性にアプローチすること)。医療の役割は(究極とは言わないまでも)、突き詰めていけばこの2つの側面にまとめられるかもしれません。

3年前のNHKの朝ドラ「梅ちゃん先生」で医師役の世良公則が言った言葉、「医者っていうのはね、そこにいるだけでいいんだ」。このときはさらっと聞き流したのですが、今になって改めて違った深みを持って迫ってくるのです。ただそう考えていくと、頭とか言葉とかスキルとか、そんなのでなく「存在」の問題となってきて、もっと辛いわけではありますが。。。。

最後に、患者の体験にはこのようにいわゆる言語化したり物語化したリできないものがあるようにも思います。あるいはそうした物語化をはじめからしない、できない、したくない患者さんも存在します。その辺のことを考えるといよいよ医療の核心に迫っていくことになりますが(そうでもないか)、それにはもう少し時間を頂戴したいと思います。

$$$ここは兼六園、ではなくて、もと酒造会社にあった庭園です。池に氷が張っていました。
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by dobashinaika | 2015-02-12 00:27 | 医者が患者になった時 | Comments(0)


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