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共病記(8)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その④不自由

椎骨動脈の解離が判明してからは、次のMRアンギオで病状の安定が確認できるまで、ベッド上安静となりました。と言うよりそうならざるを得ませんでした。まず、例の高速ランダムめまいのおかげで、頭を1センチも上げることすらできず、また視野の真ん中より左側に首を向けることすらできなくなりました。起き上がることも、寝返りすることもできません。また少しの体の動きでも、動き具合によっては吐き気が襲ってきて、ときに実際に嘔吐する、吐く物がないので激しく嗚咽を数回する、という苦行を強いられました。

この吐き気のおかげで、食べ物のにおいが受付られなくなり、まる5日間絶食を余儀なくされました。水分は点滴と、吸飲みで水をすする程度です。一応テレビが使えましたが、若干首を起こす必要があり、何よりニュースも含めて世の中の出来事、動き自体についていくことが億劫になり、というかついていくのにも疲れてしまうため、テレビも見ませんでした。

唯一、iPadが友達でしたが、これとて検索語ひとつを入れるのにも労力が必要で、休み休み数分、医療系サイトを眺めては20分30分休む、というようなことを繰り返しました。

もちろんですがお風呂など到底入れません。看護師さんに体をタオルで清拭してもらうのです。夏でしたが、熱いくらいになったタオルで手指からつま先に至るまで丹念に拭いてもらいました。受け身の側になってはじめてわかったのですが(お恥ずかしい限り)、清拭にもきちんとした規則性があって、上下肢は手足の先から中枢に向かって、胸部は肋骨にそって、腹部は腸の方向に沿い、わきの方は縦に拭くのです。看護師さんは、それはもう文字通り「手慣れた」所作で持って、瞬くうちに全身を拭きあげてしまうのです。この所作にも感心しました。入院して数日ぶりに体を拭いていただいた時には、めまいと闘いながらも一皮むけた気分になりました。

しかし、なんといってもベッド上安静の身にとっての最大の難問がありました。前にも書いたように、言うまでもなく「排泄」です。入院後3日までは尿瓶で排尿は苦もなく出来ていました。ところが椎骨動脈が解離していると主治医の先生から告げられたその日から、体をどの方向に傾けても尿が膀胱から出てくれなくなったのです。先生からは多少の力みは許可されていましたし、これまではそれほど力まなくても自然に流出されたのです。ところが同じ腹圧をかけているつもりでも、尿道の下の方で停滞している感じで外に出てくれません。

こうなると大問題です。尿意が非常に脅威となります。一度ほんとに少しの量を2〜3回に分けて出したのですが、それ以来できなくなり、尿意が怖いため水分をとることも怖くなりました。でも点滴をしていますので、否応なしに膀胱は充満てます。これはいかんともしがたい事態になりました。ようやくその日の夕方、看護師さんが回診に来た時、意を決して「尿道カテーテルをお願いします」と申し出ました。

ほどなくして、神経内科の若い先生がいらして、難なく手技は終わりました。とは言え人生初めての挿入です。カテーテルが前立腺を通過するときの、違和感の二乗三乗くらいの字義通りの「違和感」。普段私たちが、外界のものに接触するときは、ほぼ大半が皮膚を通してです。帽子をかぶる、メガネを掛ける、服を着る、手袋をはめる、キーボードをうつ、パンツを履く、靴をはく、体をどこかにぶつける。。。そうした日常何気ない「接触」はほぼ皮膚がファーストコンタクトを受け持ちます。「粘膜」を介した接触などほとんどありません。

一方、病院の中で起こるからだとものとの接触にしめる「粘膜」の割合は多大です。歯の治療では歯肉、舌には舌圧子、耳鼻科では鼻や喉にふんだんに細い管を入れられます。採血では注射針が血管内皮に接触。胃カメラ、大腸カメラは言うまでもない。そんな中でも尿道は一番馴染みのない粘膜面かもしれません。本来接触する予定のない管腔臓器の内膜面に物体が触る動く。。こうした感覚は、近代医学が発達するまで私たち人類が経験したことのないものであって、もともと人間の触覚にプログラミングされていない、またはされてはいるがそんなに使うことを想定されていないためバックアップの効かない脆弱なものなのである、こんな感触は人類史のほんの数十年の間に強いられたという意味で、まさに「違和感」であるのだなあ。

などと悠長に人類史を概観している暇はありません。カテーテルが入ると尿意の脅威は消えたものの、今度は、尿道バルーンを入れられた人誰もが言う「いつも尿がしたい感じ」がやって来ました。なんとなく常に尿意を少しずつ感じ、特に体を動かすともぞもぞする。これまた別の「違和感」です。右側臥位を決め込んでまんじりともしないでいれば感じませんが、長い時間そうしているわけにも行きません。

さらに、もっと大変なことが待っていました。はい、排便ですね。え〜これは、、、とまた難行苦行の連続を書くことになりますが、食事しながら読む方もおられることも考え省略します(笑)。主治医からは下剤(マグラックス330mg朝晩2回)をすぐに処方されていましたが、入院後6日で初めてスッキリした時の爽快感は忘れられないものだったとだけ書いておきます。

初めての体験、つまり医療の受け手側としての体験の連続の中で感じたこと、それは人間というのはひととしてできる仕事とか生活を取り去られてしまったら、あとはただ、目が覚めて、食べて飲んで、出して、寝るだけの存在でしかないのだなあということです。その上に、病というものはその食べることも、出すことも、動くことも、起き上がることも、人間から奪っていく。人間としての基本的な自由までも奪っていく。

不自由。発症急性期の数日、命の根本で感じたのは、じつは不条理不確実不可能よりもまず先に「不自由」でした。これが4つ目の「不」です。

病気だから当たり前ですが、仕事ができない、家で風呂あがりのビール一杯なんてのも当然できないという社会生活、日常生活のレベルは言うまでもなく、摂食、排泄、清潔といった日常生活動作=ADLが奪われることの不自由。医療の出発点はまずもって、病が奪ってしまう人間としての根源的な不自由にアプローチすることなのだなあ、と医療に携わって25年になるのに、受け手側になってみて初めてしみじみ「実感」しました。

でも、この不自由さも、病気の回復とともにだんだんに変化します。たとえば、左は向けず右を下にするしかなく、それでももっさり感がして絶望していたのですが、その後数ミリ単位で頭の位置や体の位置を動かしてみると、この角度なら一応めまいももっさり感も少なくて、かろうじて落ち着くという体勢を発見することができたのです。また尿道カテーテルの違和感も、だんだんに慣れてくるというのもありますが、この角度のこの姿勢を取らなければ変な違和感は来ないというポイントを見つけることができるのです。

当初感じる病に陥っての不自由さは、不条理で不確実で乗り越えることは不可能に思えることでも、何らかの形へ、このように試行錯誤のすえ「最適化」されていくものなのだろう。だんだんそう考えるようになり、現にできるようになる事自体が治癒というものかもしれないなあ。などと考えるようになりました。

この最適化に医療者がどう関われるか、このことについての考えが、今回受け手になってみてこれまでと大幅に変わったことですね。それについてはまた後日。

$$$ 大学病院前のどら焼き。お餅やバター、お芋などが入っていて超人気です。午前中で売り切れるそうです。このお店のビルができる前は、卓球部の練習の後必ず行った居酒屋があったのですねえ。なつかしい。
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by dobashinaika | 2014-12-23 23:30 | 医者が患者になった時 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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