共病記(7)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その③ 不可能
私のクリニックは8月13日から17日までお盆休みの予定だったのですが、その前の8月11日、12日はどうしても診療所を開けなくてはなりませんでした。急病による休診はソロプラクティスの最大の弱点です。明日からは、否応なしに患者さんが訪れます。これだけはなんとしても解決しなければならない問題でした。
結果的に、長期にわたって応援の医師を頼むことができ、そのことは入院生活の中でも最もありがたいことでした(そのことはまた後日書きます)。しかしこの時各方面に電話をしたり、メールを出したりする必要が生じました。ケータイの連絡先から電話番号を探し他人と話す、あるいはメールアドレスを探して、タッチパネルに言葉を入力する、そうしたコミュニケーションのためのひとつひとつの動作所作で、大変な苦しみが伴いました。
これまで再三記述したような「高速ランダムめまい」や「後頭部からお腹にかけてのもっさり感」と言葉で表現すればできなくもありませんが、言葉にした瞬間に、今の自分の苦痛を言い表すことの嘘くささというか違和感を感じます。まずこのもっさりした感じが果たして体のどの部分に由来するものなのか説明することは難問です。
小脳への血栓により脳細胞が壊死したことが根本の原因であることは医学的に理解できますが、苦痛の範囲は後頭部にとどまらず、背中全体からみぞおちの当りに回りこんで来ていたます。また時には腰の方に重苦しい物を感じます。さらにたとえば枕元のものを取ろうとした時や、ちょっと足を組み替える動作をすると、その所作のいちいちがもっさり感を助長するのです。いや助長するというより、物を取ろうと触った途端にもっさり感が手先指先から、撮ろうとする物体にまで広がって、からだの外にあるものまでもがもっさりするような感覚なのです。
この「境界線のない苦痛感」とでも言ったものは、電話をした時に一番感じました。だれでも自分のことを他人に話すときは、今の自分の症状や今後の見通しを伝えるため、それらのことを客観的な視線から話すようにすると思うのですが、その話している自分そのものが、強烈なもっさり感と言うか苦痛を持ちながら話しているのです。いつもなら、今こんな症状だから見通しはこれこれだろうと、自分自身を一歩引いて語ることなど容易だと思うのですが、このときはそう語っている当の自分がすでに苦しい。苦しんでいる自分とそれを見ている自分を分けることができないのです。そしてその苦しんでいる自分のからだは、どこからどこまでが苦しいのか、明確に境界線をひくことができないのです。だから、今これこれこういう感じがしてとても苦しいのだと他人に説明すること自体、およそ経験したことのないようなよそよそしさというか、嘘くささを感じたのです。そんなんじゃないだろうと。
今苦しんでいる物理的なからだと、それを感じ分析するこころとを区別することができない、その双方が一体となった感覚であり、私そのものが苦痛であるような感覚です。これこそまさに身体というべきものなのだということに気がつきました。
そしてこの身体の苦痛の質感とかひろがりとかは、決して医学的な、病態生理学的な言葉で説明することはできないということも感じました。いかに今現在、動脈の内幕と中膜の間に亀裂が入ってその間に血液の塊が生じ、それが平行感覚を司る小脳を養う血管に飛んだために、脳細胞の一部が壊死して小脳の機能が失われた。。。と説明してもですね、その科学の言葉が、この苦痛感の全てを説明してはくれないわけです。というより誰もが理解できるような科学の言葉を尽くせば尽くすほど、今の自分のこの「感じ」そのものを説明することはできず、ギャップが開いてしまう、いわゆる「説明ギャップ」を身をもって体験することになったのです。
このギャップの発見は恐ろしいです。誰にも今の自分の苦痛の独特な感じを伝えることができないし、誰にも理解できそうにもない。言葉で記述できないということは、自分の苦痛がその場その場で顔を変えながらそのひとに立ち上がる、唯一無二ものであり、本来他との比較を拒むものであるということです。そうですね。突き詰めると私の苦痛を説明することは不可能であるということです。これが3つ目の「不」です。
これまでみてきた2つの「不」、不条理も不確実も、そのより源泉にはこのだれにも説明することができないという「不可能性」があるように思われます。
このままだと絶望的になります。でも実際はそんなに絶望の淵でもがいていたわけではありませんでした。共病記(3)で述べましたように意識の上澄みに奇妙な楽観みたいなものがあったのです。そしてそうした不可能性や絶望から出発して、不条理性や不確実性を飼いならしていくことは十分に可能だということもこのあと体験することになります。なんでかというとこうした「不〜」は、時間とともにダイナミックに変化していくものだからです。身体の回復とともにいろいろなことが変化します。その変化そのものこそが病気というものかもしれません。
どんな具合に変化していくのか、これが一番伝えたいことですが、また後日。
###「ちん餅」の張り紙で初めて意味を知りました。電子レンジでチンしたお餅ではないようですね^^料金をとってお餅をつくことで「賃餅」だそうです。

結果的に、長期にわたって応援の医師を頼むことができ、そのことは入院生活の中でも最もありがたいことでした(そのことはまた後日書きます)。しかしこの時各方面に電話をしたり、メールを出したりする必要が生じました。ケータイの連絡先から電話番号を探し他人と話す、あるいはメールアドレスを探して、タッチパネルに言葉を入力する、そうしたコミュニケーションのためのひとつひとつの動作所作で、大変な苦しみが伴いました。
これまで再三記述したような「高速ランダムめまい」や「後頭部からお腹にかけてのもっさり感」と言葉で表現すればできなくもありませんが、言葉にした瞬間に、今の自分の苦痛を言い表すことの嘘くささというか違和感を感じます。まずこのもっさりした感じが果たして体のどの部分に由来するものなのか説明することは難問です。
小脳への血栓により脳細胞が壊死したことが根本の原因であることは医学的に理解できますが、苦痛の範囲は後頭部にとどまらず、背中全体からみぞおちの当りに回りこんで来ていたます。また時には腰の方に重苦しい物を感じます。さらにたとえば枕元のものを取ろうとした時や、ちょっと足を組み替える動作をすると、その所作のいちいちがもっさり感を助長するのです。いや助長するというより、物を取ろうと触った途端にもっさり感が手先指先から、撮ろうとする物体にまで広がって、からだの外にあるものまでもがもっさりするような感覚なのです。
この「境界線のない苦痛感」とでも言ったものは、電話をした時に一番感じました。だれでも自分のことを他人に話すときは、今の自分の症状や今後の見通しを伝えるため、それらのことを客観的な視線から話すようにすると思うのですが、その話している自分そのものが、強烈なもっさり感と言うか苦痛を持ちながら話しているのです。いつもなら、今こんな症状だから見通しはこれこれだろうと、自分自身を一歩引いて語ることなど容易だと思うのですが、このときはそう語っている当の自分がすでに苦しい。苦しんでいる自分とそれを見ている自分を分けることができないのです。そしてその苦しんでいる自分のからだは、どこからどこまでが苦しいのか、明確に境界線をひくことができないのです。だから、今これこれこういう感じがしてとても苦しいのだと他人に説明すること自体、およそ経験したことのないようなよそよそしさというか、嘘くささを感じたのです。そんなんじゃないだろうと。
今苦しんでいる物理的なからだと、それを感じ分析するこころとを区別することができない、その双方が一体となった感覚であり、私そのものが苦痛であるような感覚です。これこそまさに身体というべきものなのだということに気がつきました。
そしてこの身体の苦痛の質感とかひろがりとかは、決して医学的な、病態生理学的な言葉で説明することはできないということも感じました。いかに今現在、動脈の内幕と中膜の間に亀裂が入ってその間に血液の塊が生じ、それが平行感覚を司る小脳を養う血管に飛んだために、脳細胞の一部が壊死して小脳の機能が失われた。。。と説明してもですね、その科学の言葉が、この苦痛感の全てを説明してはくれないわけです。というより誰もが理解できるような科学の言葉を尽くせば尽くすほど、今の自分のこの「感じ」そのものを説明することはできず、ギャップが開いてしまう、いわゆる「説明ギャップ」を身をもって体験することになったのです。
このギャップの発見は恐ろしいです。誰にも今の自分の苦痛の独特な感じを伝えることができないし、誰にも理解できそうにもない。言葉で記述できないということは、自分の苦痛がその場その場で顔を変えながらそのひとに立ち上がる、唯一無二ものであり、本来他との比較を拒むものであるということです。そうですね。突き詰めると私の苦痛を説明することは不可能であるということです。これが3つ目の「不」です。
これまでみてきた2つの「不」、不条理も不確実も、そのより源泉にはこのだれにも説明することができないという「不可能性」があるように思われます。
このままだと絶望的になります。でも実際はそんなに絶望の淵でもがいていたわけではありませんでした。共病記(3)で述べましたように意識の上澄みに奇妙な楽観みたいなものがあったのです。そしてそうした不可能性や絶望から出発して、不条理性や不確実性を飼いならしていくことは十分に可能だということもこのあと体験することになります。なんでかというとこうした「不〜」は、時間とともにダイナミックに変化していくものだからです。身体の回復とともにいろいろなことが変化します。その変化そのものこそが病気というものかもしれません。
どんな具合に変化していくのか、これが一番伝えたいことですが、また後日。
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by dobashinaika
| 2014-12-14 18:13
| 医者が患者になった時
|
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土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。
by dobashinaika
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筆者は、2013年4月以降、ブログ内容に関連して開示すべき利益相反関係にある製薬企業はありません
●医療法人土橋内科医院
●日経メディカルオンライン連載「プライマリケア医のための心房細動入門リターンズ」
●ケアネット連載「Dr,小田倉の心房細動な日々〜ダイジェスト版〜」
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