共病記(5)〜医者が患者になった時〜:5つの不 その① 不条理

自分の病名が分かったあと、すぐさましたことは、やはりネットでした。
家にあったiPadを持ってきていたので、まず医療情報サイト「UpToDate」にアクセスし、日本語で「椎骨動脈解離」と入れますと、ほんの数秒でこの病気の病因、診断、症状、治療、予後(今後どうなるのか)の情報をすぐ見ることができます。こういうときiPadは助かります。キーボード入力はおそらく体勢を起こさなければならず、またこの時は突起したボタンを押すこと自体が苦痛だったのですが、タッチパネルはその点、右側だけしか向けない身には楽であり、操作も触るだけなので、ありがたい限りでした。

まず、真っ先に"prognosis(予後)" が気になりました。自分はこれからどのようになってしまうのだろう?明日からの仕事のことをすぐにでもどうにかしなければならない状況にあって、一番それが知りたいことでした。そこには「予後は初期の脳卒中やくも膜下出血の重症度に依存する」「血管が修復されるのは最初の1ヶ月間」「頭蓋内脳動脈解離のクモ膜下出血発症例では高率に再破裂するため、外科的治療が必要」などと書かれていました。主治医の先生の言葉通り、やはりここ数日以内に最初の大きな脳梗塞またはくも膜下出血をきたすかどうかが今後を大きく左右するということがわかります。

次にどうしても知りたかったことは「原因」でした。"Etiology(=病因)"を見ると、「ほとんどは自発的に(原因なしに)または小さな外傷から起こる」「首を過度に動かす運動が引き金になることもある」などと書かれています。また生まれつきの血管組織の異常、遺伝的な原因なども詳細に記載されています。ゴルフとかダンス、マサージなどが引き金になるという報告もあります。

一応医者ですので、こうした記述を見れば疾患としての概略はわかります。でもいくらこうした医学的記述を呼んでも全然しっくり来ない、というか納得がいかないのです。それは、以前から感じている「高速ランダムめまい」や「後頭部からお腹にかけてのもっさり感」が強くなるに連れ、また入院時間が経過してそれらとの付き合いが長くなるに連れより強く感じられるようになりました。

たしかに、右椎骨動脈の壁が裂けてその裂け目に血液の塊ができ、それが平衡感覚を司る小脳に飛んだから高速ランダムめまいが生じいているのだろう、とか、血管が裂け脳細胞が壊死しめためその場所から様々な炎症性物質とそこを修復しようとする防御反応がそれはめまぐるしいきおいで生じているため、こうしたもっさり感が起こるのだろうくらいは説明することはできます。

でも、それは今の自分の身体の状態が「どのようになっているのか」という現状分析でしかありません。「なぜ、今という今、この時に、この場所で、このような苦しい思いをしなければならなくなったのか」「なぜ、ほかでもない、この自分がこんな苦しみを感じ、仕事もできないのっぴきならない状況に陥ってしまったのか」そうした問に対しては、いくら医学的記述を詳しく読んでも、説明していくれません。もちろん、医学的記述は、過去のデータを元に客観的な情報として書かれていますので、そんな個別的な問に答えてくれることは期待できないわけです。でも、それでも、問いたいのです。なぜ「この感じ」なのかと。なぜ「この自分」なのかと。

そしてそこから原因探しの旅が始まるのです。発病の1週間前くらいから、「自分がどこで何をしたのか」「あの時あそこに行かなければこうならなかったのではないのか」「最近毎日のように診療が終わってからも仕事で出かけていったからではないのか?」はては「2〜3週間前に血圧の薬を1日のみ忘れたことが関係しているのではないか」といった瑣末な事まで、原因に結びつけて考えようとしてしまうのです。

さらに、「あの時無理をしたのはこう考えたからだ」「あの時急に椅子から立ち上がってしまったからこうなってしまったのだ」「もっと水分を取っていればこんなことにならなかったのだ」というように、医学的に見るとあまり因果関係がはっきりしないことまで、原因として考えてしまうのです。原因探しの旅から自責と後悔の旅へとめまぐるしい葛藤が始まります。

そしてさらに、「これまで血圧の薬はしっかり飲んで毎日血圧を測って、アルコールは飲み過ぎないようにして、あれだけ気をつけてきたのに、なんでこうならなきゃならないんだ」「首を動かすようなことなんかしていないのに」というどこにぶつけていいかわからない怒りのような、また今にして思うと医者とは思えないような幼稚な攻撃性のような感情も随時これに加わり、まさに葛藤の連鎖状態となるのです。(もちろんずっとそう考えているわけでなくて、押し寄せては消える感じでですが、、)

言うまでもなく、どんな病気でもそうですが、血管が解離する場合も原因は複雑です。原理的に言うと血管の壁そのもののの強さ、血流の力のかかり具合、血圧そのもの、血液の成分、外からの刺激などが解離に関係しそうですが、ストレスだとか、食べ物だとか言い出すともう無数の因子が複雑にからみ合って病気を成立させているとしか言えません。

医者としてはその程度の因果の特定困難は理解しているつもりですが、でも今ある苦しいという感覚と、社会的に置かれている危機的状況の両方を考えた場合、なんでこうなったのかとにかく原因を特定して納得しておきたい衝動に非常に強く駆られるのです。おそらく医院に通院される患者さんもみなそうなんだろうなあ、ということも思いました。事実、どうして病気になったのかを尋ねられる方は非常に多いのです。私たちは病気の原因を探さずに入られない存在、原因探しの病という新たな病に陥りやすい存在なのかもしれません。

でもそう考える次の瞬間、この苦しい感じの自分を自覚すると、絶望感が襲ってきます。この今の苦しい感じは、いくら原因を突き止めようとしても、医学の言葉で説明を求めても、なせ、今この自分の身にそれがあるのかを100%の満足度で持って納得することはできない。

これが「不条理」というものだと、このとき心底思ったのです。
そしてこの不条理は、それに続くもう一つの「不」の裏返しだと思えてきたのです。

ここまで考えると、医学医療の出番はあまり残されていないようにも思えてきますが、ところがそうではないということも、その後経験することになります。その辺のことともう一つの「不」についてはまたこの次に。

### 今回病気してみて5つの「不〜」ということを考えました。今回その1です。
仙台初雪でした。大崎八幡神社もこんなで張り詰めた空気感です。
a0119856_22403628.jpg

by dobashinaika | 2014-12-07 22:47 | 医者が患者になった時 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
未分類

タグ

(40)
(32)
(30)
(25)
(25)
(23)
(23)
(22)
(20)
(19)
(19)
(18)
(17)
(14)
(13)
(13)
(13)
(12)
(12)
(12)

ブログパーツ

ライフログ

著作

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法


プライマリ・ケア医のための心房細動入門

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく)


健康格差社会への処方箋


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書)

最新の記事

10月27日,第14回どばし..
at 2018-10-11 17:00
津川友介先生の講演「ビッグデ..
at 2018-10-11 00:07
中動態的オープンダイアローグ..
at 2018-10-08 10:13
The American C..
at 2018-10-05 21:28
抗凝固薬抗血小板薬併用療法に..
at 2018-10-03 20:53
ワルファリン開始当初のINR..
at 2018-09-27 23:59
心房細動は発作性から持続性に..
at 2018-09-20 22:27
CHA2DS-VAScスコア..
at 2018-09-20 08:24
日経メディカルオンライン連載..
at 2018-09-20 06:52
DOAC(抗凝固薬)をやめな..
at 2018-09-11 01:02

検索

記事ランキング

最新のコメント

いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29
> 山川玲子さん 山川..
by dobashinaika at 23:14
運慶展を観た方にWEB小..
by omachi at 19:45
> terryさん ご..
by dobashinaika at 08:38
簡潔なまとめ、有り難うご..
by 櫻井啓一郎 at 23:16
いつも大変勉強になります..
by n kagiyama at 14:39

以前の記事

2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン