人気ブログランキング | 話題のタグを見る

共病記(4)〜医者が患者になった時〜:椎骨動脈解離

椎骨動脈とは、聞きなれない名前かと思いますが、人間の脳に行く血管(動脈)は、左右2本ずつ、計4本あります。そのうちの大脳の方に行くのが頸動脈であり、小脳及び脳幹に血液を送るのが椎骨動脈です。首の骨である頚椎の横にある横突孔という穴を通るのでこの名前がついています。

小脳は人間の平衡感覚や運動の調節を司っています。また脳幹は延髄、橋、中脳、間脳からなっていて、呼吸や自律神経の中枢や意識を支配する径路が存在し、生命の維持にとって極めて大切な場所です。

左右の椎骨動脈は、その後1本の脳底動脈となり、そのまた上の方で頸動脈からきた何本かの血管と合流します。
共病記(4)〜医者が患者になった時〜:椎骨動脈解離_a0119856_219289.png

                        (Wikipediaより)

私はベッドに寝たままで、主治医の先生が窓の方にかざしたMRアンギオの写真を見ていました。先生が指差すより0.何秒か前にすぐに右の椎骨動脈に目が行きました。右下の写真でわかるのですが、右の椎骨動脈が左に比べてとても細くなっていて非常に心もとない感じでした(矢印の部分)。
(左の写真については本ブログの下の方で解説しています)
共病記(4)〜医者が患者になった時〜:椎骨動脈解離_a0119856_21104758.jpg

動脈というのはバームクーヘンを思い出していただければいいのですが、丸い筒の壁が3つの層に分かれています。そこの一番内側の内膜と真ん中の中膜との間に裂け目ができて、縦方向に避けるのが動脈解離と言われるものです。動脈解離で有名なのは、心臓から体全体に行く大きな大動脈の壁が避ける大動脈解離で、最近では私の敬愛する歌手、プロデューサーの大滝詠一さんが亡くなられた際の病気として報道されました。

私の場合は、大動脈ではなく脳に行く椎骨動脈の壁が裂けたのです。原因については後に書きたいと思っていますが、首を急に動かした時に発症する場合もありますが、はっきりした誘因がないことも多く、20代や40代の若い人に多いそうです。

昔から音楽とか、絵が好きで、たとえばそうですね、カルロス・クライバーという今は亡き天才指揮者のCDであるとか、あとは伊藤若冲の鶏の絵とか、何回聴いても、何回見ても背筋にゾゾッとしたいわゆる鳥肌が立つ感じを覚えるのですが、自分の脳に行く血管が狭くなっている写真を見た瞬間は、同じゾゾッとした感じでもこれまで経験したことのないようなものでした。下半身の前立腺のあたりから沸き起こる、なにか命の存在自体が脅かされるような、急き立てられるような、そういうような感覚を伴っての鳥肌でした。あと数センチ上にまで解離が進行したら脳幹に到達しますが、それは生命の危機を意味します。また経過の過程で血管に動脈瘤(コブ)ができると破裂の可能性があり、これまた非常に危険ですので、カテーテル治療が必要なこともあります。

ところが、そうした体の底から沸き上がる危機感みたいなものも確かにあったのですが、妙なおちつきというか、安堵感というものも混在していました。左の椎骨動脈が大変しっかり映っていたからかもしれません。あるいは、今のところ脳幹までに至る症状が全然出ていなかったからかもしれません。先生の説明が非常に落ち着いた口調だったからかもしれません。はたまた、自分は絶対大丈夫だという、どこからかの声のためかもしれません。以前医学系のサイトで「椎骨動脈解離の予後は良好」というのだけうっすら覚えていたからかもしれません。

とにかく、ここまで来たらなるようにしかならないのだから、全てを受け入れるしかないなと思ったのです。それも不思議なのですが、すごく真剣にもう本当に悟りを開くような、あるいは不退転の決意でそう思ったのでは全然ないのです。意識の上澄みの部分で、何となくまあ大丈夫だろうといった軽い楽観が、意識全体を薄いベールで覆ったような、医者としての頭のなかではもっと解離が進んだ場合のことや、逆に脳動脈瘤ができてしまってそこが出血した場合の深刻さも十分知っているとは自覚しつつも、それが深刻に感じられない何か説明できない浮遊したような感じに包まれたのです。

もちろん主治医の先生からはその後、家人にここ2,3日の間に生命の危機が及ぶことの可能性につき詳しく説明されたようです(後の家人からの話によると)。ですが、説明を受けてからも家人は何事もなかったように、それこそ明日雨でも降るのとの同じことのように受け止めているように、私には見えたこともおちついていられた原因かもしれません。

ただその日、先生方は、その科の他の先生も含め何回も診察に来られ、しゃっくりは出ないか、物が二重に見えてこないか、呼吸が苦しくないかといった、脳幹部領域の症状をその都度聞かれました。今にして思えば、これらの質問、実は非常に怖い質問なのです。

部屋は、ナースステーションに近い個室でした。しかしそこは、トイレと洗面所はあるものの、冷蔵庫、ソファといったいわゆる個室に見られる調度品は一切なく、代わりに天井の下の真ん中に監視カメラか備えられた重症病床でした。左手人差し指には酸素飽和度測定のためのパルスオキシメーター、胸には心電図モニター、枕元には精密持続点滴のための輸液ポンプが置かれ、非常に物々しい体制になりました。

そしてすぐさま、2つの大きな難題があることに、むしろそちらの方に恐ろしさというか壁のようなものがあることに程なく気が付きました。ひとつは明日からの自分の診療所の診療をどうするかということです。これは、待ったなしの切実な問題でした。

もう一つは、これまた何回も出てくる問題で大変恐縮ですが、排泄の問題です。それまで排尿はベッドの上でちょっと体を傾ければ難なく出来たのですが、診断名を聞いたあとからパタッとできなくなってしまったのです。尿意は強くあるのですが、思い切りお腹に力を入れることができないのです。おそらく気張ることによりあの血管がまたどうにかなるのではという深層心理のためだったのかもしれないですが。。

とにかくその2つの難題と、そしてもう一つ、この血管の解離の理屈が頭で分かったとして、それといまあるこの後頭部からおなかににかけてのもっさり感はどう関係するのか、その間に横たわるギャップみたいなものを深く考えるようになったのです。

なお上の左の写真はBPAS画像という血管の走行を影絵のように映す方法(山形で開発されたとのとです)で、血管の外径(外側の輪郭)がわかります。一方右側はMRアンジオグラフィ(血管画像)で狭くなった血管の内側(内径)を表しています。その差が血管の壁が解離してできたいわゆる偽腔という、壁が避けたためにできた本来の血管ではない部分と考えられます。今回急にめまいが襲ったのは、この偽腔に起きた血液の固まり(血栓)が小脳に飛んだ(塞栓)からだと思われます。普段から心房細動の脳塞栓のことばかり書いたりして、この病気にはいわば身体の一部のごとく親近感を持っていましたが、よもや自分自身の身体に塞栓症が起こるとは。。。

###ヘビーな話になってきたので、今朝家の近くに行商に来た八百屋さんで買った大根とキャベツです。何とどちらも100円!
共病記(4)〜医者が患者になった時〜:椎骨動脈解離_a0119856_21163862.jpg

by dobashinaika | 2014-11-30 21:31 | 医者が患者になった時 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
Covid-19
未分類

タグ

(44)
(40)
(35)
(31)
(28)
(28)
(25)
(24)
(24)
(23)
(21)
(21)
(20)
(19)
(18)
(18)
(14)
(14)
(13)
(13)

ブログパーツ

ライフログ

著作
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法 [PR]


プライマリ・ケア医のための心房細動入門 [PR]

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌] [PR]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味 [PR]


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から [PR]


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) [PR]


健康格差社会への処方箋 [PR]


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書) [PR]

最新の記事

日本独自の新しい心房細動脳梗..
at 2024-03-17 22:31
心房細動診療に残された大きな..
at 2024-01-03 23:00
東日本大震災と熊本地震におけ..
at 2024-01-02 16:11
脳梗塞発症後の心房細動患者に..
at 2024-01-01 18:41
ACC/AHAなどから202..
at 2023-12-10 23:12
ライフスタイルを重視した新し..
at 2023-11-06 21:31
入院中に心房細動が初めて記録..
at 2023-11-05 11:14
フレイル高齢心房細動患者では..
at 2023-08-30 22:39
左心耳閉鎖術に関するコンセン..
at 2023-06-10 07:29
患者ー医療者間の「心房細動体..
at 2023-04-26 07:27

検索

記事ランキング

最新のコメント

血栓の生成過程が理解でき..
by 河田 at 10:08
コメントありがとうござい..
by dobashinaika at 06:41
突然のコメント失礼致しま..
by シマダ at 21:13
小田倉先生、はじめまして..
by 出口 智基 at 17:11
ワーファリンについてのブ..
by さすけ at 23:46
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29

以前の記事

2024年 03月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 08月
2023年 06月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン