抗凝固薬による出血死を経験した医師が、再び薬を処方できるか?
本日、プライマリ・ケア医を対象としたセミナーに講師として参加させていただき、
「プライマリ・ケア医のための心房細動入門〜知っておきたい現実/おさえておきたいエビデンス〜」という演題名で講演させていただきました。
私の講演の骨子は、EHRAのコンセンサスカンファで提示されている心房細動患者のステップワイズ意思決定の手順にそって
1)動悸を訴える、初発の心房細動患者さんが飛び込みで受診した場合の対処法
2)「心房細動診療=リスクマネジメント」のフレームワーク
3)抗凝固療法のリスク評価
4)抗凝固療法におけるリスクコミュニケーション
5)抗凝固療法の意思決定:意思決定のフレームワークと5つの抗凝固薬の使い分け
6)抗凝固療法のリスクヘッジ=特に高齢者の抗凝固療法
7)キラーメッセージ=共通基盤の発見
8)心房細動診療21の心得
というものです。
こうした講演に参加することの最も有意義なところは、質疑応答で多くの示唆に富む知見がえられるからです。
プライマリ・ケア医の先生がたとディスカッションすると、現場で患者さんと日々真摯に向き合っているものでなければ気が付かないような質問に出会います。
今日はこの質問が一番身に応えました。
「ワーファリンを出していて、出血死した患者さんを経験していて以来、抗凝固療法を出しにくい。どう考えたら良いのか?」
厳しい質問です。
ワーファリンの年間大出血NNHは23です。23人出すと1年の間に1人が大出血を起こすことになります。ある調査では死亡のNNHも100〜120前後との報告があります。このようにワーファリンは、プライマリ・ケア医が扱う薬品の中でも段違いにハイリスクの薬です。
しかもそのインパクトも大きい。なんといってもイベントが大出血、頭蓋内出血です。リスクのインパクトもイベントもかなり大きいです。
患者さんひとりひとりに、「年間数%大出血があり、中には死に至ることもあります」ときちんと伝えることが、果たして我々にできているでしょうか?おそらくそんなことを言ってしまった場合、かなりの方が内服を躊躇するのではないでしょうか?
手術であれカテーテルであれ「死ぬこともある治療法です」と話して、すんなり納得するひとはいないでしょう。
このリスクへのおそれに対する対処法としては、それを上回るベネフィット、すなわち飲まない場合のリスク(=脳塞栓症)のインパクトの大出血に勝るとも劣らない大きさを示し、その確率が出血リスクより大きいとこをしっかりわかってもらうことが戦略として考えられます。いわゆるゴールの共有ですね。
ここがわかってもらえるかどうかが、抗凝固薬のリスクコミュニケーションの最大のポイントだと思われます。
この問題、突き詰めて考えると非常に難しいです。「死亡」という有害事象が起こりえる治療法において、そのことをしっかり伝えるべきなのか。ワーファリンの場合その確率もある低くはないですので、伝えるべきと思われますが、そのように説明しても患者さんが躊躇しないだけの情報を提供できるか。また医師に躊躇しないだけの覚悟と自信があるのか?
実際はそこまで、話していない、そんなに深刻には患者さんに話さないよ、という現場が多いかと思います。
ひとつ言えるのは、ワーファリンをしっかり管理していると、NNH23というような頻度では出血しない、ましてやワーファリンによって脳出血で死亡する頻度は報告されているほど高くない、ということを特に日本の循環器医は実感しているということです。
INR1.6〜2.6で管理していると、そうそう大出血は経験しません。
もう1点は大出血から死亡に至るケースは、やはりHAS-BLEDスコアが高い、特に高齢でINR管理の悪い方に多いですので(私の経験上)、そういう方のINR管理は、本当に細心の注意を払う、または、出さないという方向を考えるということです。
つまり抗凝固療法において、致命的な大出血は原理的には不可避であるが、それでもそれを最小限にする努力をする。そういう姿勢を示しながら、患者さん、または家族とのあいだで「重篤な副作用はあるかもしれないけれど」それでも「利益>リスク」なのだということに関しての共通基盤を作り上げる。あるいは「処方しない」場合、そうした結果どうなる可能性があるのかについても理解を共有するということしかないように思います。
そういう難題にある程度光を与えるものとして、出血がワーファリンよりは少ないという点において(適切な症例に限りますが)新規抗凝固薬が寄与する余地はある程度あると思われます。
とりとめなく書きましたが、この問題、これまでも何回となく取り上げて、ちょっとうんざりと思われる方もおられると思います。
要するに、一口に「インフォームドコンセント」といっても、リスクに付随するインパクトと確率の大きさが甚大な場合には合意を得る道のりは、よく考えるとそう簡単ではないということだと思います。
この問題、3.11以来原発リスクの捉え方を巡って散々行われてきた議論です。インパクトが非常に甚大なリスクをどう伝えるのか?たとえ確率が非常に低くても、とてつもなく甚大なインパクトのあるリスクが想定可能な場合、どこまでリスクを許容できるかということですね。どんなに小さいリスクであっても許容できないというひともいます。
現場で日々格闘している先生方とディスカッションできるのが、こうした勉強会の最大の長所です。今のところ製薬会社さんの勉強会がそうした場の主流になっていますが、こうした場を徐々に医師主導で作り上げていく方向へもっていけたらとも思っています。これはまた別の機会に。
「プライマリ・ケア医のための心房細動入門〜知っておきたい現実/おさえておきたいエビデンス〜」という演題名で講演させていただきました。
私の講演の骨子は、EHRAのコンセンサスカンファで提示されている心房細動患者のステップワイズ意思決定の手順にそって
1)動悸を訴える、初発の心房細動患者さんが飛び込みで受診した場合の対処法
2)「心房細動診療=リスクマネジメント」のフレームワーク
3)抗凝固療法のリスク評価
4)抗凝固療法におけるリスクコミュニケーション
5)抗凝固療法の意思決定:意思決定のフレームワークと5つの抗凝固薬の使い分け
6)抗凝固療法のリスクヘッジ=特に高齢者の抗凝固療法
7)キラーメッセージ=共通基盤の発見
8)心房細動診療21の心得
というものです。
こうした講演に参加することの最も有意義なところは、質疑応答で多くの示唆に富む知見がえられるからです。
プライマリ・ケア医の先生がたとディスカッションすると、現場で患者さんと日々真摯に向き合っているものでなければ気が付かないような質問に出会います。
今日はこの質問が一番身に応えました。
「ワーファリンを出していて、出血死した患者さんを経験していて以来、抗凝固療法を出しにくい。どう考えたら良いのか?」
厳しい質問です。
ワーファリンの年間大出血NNHは23です。23人出すと1年の間に1人が大出血を起こすことになります。ある調査では死亡のNNHも100〜120前後との報告があります。このようにワーファリンは、プライマリ・ケア医が扱う薬品の中でも段違いにハイリスクの薬です。
しかもそのインパクトも大きい。なんといってもイベントが大出血、頭蓋内出血です。リスクのインパクトもイベントもかなり大きいです。
患者さんひとりひとりに、「年間数%大出血があり、中には死に至ることもあります」ときちんと伝えることが、果たして我々にできているでしょうか?おそらくそんなことを言ってしまった場合、かなりの方が内服を躊躇するのではないでしょうか?
手術であれカテーテルであれ「死ぬこともある治療法です」と話して、すんなり納得するひとはいないでしょう。
このリスクへのおそれに対する対処法としては、それを上回るベネフィット、すなわち飲まない場合のリスク(=脳塞栓症)のインパクトの大出血に勝るとも劣らない大きさを示し、その確率が出血リスクより大きいとこをしっかりわかってもらうことが戦略として考えられます。いわゆるゴールの共有ですね。
ここがわかってもらえるかどうかが、抗凝固薬のリスクコミュニケーションの最大のポイントだと思われます。
この問題、突き詰めて考えると非常に難しいです。「死亡」という有害事象が起こりえる治療法において、そのことをしっかり伝えるべきなのか。ワーファリンの場合その確率もある低くはないですので、伝えるべきと思われますが、そのように説明しても患者さんが躊躇しないだけの情報を提供できるか。また医師に躊躇しないだけの覚悟と自信があるのか?
実際はそこまで、話していない、そんなに深刻には患者さんに話さないよ、という現場が多いかと思います。
ひとつ言えるのは、ワーファリンをしっかり管理していると、NNH23というような頻度では出血しない、ましてやワーファリンによって脳出血で死亡する頻度は報告されているほど高くない、ということを特に日本の循環器医は実感しているということです。
INR1.6〜2.6で管理していると、そうそう大出血は経験しません。
もう1点は大出血から死亡に至るケースは、やはりHAS-BLEDスコアが高い、特に高齢でINR管理の悪い方に多いですので(私の経験上)、そういう方のINR管理は、本当に細心の注意を払う、または、出さないという方向を考えるということです。
つまり抗凝固療法において、致命的な大出血は原理的には不可避であるが、それでもそれを最小限にする努力をする。そういう姿勢を示しながら、患者さん、または家族とのあいだで「重篤な副作用はあるかもしれないけれど」それでも「利益>リスク」なのだということに関しての共通基盤を作り上げる。あるいは「処方しない」場合、そうした結果どうなる可能性があるのかについても理解を共有するということしかないように思います。
そういう難題にある程度光を与えるものとして、出血がワーファリンよりは少ないという点において(適切な症例に限りますが)新規抗凝固薬が寄与する余地はある程度あると思われます。
とりとめなく書きましたが、この問題、これまでも何回となく取り上げて、ちょっとうんざりと思われる方もおられると思います。
要するに、一口に「インフォームドコンセント」といっても、リスクに付随するインパクトと確率の大きさが甚大な場合には合意を得る道のりは、よく考えるとそう簡単ではないということだと思います。
この問題、3.11以来原発リスクの捉え方を巡って散々行われてきた議論です。インパクトが非常に甚大なリスクをどう伝えるのか?たとえ確率が非常に低くても、とてつもなく甚大なインパクトのあるリスクが想定可能な場合、どこまでリスクを許容できるかということですね。どんなに小さいリスクであっても許容できないというひともいます。
現場で日々格闘している先生方とディスカッションできるのが、こうした勉強会の最大の長所です。今のところ製薬会社さんの勉強会がそうした場の主流になっていますが、こうした場を徐々に医師主導で作り上げていく方向へもっていけたらとも思っています。これはまた別の機会に。
by dobashinaika
| 2014-01-24 00:39
| 抗凝固療法:全般
|
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土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。
by dobashinaika
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筆者は、2013年4月以降、ブログ内容に関連して開示すべき利益相反関係にある製薬企業はありません
●医療法人土橋内科医院
●日経メディカルオンライン連載「プライマリケア医のための心房細動入門リターンズ」
●ケアネット連載「Dr,小田倉の心房細動な日々〜ダイジェスト版〜」
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