人気ブログランキング | 話題のタグを見る

複雑系としての心房細動

本日(10日)、あるネット上の企画のための取材を受けました。
テーマは「心房細動のアップストリーム治療」です。

アップストリーム治療の歴史は2001年のシシリアンガンビットの報告にさかのぼります。
それまで、心電図で不整脈→抗不整脈薬という、途中の過程が不明なブラックボックスであっても成立するようなある意味脊髄反射的な治療に終始していた地平から、不整脈の発生機序と電気生理学的特性(チャネル、レセプター)に基づいた論理的アプローチへと新しいパラダイムを提示したのがシシリアンガンビットでした。

こうして、不整脈の元を断たなければダメという発想が浸透し、心房細動の病態を「リスク因子」「心房リモデリング]「心房細動」の3段階にわけ、リモデリングの上流をアップストリーム治療、下流を「ダウンストリーム治療」と呼ばれるようになったのです。
複雑系としての心房細動_a0119856_031059.png


その後2000年代半ば、RAS系阻害薬(特にARB)が心房細動の一次、二次予防に良いという大規模試験サブ解析がLIFE試験などを筆頭に続出し、一挙に「(ARBを使用した)アップストリーム治療」への期待が高まったのです。

おりしも2003年AFFIRM試験で抗不整脈薬の役割に疑問符が打たれた時期であり、ARBアドバタイズメントの機運とも重なってかなりの盛り上がりを見せました(ちなみにJIKEI HEARTは2007年)。

しかしながら、これらのエビデンスはいずれも動物実験もしくは後付解析がほとんどでした。一次エンドポイントに心房細動を組入れた試験はありませんでした。

そこで前向き試験が企画され2009〜2010年に次々に発表されました。ACTIVE-I、GISSI-AF、J-RHYTHM II、ANTI-PAFなどです。

しかしながら、その結果はご存知のように、「ARBの心房細動二次予防効果」の完全否定でした。

現在ESCのガイドラインでのRAS系阻害薬の位置づけは、一次予防に関し心不全、高血圧(左室肥大)例では推奨クラスIIaですが、二次予防においては心不全、高血圧圧症例はクラスIIb、孤立性にいたってはクラスIIIの扱いとなっています。

私達はこうした経緯をどのように考えればよいのでしょうか?

私がここに至って思うのは、心房細動の発症は複数の因子が複合的に作用しあって成立すると考えられるので、アンジオテンシンIIといった1つの因子だけを独立変数としてランダム化比較試験を行っても、有意差が根本的にでないのだ、ということです。心房細動のようなchaoticな病態は、1つの因子を制御しただけでは手に負えないものである、と思うのです。

このアップストリーム治療でのダメ出しを見るにつけ、改めて心房細動という病の複雑さ、複雑系としての心房細動、ということを痛感します。

現在、アップストリーム治療はもっとおおまかに臨床に即して考えられるようになっており、心房細動を成立させるリスク因子(高血圧、糖尿病、心不全、弁膜症、肥満、甲状腺疾患、冠動脈疾患、アルコールその他もろもろ)をもれなく管理しようというより包括的な概念に変わってきています。

そしてそれらのリスク因子を管理することで、心房細動の発症のみならず予後を改善しようという地平までわれわれの視野は広がりつつあります。

「様々なリスク因子を管理し、心房細動発症のみならず、予後改善も目標とする」これが現代版アップストリーム治療ではないかと考えます。

それにしても不整脈診療の歴史とは、「ダメ出しの歴史」なのですねえ。
CAST試験で心筋梗塞後期外収縮への抗不整脈薬がダメ出し、AFFIRMで心房細動の抗不整脈薬にダメ出し、そしてARBのアップストリーム治療にダメ出し。。。

こうしてみると50年間王座を守っていたワーファリンという薬は返す返すも偉大な存在なのです(まだ「偉大だった」という表現は使えませんですねえ)。その点NOACは今のところ大きなダメ出しはないようですが。。

こうした内容を含む、より各論も交えての特集があるサイトで今後アップされる予定ですので、ご笑覧いただければ幸いです。近くになりましたら、お知らせいたします。
by dobashinaika | 2013-10-11 00:32 | 心房細動:アップストリーム治療 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
Covid-19
未分類

タグ

(44)
(40)
(35)
(32)
(29)
(28)
(26)
(25)
(24)
(23)
(21)
(21)
(20)
(20)
(19)
(19)
(14)
(14)
(13)
(13)

ブログパーツ

ライフログ

著作
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法 [PR]


プライマリ・ケア医のための心房細動入門 [PR]

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌] [PR]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味 [PR]


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から [PR]


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) [PR]


健康格差社会への処方箋 [PR]


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書) [PR]

最新の記事

心房細動治療のShared ..
at 2025-03-02 18:55
心房細動アブレーションのタイ..
at 2025-01-05 12:11
JAMA Networkによ..
at 2025-01-04 17:33
ヨーロッパ心臓病学会の新しい..
at 2024-09-01 23:53
心房細動とHFrEF:昔から..
at 2024-08-18 21:39
AF burden :新たな..
at 2024-08-15 14:46
高齢の心房細動患者における2..
at 2024-06-25 07:25
2024年JCS/JHRS不..
at 2024-03-21 22:45
日本独自の新しい心房細動脳梗..
at 2024-03-17 22:31
心房細動診療に残された大きな..
at 2024-01-03 23:00

検索

記事ランキング

最新のコメント

血栓の生成過程が理解でき..
by 河田 at 10:08
コメントありがとうござい..
by dobashinaika at 06:41
突然のコメント失礼致しま..
by シマダ at 21:13
小田倉先生、はじめまして..
by 出口 智基 at 17:11
ワーファリンについてのブ..
by さすけ at 23:46
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29

以前の記事

2025年 03月
2025年 01月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 06月
2024年 03月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 08月
2023年 06月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン