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心電図健診や術前心電図は本当に必要か?

本日は仙台市医師会学術部勉強会兼産業保健研修会が開催され、「健診で見つかる心電図にどう対処するか」というお題でお話させていただきました.

健診でみつかる異常心電図のほとんどは予後良好です。

健診心電図の考え方は
1。”心電図を見る→その(心電図を呈するようになった)背景を見る。→その心電図の予後を知る”というアルゴリズム
 2。”12誘導心電図だけで基礎心疾患の有無を見抜く方法”

などを実例に沿ってお話しいたしました。

で、その前に、そもそも「健診に心電図は本当に必要か」というどんでん返しを講演の最初に持ってきてつかみにしました。
昨年米国内科専門医認定機構(ABIM)の呼びかけに基づいて、米国の9学会が公開した「Choosing Wisely」では米国家庭医療学会が「症状のない低リスク患者に対する毎年の心電図検査あるいは他の心臓スクリーニングを行なってはならない」との声明を出しています。
http://dobashin.exblog.jp/16204336/

その根拠となるUSPSTF(米政府予防医学作業部会)のエビデンスレポートでは、運動負荷心電図後に冠動脈造影を受けたリスクは0.6〜2.9%に上るとされ、低リスク患者に心電図を施行することの害が利益を上回ると結論付けています。

すべての検査には偽陰性(FN)と偽陽性(FP)があります。日本の健診はなるべくFNつまり見逃しを恐れて、低リスク例にも一律に検査を施行し、また検査閾値を低く設定する傾向になっていると思われます.一方FPつまり過剰診断については、もしそこでたとえばカテーテル検査までして陰性の診断がついても、病気じゃなくてよかった、やっぱりやって良かった、ということになりがちで、検査に伴う被曝量、造影剤の副作用、コストを顧みることは何となくヤボであるという空気が支配しているのではないかと思われます。

しかし、念のためという名の下で行われている侵襲的検査(冠動脈造影や冠動脈CTなど)、果ては治療(ステントやカテーテルアブレーション)は、正確な統計さえないものの、かなりの件数に上るように思われます。このような侵襲的検査、治療の適応決定に関し、完全に術者主導になっている点も拍車をかけているように思います。ましてやコストパフォーマンスを考えた分析などなかなかに困難かと思います。

もちろん、肥大型心筋症等や徐脈性不整脈の早期発見などに寄与する健診心電図の役割は一定のものがあるとか思いますが、狭心症、良性の不整脈などに対する診断精度や価値はかなり低いものと思われます。

またたとえば、日本中で広く行われていると思われる、小手術に対する術前の心電図検査などについても「必要ない」と考えられることが多いと思われます.
2007年のACC/AHAガイドラインでは「リスク因子がない、または少なくとも1つの中等度リスクを持つ患者の血管手術術前の、スケジュールに組み込まれた心電図は余り強く推奨しない」とされています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=19884473

術前の心電図異常が患者の術後心臓合併症の予測にならないことも示されています。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed?term=12133011

往々にして医師は、検査をしないことでの見逃しを恐れ、また治療を施さないことの”無為の不安”を解消するため、「念のため」の検査を行い、「念のため」の抗菌薬投与を行い、「念のため」のステント治療をおこないがちです(たとえば狭窄があるというだけの理由で)。

これからは、見逃しの恐怖、何もしないことの不安から理知的に脱却し、しすぎることの副作用、弊害をも考えるべきでしょう.
過剰検査は、患者さんの不安感を募られ、過剰治療はコストを募られます。
今一度冷静に考えてみたいと思います。
by dobashinaika | 2013-07-17 23:39 | 循環器疾患その他 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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