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心房細動におけるリスクマネジメントの重要性と危険性

3日間更新しなかったのにはわけがありまして、6月1日に東京で「プライマリ・ケアからみた心房細動のリスクマネジメント」という演題名で主に循環器専門医の医師の前で講演することになっていたからです。専門医を前にしてプライマリ・ケア医の立場で話をするというのは結構プレッシャーでして、なんとなくアウェイ感を感じながらスライド作りをしたので、時間がかかりブログを怠っていたという次第です。

今回のテーマ、リスクマネジメントは最近ブログやネット上でたびたび触れておりますので、こちらなどを参照していただければ幸いですが、今回は[心房細動のリスクマネジメントモデル]を提出させていただきました。

骨子はこんな感じです。

【心房細動でなぜリスクマネジメント?】
・ 心房細動はcommon diseaseとよく言われるが、他のコモンな疾患とはちょっと違う点がある。
・ 1)コモンというには、抗凝固薬にしてもカテーテルアブレーションにしてもあまりにハイリスクハイリターン
例)ワルファリンの致死的出血のNNHは54。脳梗塞のNNTは38

・ 2)他のコモンにもまして、さまざまなリスクが複合して心房細動を成立させている一方、心房細動それ自体が脳梗塞や心不全のリスク因子となっている。しかも心房細動の予後は脳梗塞、心不全などより腎不全、COPD、がんなどにより強く規定されるかもしれない。
http://dobashin.exblog.jp/17196337/

・ 3)長い経過の中で治療オプションが豊富であり重大な意思決定場面が連続する
・ これらから導かれるのは、他のコモンにもまして、「リスクマネジメント」の視点が大事だということ(もちろん生活習慣病予防の時代で、どんな疾患もこの視点は大事だが)

【心房細動のリスクマネジメントモデル】
心房細動におけるリスクマネジメントの重要性と危険性_a0119856_8395379.png

・ 1.リスク評価 2.リスクコミュニケーション 3.意思決定 4.リスクヘッジ、の4ステップを提出

・ 1.リスク評価;心房細動のリスク評価法は、既に確立されている。すなわちCHADS2スコアまたはCHA2DS2-VAScスコア。最近R2CHADS2スコアやQstrokeが出ているが、プライマリ・ケアにはなじみにくい
・ リスク評価はこうしたスコア評価=生物学的評価のほかに患者さんの「心房細動」あるいは[抗凝固薬][アブレーション]に対する解釈モデルを聞き出し、患者さん自身がリスクをどう捉えているのかまで評価することが大切。つまり心理社会学的評価も大切

・ 2.リスクコミュニケーション:解釈モデルを聞いた上で、患者さんが心房細動をどう捉えているのか、知識ニーズは何か、不安な点は何か、生活や仕事のどの点に影響があるのかなどを把握し、患者さんにとっての優先順位を優先してよく話し合いたい。この際、以下の3点を心がける
  ①治療のゴール=脳梗塞にならないということをしっかり示す
  ②リスクベネフィットを提示する。提示の仕方は患者さんのリテラシー(ニューメラシー=数値理解力)が関与しなかなかに難しい
  ③リスクを減らす方法を提示する

・ 3.意思決定:意思決定は最も難しい作業。この際、「各オプションの禁忌]を踏まえた上で「クリニカルエビデンス」「患者の好み」「医師の専門性]のEBMの3要素を総合的に考えるフレームワークが参考になる
心房細動におけるリスクマネジメントの重要性と危険性_a0119856_8425268.jpg

(例:プラザキサを選択する場合の意思決定フレームワーク)
・ 3要素はカテゴリーミスマッチなので、本来的には総合して考えることはできないが、それでもその場で最適解を求めなければならない(それが医療)

・ 4.リスクヘッジ:意思決定をし、例えば抗凝固療法を開始したあとでも、出血リスクをできるだけ減らす解く努力は常に必要。特に血圧管理は大事。今後超高齢者の心房細動管理が最大の問題となるが、その際もいかに出血リスクを減らしながら、血栓塞栓症を予防していくかが最大のミッションとなる。

【結論】最終的に、こうしたリスクマネジメントの先に見えてくる最終ゴールは「何が問題なのか」「何がゴールなのか」「患者、医療者お互いの役割は何か」について共通の理解基盤を発見すること(finding common ground)であって、患者さんの生命予後やQOLと言ったアウトカム改善はcommon groundが形成されれば二次的に成立していく。

という感じで、最後PCCM (patient centered clinical method)にまで言及する壮大な(笑)ストーリーになっています。

ここまでまとめてスライドにするのに、結構時間を食ってしまいました。まあ現時点では心房細動診療モデルとしてまあまあかと自賛しているのですが・・

それでですね。ここまではいわば表ネタでして、ホントはリスクマネジメント思想の持つ落とし穴というか、確率的病因論の持つ危うさにも言及しようと思ったのですが、さすがにそこまで勉強会の場で言うこともないと思って控えました。

それはたとえば、リスク評価の時、CHADS2スコアなら「高血圧」や「糖尿病」など計測可能なリスクだけを「リスク因子」として扱うことのあやうさです。脳塞栓症に関係するリスク因子は他にもいっぱいあります。しかし、だからと言って最近出たQstrokeのように18項目にも及ぶ危険因子を設定すればそれで足りるという問題ではありません。たとえば、[低所得][教育環境]「家庭環境」こういった社会的因子はリスクスコアには組み入れられないのが通常です。組み入れられている研究ももちろんありますが、ガイドラインやスコアリング化の段になるとまず顕在化されません。一般に各種疾患で認定されてスコアリング化される危険因子は、医療者や患者の責任に帰結できるような生物学的因子(高血圧、糖尿病、喫煙、肥満など)に限られるわけです。つまりリスクを「モノ」として扱う、特に当事者の健康問題としてのみ扱うことのできるように変換されたのがいわゆるリスク因子なのです。そのセレクションはだいぶ恣意的です。

現在病因論として広く認知されている、いわゆる確率論的病因論では、リスクを確率として扱うため、数値化されやすいリスクしか問題にされないという危うさを含むわけです。数値化されていない、あるいは数値化の難しいリスクに関してはとりあげられません。そのリスクが完全に排除された時、そういう新たな生体環境になった時にまた新たに別のリスク因子が出現するかもしれません。今のところそうした未知の因子についてはランダマイズという方法で克服していますが、各種RCTの追跡期間は大体5年程度です。超高齢化社会下での新たなリスク因子出現といった問題に対応出来ません。

ということで、長々書きましたが、「リスクマネジメント」という言葉を使う場合は、要するにマネジメントしやすいリスクにしか目が向けられない。もっと言えば、我々はリスクの囲い込みをしているにすぎないということを、根底に気づいていてリスクマネジメントをすべきである。というようなことを裏のリスク論として、訴えたいと思うわけです。これをスライドなどにして、心房細動の勉強会で言及するのはさすがにKYだったのでしませんでしたが、いつかそんな話が出来る機会があればと思います。
by dobashinaika | 2013-06-02 23:12 | 心房細動診療:根本原理 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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