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”森口騒動”で考えたこと-「科学における不正行為」と「メディアの誤報」そして科学リテラシー

今日は、心房細動を離れて先週来続いているいわゆる「森口騒動」についてちょっと考えたことをつらつらします。

今日昼休みたまたまテレビを見たら、件の「森口氏」の自宅の賃貸がどうのこうのとかといったまさしく瑣末なことをとりあげ、これまでにもあった捏造行為や経歴詐称の非を厳しくあげつらう内容でした。

もちろん件の氏に「不正行為」があったことは間違いなさそうだし、それに関する検証と責任の追求は、今後のiPS細胞の臨床応用にも大きな影響を与えるだけに、しっかり行われるべきであると思います。

しかし、こうした「科学における不正行為」は以下のWikipediaを参照するまでもなく、古今東西各分野で枚挙に暇がありません。誤解を恐れずに言えば科学に不正行為はつきものと言っても過言ではないかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/科学における不正行為

まず押さえるべきは、科学者がこのようにくりかえし不正行為をしてしまう大きな構造、例えば容易にデータを改ざんできてしまうような組織内部の構造、スポンサーとの利益相反、論文の査読体制など、こそなのです。そしてそうした構造を生み出すに至る虚栄心、功名心、要するに人間心理のエゴにまでメスを入れるべきなのです。

メディア(特にワイドショー的な番組)にそこまで求めることは酷としても、そうした「構造」を検証することなしに個人の非ばかりを強調する報道姿勢には暗澹たる気持ちにさせられるのです。

次に、言うまでもなく今回のより大きな問題は、もう散々言われているように「メディアにおける誤報」です。これに関してもやはり古今東西、様々なメディアで各種の誤報がなされています。しかし今回のメディアの報道ではこのことを大々的に取り上げる空気は薄く、表面的な論議に終始している感があります。
http://ja.wikipedia.org/wiki/誤報

ここでも我々は、今回読売新聞の記者某の非や責任をあげつらうだけではなく、古来より過熱報道、誤報道が繰り返されるその構造をこそつまびらかにし、誤報道がなされてしまうようなチェック体制の甘さ、商業主義、他社との競争といった大きな枠組みの中で今回の問題を考えるべきだと思われます。

今回の問題においては、まずこうした「科学における不正行為」と「メデイアにおける誤報」とを峻別して論ずるべきです。そしてそれぞれに、それらを成り立たせている構造、その根底にある人間心理にまで立ち入って検証していく、という視点が必要です。そうした視点なく、ただ個人的不正、一新聞社の勇み足として済ませてしまっては何の生産的論議もなく、また歴史が繰り返されるだけです。

そうした論議を踏まえて見えてくるものがあります。それが「科学情報を読み解く力」つまり科学リテラシーです(リテラシーってあまりにも使われすぎていて、現時点であまり好きな言葉ではないですが)。

今回の場合、どうして読売新聞の記者が真偽を見抜けなかったのか。そしてさらに、我々読者、一般人が、ノーベル賞受賞直後の状況の中でかの情報を鵜呑みにしてしまったのではないか。かく言う私もあの日の一面を見た時、「うそだろう」と思う反面、ハーバードとMGHが緊急避難で認可したんだったらありえるかな、と思ってしまったのです。

そもそもメディア上の科学情報は、その妥当性信頼性において玉石混交であり、玉もあれば石もあります。しかしそれらの情報には、ある程度のエビデンスレベル、まあいわゆる格付けが存在していて、特に情報の信頼性に於いて、その点を常に考えながらメディアに接していくことが大切です。
(この読み取り方についてはこちらなど参照)

今回の騒動は、はからずもそうしたリテラシーについて、つまり科学情報をどのように読みとくかということについて、メディアにも、そして一般の人達にも広く考えるためのある意味と良い契機とも言えたのです。

例えば私は、今回の新聞の切り抜きを患者さんなどにお見せし、科学情報に格付けがあること、どのポイントを読めばそれがわかるのかなどを一緒に考える機会を作りたいと本気で思ったりしています。

このように科学リテラシー論議の一石となる機会なのにもかかわらず、それを瑣末な個人批判に収束させるような愚は厳に慎むべきです。

・ 森口騒動は「科学における不正行為」と「メディアにおける誤報」とを分けて論ずるべき
・ その時そうした行為、そうした誤報を個人批判に収束させるのでなく、それらを成立させるにたる「構造」を考察すべき(両者に相似な構造があるように思いますが)
・ この問題の根底に横たわる科学情報に対するリテラシー向上に向けた論議をすべき


今回の騒動で私がちょっとだけ広く主張したいこと、学んだことはこんなところです。メディアに対して最大限に怒りながらです(笑)。
by dobashinaika | 2012-10-16 00:42 | 医療の問題 | Comments(0)


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