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意思決定の最後の後押しとしてのEBMの3要素:心房細動のアブレーションは第1選択か?についての一考察

今日(もう昨日になりましたが)は、土橋内科医院に代診を頼み、横浜で開かれました第27回日本不整脈学会に出席しました。

午前中は「DebateII 心房細動のマネージメント」を聞きました。メモ書き程度ですので、印象に残った言葉のみ羅列する形でレポートいたします。
Debateですので、各演者は本当の自分の本音ではなく、賛成反対それぞれの立場になりきって発言を繰り広げたわけですが、ところどころ本音がかいま見えるところがなかなかに興味深かったです。
あくまで演者ご本人の考えではなく(かなり近いとは思われますが)、その立場での発言であリ、挑発的と思われる表現はあくまで役割上の言葉であることをご留意ください。

【テーマ1:発作性心房細動のアブレーション治療は。。。】
◎第1選択である:熊谷浩一郎先生
・心房細動のある人は発症15年で死亡率35~45%。これは大腸がんのステージIVと同じ
・アブは抗不整脈薬治療より予後もQOLも改善効果が高いことのエビデンスは多い
・抗不整脈薬は「死」の薬。服薬した0.5~5%に心停止を認めたとの報告あり。トルサード・ド・ポワンというのは「殺人事件」
・アブは心房のみに介入。抗不整脈薬は心室にも手が入る
・「心房細動アブレーションはQTを延ばさない」by 熊谷浩一郎
・心房細動アブレーションで腎機能が良くなるとの報告あり
・自施設ではアブ後ワーファリンなしでも脳塞栓はかなり低率
・患者さん100人に聞きましたをおこなうと、「薬を飲みたくない」「薬の副作用が怖い」「アブのほうが薬よりいいが95人」
・ガイドラインは医師が決めているが患者の希望とのズレがある
・ガイドラインから「薬剤抵抗性」「有症候性」の言葉を消したい
・心房細動アブレーションは(かなり)やっている施設ではもはや確立した治療。90分で終わる。WPW症候群を治すような感覚に近づいている

◎第2,3選択である:山下武志先生
・アメリカのガイドラインは「アブは薬を使ってから判断」を推奨度クラスIにしている。1回再発してだめだったらアブを考慮は推奨度IIa
・JAMAの2005年のアブの優位性を示すペーパーはエンドポイントがサロゲートであり、予後をエンドポイントとするとアブ、薬全く変わらなくなる
・日本のカテーテルアブレーション研究会データでも、とほとんどがアブ前に薬を服用しており、アブ後の服用もみられる
・アブは「防水スマホ」。一見良いと思うが、やはり買うときにはいろいろショップへ行ったりして調べる
・人間は「try and error」するものである。試供品を試すということも必要。アブレーションという外車に乗る前のミニ体験試乗会があってよい

### 私はこのデベートを聞いていて、「医療上の意思決定」が何で決まるかということを考えていました。EBMの父、Sackettは「臨床上のエビデンス」「医師の専門性」「患者の選好」のトリアスを提唱しました。これ「EBMの」3要素というより、臨床上の「意思決定のための」3要素と呼んだほうが適切と思います。

そもそも我々が意思決定をする場合、まずその問題について意思決定しようという意思決定(メタ意思決定)をしているわけで、アブレーションか抗不整脈薬かというテーマが今浮上すること自体、両者が簡単には決められない選択であることを示しています。哲学者のフォルスターは「原理的に決定不可能な問題だけを我々は決定することができる」と説きました。これはよく考えればそのとおりのことなのですが、それでも言われてみると衝撃的です。このことは誰もが論理的に推論すれば結論に到達する問題には意思決定の必要性はないことを示しており、逆に言うと決定不可能な問題においては所詮、その解に必然性はないということが言えます。

意思決定論に関する幾つかの成書を読みますと、どの成書にも意思決定には「規範的意思決定」「記述的意思決定」とがあることが書かれれています。規範的意思決定とは問題を明確に提起し、上記の論理的に考えれば解答に到達し得る問題に有効で、例えば航空会社が長期的需要や季節変動に応じて、利益が最大となるように飛行ルートや便数を四半期ごとに調整する場合などに用いられており、コンピューターの力も必要とする演繹合理主義的アプローチです。

一方、サイモンは個人の認知、知識、計算能力には限界があり、規範的プロセスよりも実際のプロセスを記述しそれを説明することによって意思決定を目指す経験合理主義的アプローチの重要性を指摘しました。言うまでもなく医療上の意思決定に適しているのはサイモンの言うようなアプローチですね。もともとアブレーションか薬かという問題は方程式のように「唯一正しい」解を得ることはできませんので、「そのときにおいて」「当事者が」最適であると許容できるもの、妥当と思われるものを選ぶしかありません。サイモンはこれを「満足化原理」呼びました。

前置きが長くなりましたが、いかにその時点で患者さんと医者が満足する答えを出せるかがEBMの3要素にかかってるといえるのはないかと思います。その視点から考えるとエビデンスの点では洞調律維持効果はアブ、副作用はどっちもどっち(医師依存性大)。医師の専門性においてはこれこそ施行する医師に大きく依存。患者さんの選好はおそらくはじめは薬選択を希望する人が多い。というところが現時点で私が考える”状況”です。

ここまで来ると、アブか薬かというこの問題でまず解決しなければならないポイントは、どちらにせよこのような専門性の極めて高い医療上の意思決定ほど「医師の専門性」が大きく関与してくる、ということのように思われます。アブレーションの洞調律維持率が高いか否かは、アブレーション施行医のスキルに大きく依存します。同様に抗不整脈薬で危険な副作用をきたすかどうかも、それを処方する医師の力量が極めて大きな要素となります。ここを考えずして、アブか抗不整脈薬かの決定は不可能です。現在いずれにおいても、患者さんが医師や医療施設の質を知るすべに非常に乏しいことは指摘すべき点です。

その上で、やっぱり、アブレーションという「管を心臓に入れて焼く」ことに対する怖さとか不安とかを十分考える必要があります。これについてはほんとうにその人にしかわからない基準であり、「演繹的合理的に」決めようのない要素と言えます。同じように「薬を長期にわたって飲む」ことの負担も勘案が要ります。

で、ここからが大事なのですが、結局エビデンスも医者の専門性も患者さんの選好も、「はっきりどちらか決められない性格のもの」であることは間違いありません。アブのリスク、薬のリスクは生か死かなどという二分法でなく、定量的な概念ですし、医者の専門性や患者さんの好みに至っては定量化すら困難かつ良い悪い、好き嫌いと二分法で決められない概念です。

二分法で決められない判断材料に基づいて、最終的に「する」「しない」という二分法の選択をせざるを得ない。意思決定とはグラデーションの世界から二分法の世界へので大きな飛躍であるということができます。で、いろいろ考えて、バンジージャンプがごとく最終的に飛びなさい、と後押しするのがエビデンスなのか、自分の専門性なのか、患者さんの好みなのか、がケースバイケースであるのだ、ということだろうと思います。そしてアブのような専門性の高い医療行為ほど、医者の専門性が最後の後押しになりがちであると思うのです。

僕自身は、最後の後押しは、やっぱり患者さんの好みということを死守したいタイプでありたいと思いますが。。

今日のディベートはその意味できちんと上記3要素に言及されており、日本の不整脈医療界を代表する2人の「役者」におよるきわめてエンタメ性の高いものであったと思われます。

他にも2つテーマがありましたが、書きすぎましたので、また後で。

おまけ;;バンジージャンプの後押しがエビデンスばっかりの人(EBM至上主義者)、医者の専門性第一の人(スーパー専門医)、患者の好み第一の人(?)で仮想ディベートを書いたら面白いだろうな、と思いました^^
by dobashinaika | 2012-07-08 00:35 | 心房細動:アブレーション | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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