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専門医ももはや臓器専門医ではいられない-リスク認知の共有をめざしてー

昨日、心房細動抗凝固薬療法の勉強会があり、プライマリケア医の立場から、当院の取り組みについたお話させていただきました。

最近この分野の研究会によく参加するのですが、循環器専門医だけでなく、神経内科医、血液専門医、ときには内視鏡専門医も加わり、さながら血栓塞栓をめぐるコラボレーションの像を呈する観が、あります。

以下はこの勉強会にインスパイアされて、帰りの新幹線で考えたことです。長いので2部構成です。

1)不整脈専門医はもはや不整脈専門医ではいられない。
今まで心房細動診療といえば、イオンチャネルの延長短縮を考え、抗不整薬を取っ替えひっかえするという感じのものでしたが、今や様相は一変しました。なぜでしょうか?

言うまでもなく、心原性脳塞栓症が、加齢に伴う全身性血管性疾患だからです。そして人生80年時代となり、様々な人体における修復機構が、数十万年に及ぶ飢餓、怪我、感染、乏塩の時代から、超急速に飽食の時代となったことについていけなくなったからです。

尊敬する鹿児島大学の丸山征郎先生は「現代人は”背広を着た縄文人である”」と評し、血管内あるいは心房内血栓の生成は、生体が出血と血管内皮や心内膜の動脈硬化性変性を識別できないための過剰な防御反応によるものと看破されています。心原性脳塞栓の基本メカニズムが、心内膜変性と凝固系の過剰防御であるならば、心臓だけを語ってもしかたがないわけで、臓器横断的、分野横断的な視点が求められるのも当然なわけです。また同様に心筋梗塞、脳梗塞、CKDなど他のあらゆる動脈硬化性疾患を考える上で、もはや○○専門医を標榜はしていても、単なる臓器専門医だけではいられない時代であると言えます。

考えてみれば、内科一般の疾患を見回してみると、例えば臓器横断的視点を要求される疾患として膠原病がありますし、多くの感染症、内分泌疾患も同様です。一つの臓器だけを考えていれば良い分野など実は稀です。

一方、循環器専門医、とりわけ不整脈専門医はこのような横断的知のスタンスからは、非常になじみの薄い人種であると言えます。多くの不整脈は最終的にイオンチャンネル異常として基礎付けが可能であり、その可視化は心電図が主であり、その他の臓器や病態生理に目を向けることは稀有でした。しかし今やそれだけではやっていけません。

このように、心房細動を始めとする循環器疾患を見るには、臓器横断的知識が要求される時代となりましたが、われわれは果たして知識だけ勉強して取り入れていけば良いものなのでしょうか?

2)真の臓器横断的知とは
抗凝固療法の講演会などでよく感じるのは、循環器専門医、神経内科専門医、血液専門医、消化器専門医等々、それぞれの立場で、疾患や患者さんの見方考え方が大きく違うことです。専門が違うので、知識も違うし見てきた患者さんも違うので当然ですが、いったいその違いの源泉は何なのでしょうか?

私流にその源泉に言及するならば、それは「患者さんのリスクに対する考え方の違いに由来する」のだということです。

循環器専門医は、抗凝固薬を処方する場合、患者さんの脳出血リスクを非常に恐れます。医者は「為さなかった行為」に関連する事象(心原性脳塞栓)には自己責任を感じにくい反面、「為した行為」に関連する事象としての出血には非常に敏感です。そしてその経験はトラウマとなって、医者人生の中でずっと尾を引きます。世界的なワーファリンアンダーユーズの原因はこの心理にあります。

翻って神経内科専門医から見れば、脳塞栓の25%はCHADS2スコア1点以下であり、ワーファリン使用率は目を覆うほど低いという現状を明確に知っています。しかも当然やるべきことをやっていなかった帰結としての超重症ノックアウト型脳梗塞患者さんを日々診療されています。「為さなかった行為」に対するリスクを非常に重視します。

また循環器専門医は、たとえば内視鏡手術や生検における出血リスクに関しては鈍感です。脳塞栓のインパクトに比べれば消化管出血はそれほどのことではないと思います。実際人体への影響としてはそうなのかもしれませんが、出血の処置に直接携わる消化器専門医の出血リスクを重視する感覚に比べるとその重みにはかなりの違いがあると思われます。

上記の状況を私なりに一言で言うならば、「医者は自分の目の前のリスクを過大評価し、他分野に及ぶリスクを過小評価する」ということかと思います。

神経内科専門医は、とにかくしっかり抗凝固薬をそれも十分量処方してほしいと願うし、一方の循環器専門医は、そんな事言っても現実はなかなか難しいし、患者さんの不安もあるし・・・・と考えます。同じ患者さんを前に、コラボ的診療は当然必要と考えながらも、リスクに対しては大きな隔たりがある。以前もブログで話題にした「専門医間のツンデレ関係」です。

このスレ違いを解消する方法としては、まず上記のように各立場でリスクの捉え方に違いがあり、自分たちは小さく見ているリスクを他分野の医師は大きく見積もるということを理解し合うことが大切かと思います。

その上でやはりリスクというものに、上記のようなバイアスをはずして客観的に捉えるということが何より大切です。そのためのCHADS2スコアであり、CHA2DS2VAScスコアです。これらのエビデンスを、各立場からあくまで患者中心に客観的に捉え、一次予防として何が必要なのか、二次予防としてどこまですべきなのか、内視鏡処置の時のリスクはどの程度なのか等々の問題をディスカッションすべきだろうと思います。

今後はこうしたコラボ勉強会のあり方も、単なる講演会形式ではなく、たとえばあるひとつの症例にたいして各立場から、自分の立場からはこの患者さんのリスクはこう考えてこう対処する、といったようなカンファランス形式のような形を創出することも一法かもしれません。

最近良く行われるようになった各専門家間のコラボは、単なる知識の共有だけでなく、リスクとリスクに対する考え方に関する共有=リスク認知の共有を最終的なミッションとするのだ、としみじみ思いました。
by dobashinaika | 2012-06-17 22:53 | 抗凝固療法:全般 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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