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症例に基づいたワーファリンの実践的中和法:Circulation誌の総説

Circulation 6月12日号  Clinical Updateより

Reversal of WarfarinCase-Based Practice Recommendations
Circulation.2012; 125: 2944-2947


ワーファリン過量の際の中和法について、ケースに基づいた論説です。

74歳女性、救急外来受診。内出血。心房細動でワーファリン服用。最近trimethoprim/sulfamethoxazole服用開始。INR8.6

・原因は抗菌薬
・理由なくINRが3.0を超えることは珍しくない
・原因に関係なく、出血の有無を確認すべき
・INR>5で無症候→ワーファリン少なくとも1回の服薬中止。頻回のモニター必要

・この症例では低用量経口ビタミンK服用でINRはすみやかに正常化されるだろう
・ビタミンKは頻用されるが、大出血に対する短期効果は定かではない
・INR5.0~9.0の無症候者1104名の観察研究(90%がワーファリン中止のみ):30日以内の大出血は0.96%
・INR>6.0の無症候者114名の最近の観察研究(ビタミンKなし);14日以内の出血5例、4,4%(1.4〜9.9%)
・筆者らの割付研究:
 P:ワーファリン服用でINR5~9の無症候患者355名
 E:1.25mg経口ビタミンK
 C:プラセボ
 O:INR正常化率。大出血
 結果:INR正常化はビタミンK群で早い。7日以内大出血は両群とも低率。90日以内大出血は差なし(2.5%vs.1.1%,P=0.22)

結論として、INR5-9の無症候者の場合、ビタミンKでINR早い正常化は可能だが、大出血リスクの低下は期待できない
・高齢、非代償性心不全、ワーファリン低用量、活動性悪性腫瘍はINR正常化を遅らせる要因
・このような出血高リスクにとっては、迅速なINR正常化のベネフィットは、大きいかもしれない

無症候性にもかかわらず、医師はビタミンK投与を決定。この時の用量、投与径路は?

・出血なし、INR>4.0→経口ビタミンK(1~2.5mg )で24時間以内にINRは1.8〜4.0に低下
・静注のほうが早く下がるが、24時間でのINR正常化率は同等
・皮下注射は経口よりINR正常化率が低く(50%未満)勧められない
・経口ビタミンK投与の2つのオプション
 1)5mgの1/4~1/2経口
 2)1〜2mg静注+オレンジジュースコップ1杯


86歳男性。胆石と閉塞性黄疸で入院中。24時間以内のERCPと内視鏡的摘出術予定。ワーファリン服用。INR2.3。肝機能正常。INRを正常化させる戦略は何?

・準緊急手術時の少量経口ビタミンKは、INRを正常化させ輸血を回避する
・すべての手術待機者でワーファリンを5日中止し、INR1.4-1.9の患者に1mgビタミンKを投与したところ、39/43 (90.7%)出、翌日INRが1.5未満に低下。ワーファリン再開は容易。

・ワーファリン中止の日にビタミンK1mg投与により、24時間以内に15人中10人がINR1,4未満になる
・術当日INRが正常化しない場合に限り、新鮮凍結血漿が使用される
・低用量のビタミンkは使用すべきでない。術前日の投与のみでは60%以上の人がINRの正常化に失敗したとの報告あり

52歳女性。人工弁患者。鼻出血。INR15.7。その他正常。圧迫ですみやかに止血成功。他部位の出血なし。

・ACCPガイドラインでは、「INR>9.0で出血なしの患者には、ワーファリン中止、高用量(2.5~5mg)ビタミンK経口投与により24〜48時間以内にINRは正常化される。頻回のモニター、数値に応じた追加投与を行い、INR正常化とともにワーファリンを再開する」とある
・中等度の質のエビデンスあり
・多くの臨床家は、塞栓リスクを恐れるため、低用量ビタミンKを投与する傾向あり
・加えて上記エビデンスでも、低用量ビタミンK投与で、塞栓症イベントは非常に稀
・推奨として、INR>10の出血無しは経口ビタミンK2.5〜5.0mg。INRは24〜48時間後測定。出血のいかなるサインでもあれば、速やかな入院、輸血を検討

37歳男性。静脈血栓塞栓症二次予防のためワーファリン服用。2日間下血と新しい大量出血のため救急外来受診。INR7.3

・ワーファリン関連出血の10%今日が30日以内に死亡
・50%が頭蓋内出血。消化管出血も危険
・INR是正のベネフィットを証明した上質エビデンスないが、可能な限り凝固系是正の努力をすべき
・静注ビタミンK必要。5〜10mg高用量静注で多くの患者は正常化される
・しかし最大効果発現まで24時間かかる
・暫定的に凝固因子製剤を積極投与すべき
・新鮮凍結血漿は広く使用される。しかし250ml投与では少量の凝固タンパクしか生成できない。1500ml以上必要
・対照的にプロトロンビン複合体製剤(PCCs)はビタミンK依存性凝固タンパクが豊富
・4因子(II.VII.IX,X)PCCsが効果的。3因子PCCsまたはVIIのないPCCsも効果アリ
・筆者の研究では新鮮凍結血漿なしでは3因子PCCsはINR正常化はされなかったが、別の研究では違うデータ
・PCC投与後の血栓についての研究は知られていないが、最近のメタ解析では1.8%以下
・この数字は高いが、投与しないと生命の危機のある患者であり、ワーファリン投与患者はより血栓のリスクが高いのである
・リコンビナントVIIa因子製剤は、よく使用されるが、実験では出血を止めることはできなかった。
・頭蓋内出血へのリコンビナントVIIa因子製剤は、10%以上の血栓塞栓症があったとの報告あり


### 長々書きましたが、この図が簡略化されてわかりやすいです。
症例に基づいたワーファリンの実践的中和法:Circulation誌の総説_a0119856_23511823.gif


出血あり:入院。ビタミンK10mg静注(30分以上かけて)+新鮮凍結血漿 or PCC

出血なし:
 INR>10:ワーファリン中止。経口ビタミンK2.5〜5mg。頻回の外来でのモニター
 INR 4-10:ワーファリン中止。頻回の外来でのモニター。経口ビタミンK1〜2.5mgを考慮(特に  出血高リスク者)


我々プライマリケア医が最もよく遭遇するのは、INR10未満で出血なしです。これにはワーファリン中止のみでも出血は大変少ないとの提言です。
大切なのは、本当に出血がないのかに関する詳細な問診、身体診察及び頻回のモニター、ということになるかと思います。

ワーファリンは出血時、これだけの知の蓄積があります。新規抗凝固療薬はこれについては天と地との差があります。最も新規抗凝固薬は半減期が短いので、単純に「とにかく中止」だけでたいていはよいのでしょうが。しかし出血症例では、やはりすみやかに止血できる製剤についての知がこれから積み上げられることが待たれます。
by dobashinaika | 2012-06-12 23:59 | 抗凝固療法:中和方法 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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