CHADS2スコア1点の人にワーファリンを投与すべきか?(再考)
Thrombosis and Haemostasis10月号より
Risks of thromboembolism and bleeding with thromboprophylaxis in patients with atrial fibrillation: A net clinical benefit analysis using a ‘real world’ nationwide cohort study
Thromb Haemost 2011; 106: 739-749
デンマークの大規模データベースから「リアルワールド」での抗凝固薬、抗血小板薬のNet clinical benefitを評価した研究
対象:デンマークの全国患者登録において非弁膜症性心房細動で退院した患者(1997〜2008年)、132,372名(!)
結果
1)高リスク例での血栓塞栓症ハザード比:ビタミンK拮抗薬をレファレンスとした場合=アスピリン1.81、ビタミンK拮抗薬+アスピリン1.14、無治療1.86
2)出血ハザード比:ビタミンK拮抗薬をレファレンスとした場合=アスピリン0.93、ビタミンK拮抗薬+アスピリン1.64、無治療0.84
3)Net clinical benefitはCHADS2スコア0点以上、CHA2DS2-VAScスコア1点以上において、ビタミンK拮抗薬単独ではゼロまたはpositive
結論:この大規模コホートでは血栓塞栓症予防に、ビタミンK拮抗薬は有効だがアスピリンは無効であった。ビタミンK拮抗薬とアスピリン投与により出血リスクも上昇したが、血栓塞栓症のリスクのある患者ではNet clinical benefitは明らかに陽性だった。
###この論文、ずっと気になっていましたが、全文を読んでからアップしようと思っていたの遅れてしまいました。
Net clinical benefitはSingerらが報告して以来有名になりました。ワーファリンの効果を塞栓予防効果と出血増加リスクの引き算で考える方法です。
具体的には、(ワーファリン投与前塞栓血栓率ーワーファリン投与後血栓塞栓率)ー1.5(ワーファリン投与後頭蓋内出血率ーワーファリン投与前頭蓋内出血率)で表されます。出血の方に1.5をかけているのは脳出血の方が脳梗塞より臨床的インパクトが強いとの判断からのあくまで恣意的な係数です。
イメージとしては、ワーファリンを投与した場合血栓塞栓が減る人数を出血が増える人数から引いたもので、これがマイナスでなければ効果ありと考えるという感じですね、
Singer論文ではCHADS2スコア1点例はこの値の95%CIがゼロをまたいでおり陽性とは言えないため、これをもってCHADS2スコア1点に対するワーファリンはグレーゾーンであるとの認識の一つの証左となりました。以下の図は有名ですね、

一方本論文は13万人もの大規模コホートを持ってしてこの結果を一蹴し、CHADS2スコア1点でもNet benefitはゼロを上回っており、有効としました。全文を当たってみますと
CHADS2スコア1点のNet clinical benefit;HAS-BLEDスコア2点以下の場合0.84 (0.70~0.99)、HAS-BLEDスコア3点以上の場合0.56 (0.16~0.95)
CHA2DS2-VAScスコア2点のNet clinical benefit;HAS-BLEDスコア2点以下の場合1.19 (1.07~1.32)、HAS-BLEDスコア3点以上の場合2.21 (1.93~2.50)
本論文がSinger論文と違う点は、脳塞栓のベースラインリスクが3.9%人年とSinger論文の1.19人年より高い点です。出血リスクは0.9%でやはりSingerらの0.48%より高くなっています。ワーファリン後の脳塞栓が1.67% (Sipplの表から)でSingerらでは0.59なので,単純に本論文では脳塞栓減少は2.23人、Singer論文では0.59人となり、これだけで差がついています。出血の方は本論文でワーファリン投与後の頭蓋内出血率が明記されていないようなので比較できませんが、脳塞栓リスクのこの違いが大きいと思われます。
日本人のCHADS2スコア別の脳塞栓、頭蓋内出血率が知りたいところですが、明確なデータはまだ出ていないようです(J-RHYTHM Registryに期待)。
Net benefitを左右する因子はこのようにベースラインリスク、ワーファリン投与後リスクに加えてワーファリンコントロール状況も大きいと思われます。Singer論文はTTRが65.4%と明記されていますが、本論文では明記されていないようです(多分これだけの数のため、データはないものと思われます)。Singer論文もTTRがもっと良ければpositiveになっていたとの思われますので判断に迷うところです。
私の個人的見解は、Singer論文も係数を1で計算すると、もう少しで95%CIがpositiveになる(=0.06~0.57)ことも考え合わせると、「CHADS2スコア1点は原則ワーファリン投与、ただしできる限りワーファリンコントロールを良くするように努める」というところに落ち着きそうです。もちろん塞栓症と出血のリスクは個々に考えることは基本コンセプトで。
Risks of thromboembolism and bleeding with thromboprophylaxis in patients with atrial fibrillation: A net clinical benefit analysis using a ‘real world’ nationwide cohort study
Thromb Haemost 2011; 106: 739-749
デンマークの大規模データベースから「リアルワールド」での抗凝固薬、抗血小板薬のNet clinical benefitを評価した研究
対象:デンマークの全国患者登録において非弁膜症性心房細動で退院した患者(1997〜2008年)、132,372名(!)
結果
1)高リスク例での血栓塞栓症ハザード比:ビタミンK拮抗薬をレファレンスとした場合=アスピリン1.81、ビタミンK拮抗薬+アスピリン1.14、無治療1.86
2)出血ハザード比:ビタミンK拮抗薬をレファレンスとした場合=アスピリン0.93、ビタミンK拮抗薬+アスピリン1.64、無治療0.84
3)Net clinical benefitはCHADS2スコア0点以上、CHA2DS2-VAScスコア1点以上において、ビタミンK拮抗薬単独ではゼロまたはpositive
結論:この大規模コホートでは血栓塞栓症予防に、ビタミンK拮抗薬は有効だがアスピリンは無効であった。ビタミンK拮抗薬とアスピリン投与により出血リスクも上昇したが、血栓塞栓症のリスクのある患者ではNet clinical benefitは明らかに陽性だった。
###この論文、ずっと気になっていましたが、全文を読んでからアップしようと思っていたの遅れてしまいました。
Net clinical benefitはSingerらが報告して以来有名になりました。ワーファリンの効果を塞栓予防効果と出血増加リスクの引き算で考える方法です。
具体的には、(ワーファリン投与前塞栓血栓率ーワーファリン投与後血栓塞栓率)ー1.5(ワーファリン投与後頭蓋内出血率ーワーファリン投与前頭蓋内出血率)で表されます。出血の方に1.5をかけているのは脳出血の方が脳梗塞より臨床的インパクトが強いとの判断からのあくまで恣意的な係数です。
イメージとしては、ワーファリンを投与した場合血栓塞栓が減る人数を出血が増える人数から引いたもので、これがマイナスでなければ効果ありと考えるという感じですね、
Singer論文ではCHADS2スコア1点例はこの値の95%CIがゼロをまたいでおり陽性とは言えないため、これをもってCHADS2スコア1点に対するワーファリンはグレーゾーンであるとの認識の一つの証左となりました。以下の図は有名ですね、

一方本論文は13万人もの大規模コホートを持ってしてこの結果を一蹴し、CHADS2スコア1点でもNet benefitはゼロを上回っており、有効としました。全文を当たってみますと
CHADS2スコア1点のNet clinical benefit;HAS-BLEDスコア2点以下の場合0.84 (0.70~0.99)、HAS-BLEDスコア3点以上の場合0.56 (0.16~0.95)
CHA2DS2-VAScスコア2点のNet clinical benefit;HAS-BLEDスコア2点以下の場合1.19 (1.07~1.32)、HAS-BLEDスコア3点以上の場合2.21 (1.93~2.50)
本論文がSinger論文と違う点は、脳塞栓のベースラインリスクが3.9%人年とSinger論文の1.19人年より高い点です。出血リスクは0.9%でやはりSingerらの0.48%より高くなっています。ワーファリン後の脳塞栓が1.67% (Sipplの表から)でSingerらでは0.59なので,単純に本論文では脳塞栓減少は2.23人、Singer論文では0.59人となり、これだけで差がついています。出血の方は本論文でワーファリン投与後の頭蓋内出血率が明記されていないようなので比較できませんが、脳塞栓リスクのこの違いが大きいと思われます。
日本人のCHADS2スコア別の脳塞栓、頭蓋内出血率が知りたいところですが、明確なデータはまだ出ていないようです(J-RHYTHM Registryに期待)。
Net benefitを左右する因子はこのようにベースラインリスク、ワーファリン投与後リスクに加えてワーファリンコントロール状況も大きいと思われます。Singer論文はTTRが65.4%と明記されていますが、本論文では明記されていないようです(多分これだけの数のため、データはないものと思われます)。Singer論文もTTRがもっと良ければpositiveになっていたとの思われますので判断に迷うところです。
私の個人的見解は、Singer論文も係数を1で計算すると、もう少しで95%CIがpositiveになる(=0.06~0.57)ことも考え合わせると、「CHADS2スコア1点は原則ワーファリン投与、ただしできる限りワーファリンコントロールを良くするように努める」というところに落ち着きそうです。もちろん塞栓症と出血のリスクは個々に考えることは基本コンセプトで。
by dobashinaika
| 2011-11-28 00:01
| 抗凝固療法:適応、スコア評価
|
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土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。
by dobashinaika
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筆者は、2013年4月以降、ブログ内容に関連して開示すべき利益相反関係にある製薬企業はありません
●医療法人土橋内科医院
●日経メディカルオンライン連載「プライマリケア医のための心房細動入門リターンズ」
●ケアネット連載「Dr,小田倉の心房細動な日々〜ダイジェスト版〜」
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