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プラザキサは良い薬。でもやっぱりワーファリンも好き。

われわれ医師は、薬についてそれがが本当に効いているのか(効果=ベネフィット)、および副作用が出ていないか(リスク)、につき常に注意を払う必要があります。
特に長期にわたって処方する生活習慣病対策の薬、降圧薬やスタチン、糖尿病薬、骨粗鬆症薬などは、処方開始の意思決定は一般的にベネフィット>リスクの場合に行われますが(あくまで医療者の論理では)、このベネフィトとリスクは処方開始後も長期にわたって確認されなければなりません。なぜならベネフィット、リスクは患者さんの年齢、服薬コンプライアンス、食事、生活状況、等様々な因子により刻々と変化するからです。

これらの薬は、その効果を直接見ることはできません。なぜならその効果とは「脳卒中にならない」「心筋梗塞にならない」「骨折していない」ことですが、それは「その薬を飲んでいないときに比べて」ですので、直接の可視化は不可能だからです。しかしながら、可視化できなくても、何らかの代用マーカーをモニターすることにより、この数字がこのくらいなら効いている、これ以上だと副作用が出やすい、というように推察することができます。いうまでもなく、血圧、血清コレステロール値、血糖値、骨密度といったサロゲートマーカーです。これらが、あまりにもスタンダード(この設定が難題ですが)からかけ離れていれば、ベネフィットが少ない、あるいは副作用のリスクが高いと推察し、それへの対処が可能となります。

ワーファリンにおける、PT-INRも効果判定とリスク予想に不可欠なサロゲートマーカーでした。ワーファリンの場合は治療域が狭いので、安全性確認のマーカーとしての側面が強いとは思いますが、でも患者さんも医師も、PT-INRが2.0前後だったら「効いている」と実感し「副作用」もないと安心しているのです。

さてプラザキサですが、この薬は直接トロンビンを阻害する薬剤でワーファリンのように治療域が狭くなく、安定しており、安全性のモニタリングは必要ないとされています。したがって毎月の採血が不要であり、この点もワーファリンに比べての利点として喧伝されることもあります。

しかしこれは本当に利点なのでしょうか?
まず、何のサロゲートもなく効果ありと考えてしまってよいものなのか。プラザキサの効果は18,000人を対象としたRE-LY試験でしっかり証明しているからと行って、それだけを「rely」して何十年も処方し続けることは、もう少し待てよという思いがよぎります。ワーファリンはINRがあるので、処方していて一応の「効いているな」「効き過ぎだな」などという実感がありました。プラザキサにはそうした実感を持つことはできません。唯ひたすら大規模試験の結果をrelyするのみです。
またアスピリンのように抵抗性を示す例がないのかも気になります。
一方。ダビガトランがサロゲートマーカーをもたないことは、150mgと110mgの使い分けもこのような数値的指標がないことに通じるわけで、個人的にはこうした使い分けこそマーカーによって判断したいと思ってしまいます。

さらに、ワーファリン処方にはまさに職人的なさじ加減が必要なことがあり、そこが医師の腕の見せ所(それほどのものでもないのかもしれませんが)という面もあります。INRが例えば2.52くらいだったけど、この人ならこのままでも次回は下がっているだろうとか、この人では0.25mg減量した方が良いだろう、といった細かな経験知を発揮することができましたが、プラザキサではそうしたものは不要であり排除されます。それこそがプラザキサの長所であり、一般化普遍化への重要な要件であることは十分承知ですが、これまで長年INRを見ながらワーファリンの微調整にいそしんできた身としては、なにがしかの味気なさを感じます。

RE-LY試験のサブ解析では、全血管イベント、非出血性イベント、死亡抑制においては、TTR(time in therapeutic range)が低いpoorINRコントロール例よりダビガトランの方が有効性は大でしたが、goodINRコントロール例ではダビガトラン150mgと同等の効果が確認されています。RE-LY試験の本試験はTTR良好例は64%にすぎませんので(そのためか出血合併症は3.36%/年と異常に多い)、INRが良好にコントロールされていれば,少なくともエビデンスだけを根拠にダビガトランに変更する理由はないように思います。

英語の"monitor"の語源は、ラテン語の”monere"で「思い出させる、気づかせる、警告する」という意味の言葉です。一方"monere"は"monster"=モンスターの語源でもあり、「モンスターのような奇怪なものは神々の警告である」と考えられてきたことに由来します。
プラザキサは,もちろんその簡便さと効果の点で何らワーファリンに勝るとも劣らない、良い薬であることは間違いありません。しかしその簡便さをモニタリングの煩雑さを回避したところに求めるとしたら、薬の処方行為というもの本質から言って、それはちょっと待てよという気がします。

われわれは、やはり何らかのモニターがあることで、モンスターを事前に察知し、安全と安心を獲得する生き物であるということ、そのモニターに基づいてあれこれ考えるのも医療の醍醐味であるということを、ちょっと気に留めてほしいと思い書きました。
by dobashinaika | 2011-05-17 00:04 | 抗凝固療法:ダビガトラン | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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