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プラザキサ導入から医療上の意思決定のあり方を考える

ワーファリンからプラザキサへの切り替え問題は、患者—医療者間の意思決定のあり方を考えるちょうど良い機会です。

社会心理学における態度決定に、「二重過程モデル」があります。それによれば、人が態度を形成するプロセスとして2つのスタイルがあります。一つは与えられた情報の内容を十分に考えた結果として態度を決める「中心的ルート処理」で、もう一つは情報そのものの内容ではなく、それを発信した人を信頼できるかとか、情報量が多いかどうかと行った周辺的な手がかりに基づく「周辺的ルート処理」です。このモデルでは説明できない事象も世の中にはたくさんあると言われいますが、医療における意思決定場面では、よく当てはまるように思われます。

昨今、患者の自己決定権がクローズアップされ、患者さんのリテラシーも向上してきています。とはいえ、細かな治療上の意思決定においては、まだまだ医療における情報の非対称性は厳然と存在しており、多くの場合は「周辺的ルート処理」の要素が強いと思われます。周辺的ルート処理とは端的に言えば、情報の発信元を「信頼」するという行為ですが、信頼の構築にはその発信元の『能力」と「誠実さ」の2要件が必要とされています(この要件では説明し得ない分野もありますが)。医師が、どの程度の診断治療能力があるのか、そしてどのくらい誠実に自分のことを考え対応してくれているのか、ということですが、このことは患者さんが医師を信頼する上でも、この2つしかないと思えるくらい大切な要素でしょう。

しかし、今回のプラザキサ切り替えには、もうひとつの要素が大きな位置を占めています。それはずばり「コスト」です。
プラザキサは、プライマリケア医が処方する薬の中でも最上位に高価ですので、高薬価は大変大きな要件です。それ以外にも、新薬であるが故に2週間しか処方できないため、通院が頻回になるためのコストも当面1年間は生じます。

中心的ルート処理ができる患者さんを考えてみましょう。こうした患者さんは抗凝固薬を飲むことをリスクをして捉えることができます。リスクの大きさは「ある事象の起こる確率」x「その事象が起きたときの重大さ」で決まるとされています。これまでワーファリンを飲むかどうかは、医師が脳梗塞や脳出血のリスクを提示し、その重大性を患者さんがどう受け止めるかという手続きの中で決定されていました。しかしプラザキサ服用においては、こうしたリスクベネフィットの視点のみならず、コストベネフィットの視点も大切となります。「確率」「重大さ」そして「コスト」の3要素を考える必要が生じています。「確率」はEBMでかなりの程度保証され、「重大性」はこの場合脳梗塞、脳出血ですので、誰にとっても最大限です(出血と梗塞ではやや違いますが)。
一方「コスト」にたいする認識はそれこそ人様々です。プラザキサ変更により、約5000円(3割負担)医療費が多くかかることをどう感じるか、2週間に1回病院に通うのを面倒に感じるか、こうしたことは全く個人的な事情に依存します。
同様に周辺ルートの判断要件である「能力」「誠実さ」といったものは医師の特性でしたが、「コスト」は上記のようにこれらとは全く異なる概念です。

このように、中心ルート、周辺ルートどちらをとったとしても、薬価、通院回数などに関するきわめて主観的な判断が求められます。ここの調整こそ、テーラーメイド医療、個別医療の範疇であり、医師がだけでは判断できない領域です。

もちろん、医療者にはこれまでも生活習慣病薬等の多数併用処方に対する批判があるように、常にコストを考慮する姿勢は求められています。しかし今回はワーファリンというきわめて低コストな代替法がある中での選択のため、よりそれへの判断が強調されることになったと思います。

プラザキサ切り替えには、こうしたコストの捉え方という新たなる個別性への配慮が求められていると思います。

参考文献:中谷内一也「安全。でも、安心できない。。。—信頼をめぐる心理学」(ちくま新書)2008
by dobashinaika | 2011-05-15 11:15 | 抗凝固療法:ダビガトラン | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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