人気ブログランキング | 話題のタグを見る

高齢者心房細動の抗凝固療法に関するレビューです

American Heart Journal2月号の高齢者心房細動に対する抗凝固療法のレビューです。
転倒リスクとの関係で抗凝固療法をとらえている点が非常に興味深いです。
思わずほぼ全訳してしまいました。結論部分だけでも大変重要な内容を含んでいますね。
Atrial fibrillation, anticoagulation, fall risk, and outcomes in elderly patients
Am Heart J 2011;161:241-6

【前文】
・ 心房細動患者は多く、増加中。65歳以上の5%
・ この先50年で2.5倍に増える
・ 心房細動があると80〜90歳で、23.5%脳塞栓が増加
・ 心房細動の脳塞栓は非常に重症
・ しかしながら多くの医師が出血の危険のためにワーファリン処方をためらう
・ 特に高齢者は転倒のリスクがあり、転倒による出血が抗凝固療法の禁忌と考えられている傾向がある
・ 今回のレビューで、以上の点を検討する

【脳塞栓予防】
・複数の大規模スタディやメタ解析において、心房細動患者の脳卒中予防の点でアスピリンのプラセボに対する優位性は、ワーファリンの優位性を同様に示されている。
・ワーファリンのほうが効果は大きい。

・ アスピリンの効果(対プラセボ)
➢3つのRCTのメタ解析では、RRRは21%(95%CI 0%-38%, P = .05)。
➢6つのRCTのメタ解析では、RRR22%、ARR1.5%(一次予防)、2.5%(二次予防)。

・ ワーファリンの効果
➢6つのRCTのメタ解析ではRRR62%(対プラセボ)
➢5つのRCTのメタ解析ではRRR36%(対アスピリン)

・ CHADS2スコアによるより詳しいリスク層別化を元に7度目のACCP/ACC/AHAガイドラインも作成されている。

【出血合併症】
・ 高齢者でのワーファリンによる出血リスクは良く知られている。
・ 50歳未満に比べ、80歳以上の出血リスクは4.5倍(95% CI 1.3-15.6)、補正後も同等
・ 65歳超のDVTリスクは1.3倍(95% CI 1.0-1.7)
・ 85歳以上の人は70~74歳に比べ脳出血リスクは2.5倍(95% CI 1.3-4.7)

・ 高齢者ではワーファリンによる大出血は致命的となる
➢脳内出血3ヶ月後の死亡率はワーファリン服用者52%cs.被服用者25.8%
➢ワーファリン服用は死亡の独立危険因子:OR2.2 (95% CI 1.3-3.8)

・ 医師は出血の恐怖以外に以下のような点でアスピリンを選択する
➢ワーファリンの狭い治療域、アスピリンの抗動脈硬化作用、患者の選好、モニターの必要なし、導入の簡便性

・ 他のインターベンションと同様に、医師はリスクとベネフィットを勘案しなければならない

【INRと出血、塞栓の関係】
#ワーファリン単独療法
・ 抗凝固療法では、塞栓リスクを出血リスクや他の合併症とのバランスが考慮されるべき
・ PTは強力な出血予測因子であり、INRは塞栓症のアウトカムと関連している。
➢脳塞栓既往例では、INR2.0未満は2.0以上に比べ30日以内の重症脳塞栓または死亡は3.4倍(HR 3.4, 95% CI 1.1-10.1)(訳者注:本文中不等号は誤りと思われます)

・ INR2~3が塞栓と出血の間のベストバランスと思われる
➢FangらはINR2.0未満に比べ3.5〜3.9は脳出血リスク4.6倍(95% CI 2.3-9.4)
しかし2.0〜3.0では1.3倍(CI0.8-2.2)
➢SPORTIF III, Vでは、出血率はINRコントロール不良群で2〜3のコントロール良好群より高い

・ 高齢者においては、特にINRの適正管理が必要

・ 抗凝固療法専門クリニックは出血合併症の減少に寄与するかもしれない
➢抗凝固療法専門クリニックはそうでないクリニッックより出血合併症が59%少ない

#アスピリンとワーファリン(併用)
・ アスピリン適応患者(ステント後など)でのワーファリンとの併用療法は重要な問題
➢SPORTIF試験ではワーファリン+アスピリンは(ワーファリン単独と比べ)脳塞栓、全身塞栓、心筋梗塞において同等
➢大出血は年間3.9%でワーファリン単独の2.3%より有意に多い

#アスピリン単独療法
・ ワーファリンの出血リスクを考えると、高齢者ではアスピリンを使うというのも医師のアプローチの一つである。実際効果のエビデンズも確かに存在する。
・ しかし塞栓予防効果はアスピリンの方が低いので、やはりバランスが問題
➢75歳超対象のバーミンガムのトライアルではアスピリン群とワーファリン群(INR2~3)で脳出血に差はなし
➢SPINAF II と日本のJAST trialではワーファリン群がアスピリン群より有意に脳出血が多かった

・ これらのデータからは、転倒リスクや出血の点でワーファリンよりアスピリンが良いことにはならない

【抗凝固療法と転倒リスク】
・ 加齢とともにワーファリンによる出血リスクは増加するが、転倒に起因した出血に特に焦点を当てた研究では、ワーファリン治療とこうした出血合併症とに関連がないことが示されている。
➢ワーファリン服用中で転倒を起こした379例のコホートのうち出血イベントは6%で、ワーファリン非服用者での転倒者2256例中の11%より少なかった(P = .01)
➢しかしながらこの研究にはバイアスがある。すなわちワーファリン服用者で転倒が少なく、合併症保有者も少なかった。
➢1,245人のメディケア受給者対象のレトロスペクティブ研究(ワーファリン投与者の50%)では、転倒リスクの高い者はそうでない者の2倍の脳出血率だった。しかしこの高リスクの定義には問題がある。

・ 転倒と抗凝固療法下での転倒による出血との関係を扱った研究はほとんどない
➢1つの高齢者対象のメタ解析では、高齢者での転倒しやすい傾向というのは抗凝固療法適応の重要な因子ではないとした
➢この研究ではQALYは1位ワーファリン、2位アスピリン、3位治療なしだった
➢このことは脳塞栓リスクが2%未満でなければ、正しいと言える
➢高齢者は年間300回転倒し、それによる出血リスクは脳塞栓抑制のベネフィットを上回るからである
➢以上のことは高齢者の転倒による脳出血リスクが低いことを示唆している

・ 脳塞栓率は過大評価され、合併症は過小評価されてきたのかもしれない。大規模試験の対象患者は実際の臨床より厳しくモニターされるからである
➢19,596例を対象とした転倒と抗凝固療法の関係を見た別の研究では、ワーファリンもアスピリンもICHとは関係なかった(HR 1.0, 95% CI 0.8-1.4 for warfarin and HR 1.1, 95% CI 0.8-1.4 for aspirin)
➢この研究では、脳塞栓のリスク増加はICH増加を上回った
➢転倒の高リスク例では、低リスク例に比べ脳塞栓は1.3倍多かった(95% CI 1.1-1.6, P = .002)
➢転倒高リスク例では、脳塞栓リスクはCHADS2スコア1ポイントごとにハザード比が1.42ずつ増加した(95% CI 1.37- 1.47, P < .0001).
➢一次エンドポイント(院外死、脳塞栓による入院、心筋梗塞,出血)は、CHADS2スコア0~1点例ではワーファリン服用の有無で差はなかったが、CHADS2スコア2〜6点例ではワーファリン服用者で有意に減少した0.75(95%CI0.61- 0.91, P = .004)

・ これらのデータから、転倒高リスク例では、CHADS2スコア2以上ならワーファリンの効用は大きいと考えられる

【将来の展望】
・ 高リスク例を対象としたACTIVE試験(ACTIVE A:クロピドグレル+アスピリンvs.アスピリン単独、ACTIVE-W:ワーファリンvs.アスピリン+クロピドグレル)では、ワーファリンはアスピリン+クロピドより勝った(ACTIVE-W)。しかしワーファリンに忍容性のない例ではアスピリン単独よりはアスピリン+クロピドの方が脳塞栓、全身性塞栓を減らした。ただし65歳以上では出血が明らかに増えた

・ これらのことは未だにワーファリンは中等度から高リスク患者のコーナーストーンであることを意味する


・ しかしながら新規抗凝固薬はこのバランスを変えつつある
➢RE-LY試験では,ダビガトランは低用量では塞栓症においてワーファリンと同等であり、出血はワーファリンより少なかった(RR 0.80, 95% CI 0.69-0.93)
➢ダビガトラン高用量では,塞栓症はワーファリンより少なく(RR 0.66, 95% CI 0.53-0.82)、出血は同等だった(RR 0.93, 95% CI 0.81-1.07)
➢重要なことは、どちらの用量でも脳出血がワーファリンより有意に少なかったことである(RR 0.31, 95% CI 0.20-0.47, low-dose vs warfarin; RR 0.40, 95% CI 0.27-0.60, high-dose vs warfarin)

・ 2010年の欧州心臓病学会でアピキサバン(Xa阻害薬)とアスピリンとの比較試験が発表され(ワーファリン非忍容性者)、50%以上のRRRであった。出血は容認できる範囲だった。

・ リバロキサバン(Xa阻害薬)のワーファリンに対する優位性を評価するROCKET-AF試験、アピキサバンのワーファリンに対す非劣性を評価するARISTOTOLE試験が進行中である。

【結論】
・ 高齢者心房細動においては、治療選択において困難さを伴う
➢薬剤相互作用、多い副作用、合併症などである

・ しかし、いくつかのデータでは、医師の意思決定は、塞栓症リスクよりも出血に対するリスクを多く見積もられ、左右されることが示唆されている。

・ 高齢者においても出血を上回る塞栓予防効果が明確に示されているにもかかわらず、高齢者ではワーファリンが、一般的に使われにくい。

・ 高齢者における転倒のリスクはワーファリン開始の絶対的、相対的禁忌とはならないと結論づけられる

・ 医師は、新規抗凝固薬の利用も含め、各患者ごとにリスクとベネフィットの重み付けをした上で意思決定すべきである。
by dobashinaika | 2011-02-23 00:32 | 抗凝固療法:全般 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


by dobashinaika

S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリ

全体
インフォメーション
医者が患者になった時
患者さん向けパンフレット
心房細動診療:根本原理
心房細動:重要論文リンク集
心房細動:疫学・リスク因子
心房細動:診断
抗凝固療法:全般
抗凝固療法:リアルワールドデータ
抗凝固療法:凝固系基礎知識
抗凝固療法:ガイドライン
抗凝固療法:各スコア一覧
抗凝固療法:抜歯、内視鏡、手術
抗凝固療法:適応、スコア評価
抗凝固療法:比較、使い分け
抗凝固療法:中和方法
抗凝固療法:抗血小板薬併用
脳卒中後
抗凝固療法:患者さん用パンフ
抗凝固療法:ワーファリン
抗凝固療法:ダビガトラン
抗凝固療法:リバーロキサバン
抗凝固療法:アピキサバン
抗凝固療法:エドキサバン
心房細動:アブレーション
心房細動:左心耳デバイス
心房細動:ダウンストリーム治療
心房細動:アップストリーム治療
心室性不整脈
Brugada症候群
心臓突然死
不整脈全般
リスク/意思決定
医療の問題
EBM
開業医生活
心理社会学的アプローチ
土橋内科医院
土橋通り界隈
開業医の勉強
感染症
音楽、美術など
虚血性心疾患
内分泌・甲状腺
循環器疾患その他
土橋EBM教室
寺子屋勉強会
ペースメーカー友の会
新型インフルエンザ
3.11
Covid-19
未分類

タグ

(44)
(40)
(35)
(32)
(29)
(28)
(26)
(25)
(24)
(23)
(21)
(21)
(20)
(20)
(19)
(19)
(14)
(14)
(13)
(13)

ブログパーツ

ライフログ

著作
プライマリ・ケア医のための心房細動入門 全面改訂版

もう怖くない 心房細動の抗凝固療法 [PR]


プライマリ・ケア医のための心房細動入門 [PR]

編集

治療 2015年 04 月号 [雑誌] [PR]

最近読んだ本

ケアの本質―生きることの意味 [PR]


ケアリング―倫理と道徳の教育 女性の観点から [PR]


中動態の世界 意志と責任の考古学 (シリーズ ケアをひらく) [PR]


健康格差社会への処方箋 [PR]


神話・狂気・哄笑――ドイツ観念論における主体性 (Ν´υξ叢書) [PR]

最新の記事

心房細動アブレーションのタイ..
at 2025-01-05 12:11
JAMA Networkによ..
at 2025-01-04 17:33
ヨーロッパ心臓病学会の新しい..
at 2024-09-01 23:53
心房細動とHFrEF:昔から..
at 2024-08-18 21:39
AF burden :新たな..
at 2024-08-15 14:46
高齢の心房細動患者における2..
at 2024-06-25 07:25
2024年JCS/JHRS不..
at 2024-03-21 22:45
日本独自の新しい心房細動脳梗..
at 2024-03-17 22:31
心房細動診療に残された大きな..
at 2024-01-03 23:00
東日本大震災と熊本地震におけ..
at 2024-01-02 16:11

検索

記事ランキング

最新のコメント

血栓の生成過程が理解でき..
by 河田 at 10:08
コメントありがとうござい..
by dobashinaika at 06:41
突然のコメント失礼致しま..
by シマダ at 21:13
小田倉先生、はじめまして..
by 出口 智基 at 17:11
ワーファリンについてのブ..
by さすけ at 23:46
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
いつもブログ拝見しており..
by さすらい at 16:25
取り上げていただきありが..
by 大塚俊哉 at 09:53
> 11さん ありがと..
by dobashinaika at 03:12
「とつぜんし」が・・・・..
by 11 at 07:29

以前の記事

2025年 01月
2024年 09月
2024年 08月
2024年 06月
2024年 03月
2024年 01月
2023年 12月
2023年 11月
2023年 08月
2023年 06月
2023年 04月
2023年 03月
2023年 02月
2023年 01月
2022年 12月
2022年 10月
2022年 09月
2022年 08月
2022年 06月
2022年 05月
2022年 04月
2022年 03月
2022年 02月
2022年 01月
2021年 09月
2021年 08月
2021年 07月
2021年 06月
2021年 05月
2021年 04月
2021年 03月
2021年 02月
2021年 01月
2020年 12月
2020年 11月
2020年 10月
2020年 09月
2020年 08月
2020年 07月
2020年 06月
2020年 05月
2020年 03月
2020年 02月
2020年 01月
2019年 12月
2019年 11月
2019年 10月
2019年 09月
2019年 08月
2019年 07月
2019年 06月
2019年 05月
2019年 04月
2019年 03月
2019年 02月
2019年 01月
2018年 12月
2018年 11月
2018年 10月
2018年 09月
2018年 08月
2018年 07月
2018年 06月
2018年 05月
2018年 03月
2018年 02月
2018年 01月
2017年 12月
2017年 11月
2017年 10月
2017年 09月
2017年 08月
2017年 07月
2017年 06月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 02月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 04月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 12月
2013年 11月
2013年 10月
2013年 09月
2013年 08月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 09月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 03月
2007年 03月
2006年 03月
2005年 08月
2005年 02月
2005年 01月

ブログジャンル

健康・医療
病気・闘病

画像一覧

ファン