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心房細動診療の基本コンセプト(2)

前回は、開業医として、common diseaseを多く診ているものとして、他のcommon diseaseとの比較という視点をもとに、心房細動の特徴を4点ほど挙げました。つまり1)段階的進行性を有する慢性疾患 2)リスクでありリスク因子である 3)治療オプションが比較的多い 4)意思決定場面が多い、ということです。

【EBM,NBMの不可能性】

さて、今やEBMは聴診器と同じように、診察室に浸透したかのようにも見えます。また一方で一見EBMへのアンチテーゼのよう中たちで焦点が当てられ、今や糖尿病初め多くのcommon disease診療の、メジャーな方法論となっているナラティブアプローチ、あるいはbio-psycho-social(BPS) モデルがあります。EBM,NBMともに臨床上欠かせない姿勢であり、本来対立軸で扱うべきものではありません。

EBM,NBMのバランスをとりながら目の間の患者にあたれ、EBMではすくいとれない患者の物語に焦点を当てよ、云々。私も、そうした言説にはなるほどと思って両者の両立、両者の追求に心がけようとした時期もありました、いや、今でもそうした姿勢は大切だと思います。しかし開業医を7年もやってみると、どちらの方法論も自分に今ひとつしっくりこない、どちらにも不十分でどっちつかずで、常に自分の診療に不満が残る毎日、という感じになってきました。考えてみれば、どんな方法論も限界のないものなどあり得ない、方法論に完璧なものを求めても無理な話しです。EBM,NBM双方とも世界を型にはめる、切り取る一つの方法ですから、型にはまらない何者かがこぼれ落ちるのは当然です。EBMの限界は言わずもがな、マスを対象とした形式知を個に当てはめるという原理的に不可能性を帯びた営みです。ナラティブアプローチも患者=他者の内面をあらかじめ「確固としたもの」としてとらえる、そして引き出すという不可能性に満ちた行為に思えます。これらはいずれも、世界を、そして他者を確固たるもの、主体性のあるものとしてとらえる方法であり、やはりあくまで西洋的、モダン的な視点であると思うのです。

まあ、そんなに原理的に考えると疲れるだけなんですが、哲学少年だった私としては(笑)、不可能性、限界を知りつつ適当にブレンドと妥協を繰り返しながらやっていくことに我慢ならない感じがしていました。

それから、今の日本の診療所外来で、BPSモデルがなかなかフィットしない場合もあります。こちらの熟練度が足りないのかもしれませんが、やっぱり患者さんの解釈モデルを引き出したり、ストーリーを聞き出したりするには時間がかかりますし、時間的物理的に制約があることは否めません。
ということで、EBM,NBMともその精神は重々理解したつもりではいても、プラクティカルなレベルでなかなか私の立脚点にはなり得ませんでした。

【リスクマネジメントとしての心房細動診療】

一方、こと心房細動診療の場合、上記のような特徴を考えるにつれて、プラクティカルな方法論として、一つのキーワードが浮かび上がってきました。それは「リスクマネジメント」です。今更、とか、陳腐な、という印象を受ける方もあるかと思います。しかし“リスクであると同時にリスク因子である”“意思決定がものを言う”という側面を見た場合、リスク因子としての心房細動を管理する、または心房細動というリスクを起こさないように管理するという感覚は生きます。

リスクとはそもそも何でしょうか?様々な定義がありますが、社会学者ルーマンは、リスクとは、何事かを選択したときに、それに伴って生じると認知された-不確実な-損害のことである、と言っています。つまり何事かを選択したとき、あるいは意思決定をしたとき、初めてリスクが生じるのです。例えば脳塞栓は、心房細動における最大のリスクですが、選択する、しないの有無にかかわらず生じる可能性がある訳で、その意味では疾患というもの自体、ルーマンの言う意味でのリスクとは言えないかもしれません。しかしながら現代に生きるわれわれには抗凝固薬を服用するという選択肢を無視することはできません。脳塞栓リスクは、抗凝固薬を服用するかしないかという選択ののちに、改めてわれわれの前にのしかかるのです。それが医療化の枠内に生きるわれわれの今日的な意味でのリスクです。意思決定場面の多い心房細動診療において、リスクとしてとらえるという視点は、この意味からも親和性が高いものと言えます。

【リスクマネジメントの手順】

リスクマネジメントと一口に言っても、災害の分野、環境の分野、高度技術の分野、経済金融の分野等々、それそれのフィールドにおいてそのアプローチ法は様々です。しかし元々経営学に端を発する「リスク管理」の発想の根本手順は一定のフォーマットに乗っ取ったものです。シンプルさを優先することが許されるのであれば、リスクマネジメントは次の4つのステップで考えるとわかりやすいと思います。
1)リスク識別:心房細動があることによって生じるリスクは何なのか。心房細動があるとなにが都合悪いのかを同定、発見し、把握すること。
2)リスク評価(いわゆるリスクアセスメント):1)で洗い出したリスクが、具体的にどの程度のリスクなのか、そのリスクの質を主にリスクが生じることによるインパクトと確率の両面から評価する作業。EBMが最も活躍する場面。
3)リスク対応=意思決定:2)で評価した結果をもとに、優先順位を明確にした上で、それらに対する対策を策定し実行する。患者さんに、評価したリスクを伝え、意思決定を行い実行する段階です。
4)フィードバック:上記3つのステップが終了後、それらの手法が十分は効果をもたらし、目的が達成できたのかを確認、見直しする作業。

以上は、医療にも応用できる、リスクマネジメントの一般的な作業工程ですが、これらを円滑に遂行するために、これら作業工程の根底に流れるべき大切なコンセプトがあります。それは「リスクコミュニケーション」です。医療者側はEBMや経験則に基づいて、ある程度客観的と考えられるリスク評価を行っています。それをどのように患者さんに伝えるのか。どのような伝え方が効果的であるのか、一方、患者さんは今あるリスクをどのようにとらえているのか、リスク認知にゆがみはないのかを検討します。リスク認知心理学のノウハウを知る必要が生じます。

最後にリスク「マネジメント」という言葉についてです。マネジメントというとどうしても管理する、医療者が患者を管理するというイメージを持つかもしれません。私のイメージはそうではなく、患者さんも自らリスクをマネージするのだという感覚を持ってもらうということです。心房細動に対し、リスクマネジメントという認識を患者、医療者ともに共有し、しかも両者の共同作業であるととらえる。そうできれば良好な患者ー医療者関係が築けるのではないかと思います。

次からはそれぞれの工程の各論を述べてみたいと思います。
by dobashinaika | 2011-01-10 17:58 | 心房細動診療:根本原理 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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