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左心耳血栓の予測にはCHADS2スコアとは違った指標が必要かもしれない

心房細動に脳塞栓が多いわけですが、原因は左心房に血液の塊(血栓)ができるためです。左心房には左心耳という、ちょうど犬の耳の形のような袋状の場所があり、ここに血栓ができるのです。一方CHADS2スコアは時々このブログでも出てきますように、そのくらい脳塞栓を起こしやすいかの目安であり、高血圧、糖尿病、75歳以上、心不全、脳梗塞の既往をそれぞれ1点(脳梗塞の既往は2点)とし、2点以上の人にはワーファリン服用が勧められているのは周知のとおりです。さて、このCHADS2スコアと左心房耳にできる血栓との関係を調べたのがこの論文(American Heart Journal2010. 159; 665-671)です。

背景)この研究はCHADS2スコアが左心耳血栓を予測することができるかどうかを検証することを目的としている。心房細動の脳塞栓予防には、どんな患者さんで左心耳血栓による脳梗塞が多いのか、またワーファリンが効果的であるのかを診断する道具が必要である。心房細動の脳梗塞の半分は心臓が原因ではなく、そうした患者さんは抗血小板薬(アスピリンなど)が必要となる。これまでの研究では、そのような心臓の中に血栓が確認されていない患者さんを対象としており、診断の道具を特定することには限界があった。

方法)抗凝固療法(ワーファリンなど)をうけていない、弁膜症のない心房細動患者のうち、経食道心エコーで左心耳血栓が認められた群(110例)と認められない群(387例)に分けた。すべてアメリカのメイヨークリニックのデータベースに登録された患者である。両群で心房細動の種類や持続期間、CHADS2スコア、心エコーの各種計測値を比較した。

結果)
1.CHADS2スコアは血栓あり群(2.8±1.6点)がなし群(1.6±1.3点)に比べ多かった。
2.心不全、脳卒中や一過性脳虚血発作の既往、糖尿病、永続性心房細動、長期の心房細動、もやもやエコー(エコーで左心房の血流が渦を巻くようなイメージ)はそれがない患者に比べてそれぞれ5.78倍(心不全)、3.94倍(脳卒中の既往)、1.98倍(糖尿病)、3.02倍(永続性)、2,24倍(長期)、4,35倍(もやもやエコー)左心耳血栓が多かった。
3.これらの要素を組み合わせたC-インデックスという指標では左心耳あり群は0.90、成し群は0.71ではっきり判別可能でありCHADS2スコアより予測能が優れていた。

結論)
CHADS2スコアは左心耳血栓の予測に有効だが、エコー所見や心房細動の種類、持続期間を加えた新しい指標はより正確に血栓を予測し得た。

###CHDAS2スコアは今や、臨床現場で広く用いられており、これが2点以上の人にはワーファリンを処方することが、日本のガイドラインでもすすめられています。しかしながら救急医療の現場などからは、CHADS2スコアが0点や1点の人に脳塞栓症が多いので、スコアが低い段階からワーファリンを処方するべきであるとの声もあります。

元来こうした点数化というのは、病気の予測能力としては難しい問題をはらんでいます。たとえばワーファリンを処方するか否かをCHADS2スコア2点で切ったとしても、1点、ゼロ点でも脳梗塞になる人(偽陰性)になる人もいれば、2点以上でもならない人(偽陽性)もいます。東大の大橋靖男先生が指摘されているように(当ブログ2009年4月15日参照)、疾患のある群とない群とでのスコアの重なり部分(偽陽性と偽陰性)が大きい場合は、そのスコアは疾患を予測する能力は低くなってしまうわけです。CHADS2スコアと脳梗塞発症率が
いくらきれいに相関しても、2点をもって発症する、しないがはっきり分かれるわけではありません。

この予測能を上げるには、もっと評価項目を多くして疾患群にのみ特異的な検査所見をスコアに加えていくことが必要です。今回の研究では心エコーの所見と心房細動の種類、持続期間を新たに加えることで予測精度が高まったことになっています。

しかしながら一般のクリニックで経食道心エコーまで行うことは困難です。CHADS2スコアに心エコー所見が入っていないのは、より多くの臨床かがより簡便に判定できるからです。われわれは脳塞栓の予測精度とスコアの簡便さとは両立しないことを知って、このようなスコアを使うべきでしょう。
by dobashinaika | 2010-04-06 18:27 | 抗凝固療法:適応、スコア評価 | Comments(1)
Commented by AF Surgeon at 2011-11-09 10:48 x
内視鏡下手術(30分程度)で左心耳を完全に切り取る治療を行っています。左房拡大が著明の超慢性期AF(アブレーション抵抗性)症例(15例)にこの手術を行いました。皆さん脳梗塞歴があり抗凝固治療を必要としながらも出血性の副作用に苦しんでいた方たちです。術直後から抗凝固をストップしましたが、最長2年の経過観察で、1例も塞栓症の再発なく、QOLも著しく向上しています。

詳細については、toshiya_ootsuka@tmhp.jp

まで。


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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