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ガイドライン~この恣意的なるもの~

宮台真司「日本の難点」を読んだ、といっても発売日と同時に購入し、あちこちつまみ読みしていたので実際は何回読んだかわからないといった方がよい。この本のエッセンスは「はじめに」にある「恣意性からコミットメントへ」である。いわゆるポストモダンといわれる時代においては「みんなとは誰か」「われわれとは誰か」「日本人とは誰か」という線引きが偶発的で便宜的なものにすぎないと認識される(境界線の恣意性)。しかしこのことを百も承知の上で、いかにして境界線の内側へのコミットメント(深いかかわり)が可能になるかを探究することが大切だ(コミットメントの恣意性)。

この「境界性の恣意性」から「コミットメントの恣意性」への視点転換は、そのままわれわれ臨床医への、患者リスク管理の視点転換にすり合わせることができる。血圧に境界線はない、LDLコレステロール値に境界線はない。膨大なる大規模試験の知見は血圧、コレステロール値において”the lower, the better” を明確化した。ここからがよくて、ここからが駄目といった境界線はない。とくにLDLコレステロールは下げれば下げるほど心筋梗塞は減り、いくら下げても自覚症状はない(薬剤介入のための副作用を除けば)。

社会構築主義の立場からすると、あらゆる疾病は恣意的な境界線で囲まれた便宜的な定義から成り立つ。そんなことはない、がんによる腫瘍は体内に確実に存在する、心房細動は動悸という症状に一致した心臓内の電気的な乱れとして存在する、と思われるかもしれない。でもまったくの孤島で一人生活し、外界から隔絶された人間を考えてみるとよい。レントゲンもない、心電計もない世界においては、疾病はいつもの状態とは違う何らかのもの、としてしか認識されないだろう。疾病とはこのように社会的に構築された産物である。

よって疾病の定義、ここからが疾病だよという言説は恣意的である。血圧140の90というのは本来的な意味での根拠はない。LDLコレステロール140に絶対的境界線が引かれるわけではない。われわれ臨床家は、このことを肝に銘じる必要がある。その上であいまいな境界線の内側に患者さんがコミットするように仕向けよ、宮台のメッセージを臨床医学に適用するとさしづめこのようになる。

臨床医はガイドラインの数値など便宜的であるということを深く認識すべきであろう。そのうえでどう患者さんを境界線の内側にコミットメントさせるか、すなわちどのように血圧を下げるのか、ゆっくり下げるのか、どこまで下げるのか、といった日常すでにやっている「コミットメント」により戦略的に取り組むべきであろう。

よく考えると、このようなことを無意識的に実践してきた臨床家は少なくないのではないだろうか。ガイドラインに依拠して薬を出すようにしてはいるものの、どこかでガイドラインなんてと考えている医師は多いであろう。140の90ってホントかいな、であることを分かりながらも積極的に血圧は下げたほうが良いと考え、どう下げるかで悪戦苦闘しているのもわれわれ臨床医である。

我々の日々の診療実践も、気鋭の社会学者による社会分析と背中合わせで考えることもできるかなと思いながら読んでみた。

by dobashinaika | 2009-06-20 00:19 | EBM


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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