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人生は断片的なものの集まりー「断片的なものの社会学(岸政彦)」を読む

「人生は断片的な物が集まって出来ている」
「私の手のひらに乗っていたあの小石は,それぞれかけがえのない,世界にひとつしかないものだった。そしてその世界にひとつしかないものが,世界中の路上に無数に転がっている」
「私達の自己の世界は,物語を語るだけでなく,物語によって作られる」
「私達の人生は,何度も書いているように。何にもなれずにただ時間だけが過ぎていくような,そういう人生である,私達のほとんどは,裏切られた人生を生きている。私達の自己というものは。その大半が「こんなはずじゃなかった」自己である」
。。。

こうクリニカルパールを羅列するとありきたりに見えますが,様々なエピソードをはさみながら,「分析できないもの」「物語にできないもの」がそのままの断片としてさり気なく語られています。

よく「ありのままで」「自分らしく」「本当の自分」などと言いますが,思えば人間というのは,ぜったい「ありのまま」ではいられない,むしろ「いま,ここ」を常に越えようとする存在,あるいは越えようとするプログラムがインストールされた存在といえるのではないか,そう思うのです。いわゆる「超越的存在」ですね。

うちにも猫がいて,かれらはとにかく食に対しての欲望は際限がなく,主人がいない時にも台所を漁るくらいの「意図」は持っているわけですが,でも食べ物が得られない時に,では,もっと食べ物がゲットできるようにと外に出る算段を計画したり,いつもより多く食べ物をもらおうと主人にもっと媚びをふるようなそれこそ猫なで声をかけたり,そんな事はしないわけです(する猫もいる?)。

人間だけが,食べ物がなければ計画的に稲を作付けしてコメを得ることができる,人間だけが今すぐ実現できない「目的」を掲げてそれに向かって自分を高めていくことができる,そう戸田山先生も「哲学入門」で述べられています。

で,目的というのはまだ見ぬ世界なので,われわれは日々目的と現実のギャップに悩むわけです。そして結局ギャップが埋まらないまま終わってしまうんじゃないか,そんな「不安」を常に抱えて生きるわけです。不安がなく暮らしている人もいるかと思えますが,実はそうでもない。ある目的が達成されたと思えたら,また別の目的が芽生えます。人間とは良く言えばそうした可能性を常に秘めた存在であり,裏返せば永遠に目的を達成できない「不安」を抱え持った存在であるとも言えます。人間の意識というのは「不安」そのものであると言っても極論ではないと思います。

だいぶ本の内容からそれてしまいましたが,,本書はそんな大上段から人間を論じているわけではなく,どこかの学生が書いた「昼飯なう」のようなつぶやきに惹かれること,そうした物語にも分析の対象にもならないような断片に惹かれる,そうした心の機微を淡々とさり気なく書いているのです。

「自分の中には何が入っているのだろう,と思ってのぞきこんでみても,自分の中には何も,大したものは入っていない。ただそこには,今までの人生でかき集めてきた断片的なガラクタが,それぞれつながりも必然性も,あるいは意味さえもなく,静かに転がっているだけだ」
人生に「不安」を感じたら,こんな著者の言葉が「ほぐし」になるかもしれません。いやそうした癒やしほぐしなどを求めるというようなやわい感触とは別次元の,何も声高に主張していないのに,ひたひたと身体に染み入ってくるような一種の佇まいを感じさせる,そんな一冊です。
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$$$ 連日寒い日が続きます。でも健気にアスファルトに咲く花もある。
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by dobashinaika | 2015-08-30 23:12 | 医者が患者になった時 | Comments(2)
Commented by 大西康雄 at 2015-09-01 13:07 x
先生のブログ(共病記)を全部読ませていただきました。
僕は昭和34年生まれの55歳です。今年の7月5日に激しく経験したことのないめまいに襲われ、たまたま近くにいた医者に「突発性のめまいでしょう、2時間ほどで元に戻ると思いますよ」と言われ、2時間ほど寝ていたら本当に戻りました。少しでも頭を上げようとしたら天井がぐるぐる回る感じだったのに、2時間で元に戻り、医者の言うとおり突発性だと思い込んでいました。それでも経験したことのないめまいだったので翌日の月曜日にMRIのある耳鼻咽喉科に行ったところ、症状を聞いてすぐに脳外科に回され、さらに脳神経外科専門の病院を紹介されて即入院で、病名が「両側椎骨動脈解離」でした。翌日カテーテルで造影剤を入れて検査し、とにかく安静に、と言われました。頭痛と舌の根元が腫れてろれつが回らない、嚥下が非常に悪いという症状がありました。先生のようにめまいが続いたことはなかったのですが、その2~3日は相当危なかったかと思います。その後7月22日にもう一度造影剤の検査をし、進行していないということで退院し、月1回のMRI検査で経過を見ようということになって現在に至っています。アルコール、運転、ゴルフ等を禁止されています。それは当然のこととして受け入れていますが、どのくらいで元に戻るのか、それより元に戻れるのか、という不安があります。
先生は1年経過して、動脈解離としてはどのくらい元に戻られたのでしょうか?どの程度まで普通の生活に戻られたのでしょうか?できれば続編でお知らせしてほしいと思います。
Commented by dobashinaika at 2015-09-01 21:03
コメントありがとうございます。さぞ苦しい思いをされたことと思います。そして今も大変ご不安のことと拝察申し上げます。私の場合は右の解離ですが,解離した方の血管は細いままであまり血液の流れは良くないようで,左が肩代わりしているようです。血流は他の細い血管も肩代わり(側副血管)するので,そのうち戻ってくるものと思います。ただ,私の場合小脳の真ん中が梗塞を起こしたため,約半年は運転もできずアルコールも禁止でした。現在も首だけ動かしたり,少し目を上に上げますとでぐらっときます。ただ日常生活はほとんど問題なくなりました。やはりおおよそ半年が目安だったように思います。受傷2ヶ月後から毎朝の散歩をかかさず今に至っています。慢性期のことを殆ど書いておらず申し訳ございませんでした。近々その後の共病記として書かせていただきます。くれぐれもお大事になさってください。


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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