共病記(4)〜医者が患者になった時〜:椎骨動脈解離

椎骨動脈とは、聞きなれない名前かと思いますが、人間の脳に行く血管(動脈)は、左右2本ずつ、計4本あります。そのうちの大脳の方に行くのが頸動脈であり、小脳及び脳幹に血液を送るのが椎骨動脈です。首の骨である頚椎の横にある横突孔という穴を通るのでこの名前がついています。

小脳は人間の平衡感覚や運動の調節を司っています。また脳幹は延髄、橋、中濃、間脳からなっていて、呼吸や自律神経の中枢や意識を支配する径路が存在し、生命の維持にとって極めて大切な場所です。

左右の椎骨動脈は、その後1本の脳底動脈となり、そのまた上の方で頸動脈からきた何本かの血管と合流します。
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                        (Wikipediaより)

私はベッドに寝たままで、主治医の先生が窓の方にかざしたMRアンギオの写真を見ていました。先生が指差すより0.何秒か前にすぐに右の椎骨動脈に目が行きました。右下の写真でわかるのですが、右の椎骨動脈が左に比べてとても細くなっていて非常に心もとない感じでした(矢印の部分)。
(左の写真については本ブログの下の方で解説しています)
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動脈というのはバームクーヘンを思い出していただければいいのですが、丸い筒の壁が3つの層に分かれています。そこの一番内側の内膜と真ん中の中膜との間に裂け目ができて、縦方向に避けるのが動脈解離と言われるものです。動脈解離で有名なのは、心臓から体全体に行く大きな大動脈の壁が避ける大動脈解離で、最近では私の敬愛する歌手、プロデューサーの大滝詠一さんが亡くなられた際の病気として報道されました。

私の場合は、大動脈ではなく脳に行く椎骨動脈の壁が避けたのです。原因については後に書きたいと思っていますが、首を急に動かした時に発症する場合もありますが、はっきりした誘因がないことも多く、20代や40代の若い人に多いそうです。

昔から音楽とか、絵が好きで、たとえばそうですね、カルロス・クライバーという今は亡き天才指揮者のCDであるとか、あとは伊藤若冲の鶏の絵とか、何回聴いても、何回見ても背筋にゾゾッとしたいわゆる鳥肌が立つ感じを覚えるのですが、自分の脳に行く血管が狭くなっている写真を見た瞬間は、同じゾゾッとした感じでもこれまで経験したことのないようなものでした。下半身の前立腺のあたりから沸き起こる、なにか命の存在自体が脅かされるような、急き立てられるような、そういうような感覚を伴っての鳥肌でした。あと数センチ上にまで解離が進行したら脳幹に到達しますが、それは生命の危機を意味します。また経過の過程で血管に動脈瘤(コブ)ができると破裂の可能性があり、これまた非常に危険ですので、カテーテル治療が必要なこともあります。

ところが、そうした体の底から沸き上がる危機感みたいなものも確かにあったのですが、妙なおちつきというか、安堵感というものも混在していました。左の椎骨動脈が大変しっかり映っていたからかもしれません。あるいは、今のところ脳幹までに至る症状が全然出ていなかったからかもしれません。先生の説明が非常に落ち着いた口調だったからかもしれません。はたまた、自分は絶対大丈夫だという、どこからかの声のためかもしれません。以前医学系のサイトで「椎骨動脈解離の予後は良好」というのだけうっすら覚えていたからかもしれません。

とにかく、ここまで来たらなるようにしかならないのだから、全てを受け入れるしかないなと思ったのです。それも不思議なのですが、すごく真剣にもう本当に悟りを開くような、あるいは不退転の決意でそう思ったのでは全然ないのです。意識の上澄みの部分で、何となくまあ大丈夫だろうといった軽い楽観が、意識全体を薄いベールで覆ったような、医者としての頭のなかではもっと解離が進んだ場合のことや、逆に脳動脈瘤ができてしまってそこが出血した場合の深刻さも十分知っているとは自覚しつつも、それが深刻に感じられない何か説明できない浮遊したような感じに包まれたのです。

もちろん主治医の先生からはその後、家人にここ2,3日の間に生命の危機が及ぶことの可能性につき詳しく説明されたようです(後の家人からの話によると)。ですが、説明を受けてからも家人は何事もなかったように、それこそ明日雨でも降るのとの同じことのように受け止めているように、私には見えたこともおちついていられた原因かもしれません。

ただその日、先生方は、その科の他の先生も含め何回も診察に来られ、しゃっくりは出ないか、物が二重に見えてこないか、呼吸が苦しくないかといった、脳幹部領域の症状をその都度聞かれました。今にして思えば、これらの質問、実は非常に怖い質問なのです。

部屋は、ナースステーションに近い個室でした。しかしそこは、トイレと洗面所はあるものの、冷蔵庫、ソファといったいわゆる個室に見られる調度品は一切なく、代わりに天井の下の真ん中に監視カメラか備えられた重症病床でした。左手人差し指には酸素飽和度測定のためのパルスオキシメーター、胸には心電図モニター、枕元には精密持続点滴のための輸液ポンプが置かれ、非常に物々しい体制になりました。

そしてすぐさま、2つの大きな難題があることに、むしろそちらの方に恐ろしさというか壁のようなものがあることに程なく気が付きました。ひとつは明日からの自分の診療所の診療をどうするかということです。これは、待ったなしの切実な問題でした。

もう一つは、これまた何回も出てくる問題で大変恐縮ですが、排泄の問題です。それまで排尿はベッドの上でちょっと体を傾ければ難なく出来たのですが、診断名を聞いたあとからパタッとできなくなってしまったのです。尿意は強くあるのですが、思い切りお腹に力を入れることができないのです。おそらく気張ることによりあの血管がまたどうにかなるのではという深層心理のためだったのかもしれないですが。。

とにかくその2つの難題と、そしてもう一つ、この血管の解離の理屈が頭で分かったとして、それといまあるこの後頭部からおなかににかけてのもっさり感はどう関係するのか、その間に横たわるギャップみたいなものを深く考えるようになったのです。

なお上の左の写真はBPAS画像という血管の走行を影絵のように映す方法(山形で開発されたとのとです)で、血管の外径(外側の輪郭)がわかります。一方右側はMRアンジオグラフィ(血管画像)で狭くなった血管の内側(内径)を表しています。その差が血管の壁が解離してできたいわゆる偽腔という、壁が避けたためにできた本来の血管ではない部分と考えられます。今回急にめまいが襲ったのは、この偽腔に起きた血液の固まり(血栓)が小脳に飛んだ(塞栓)からだと思われます。普段から心房細動の脳塞栓のことばかり書いたりして、この病気にはいわば身体の一部のごとく親近感を持っていましたが、よもや自分自身の身体に塞栓症が起こるとは。。。

###ヘビーな話になってきたので、今朝家の近くに行商に来た八百屋さんで買った大根とキャベツです。何とどちらも100円!
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by dobashinaika | 2014-11-30 21:31 | 医者が患者になった時 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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