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超高齢者の抗凝固療法こそ今後の心房細動診療の最大の問題

先週2つの抗凝固薬関連の講演会に講師として参加させていただきました。
演題名は「抗凝固薬のエビデンスとリアルワールド」。すべて最近半年以内に当院に通院された方の実例を元に問題提起をいたしました。

一番反響の大きかった症例は以下のような方です(特定できないように一部改変しております)。
85歳女性、Aさん。
高血圧、糖尿病で他院通院。お嫁さんが当院通院。通院の便から当院受診希望
心不全入院の既往あり
体重58kg、Hb12.1g/dl、血清クレアチニン0.74mg/dl、クレアチニンクリアランス 51ml/min
長谷川式簡易知能評価スケール:16点。周辺症状なし
息子さん夫婦と同居。主にお嫁さんがお世話
レザルタス、メインテート、ダイアート、ネシーナ、サインバルタ内服中
胸部単純写真CTR62.7% 、
心電図:心房細動、心拍数80/分
CHADS2スコア:4点、CHA2DS2-VAScスコア:6点


つまり高リスクではあるが、認知症を持つ超高齢の方への抗凝固療法です。
80歳以上の方に対する抗凝固療法は、十分なエビデンスがありません。心房細動関連の書物、雑誌記事、学会講演会、そしてガイドラインに至るまで、高齢者の抗凝固療法はいわゆる「特殊な患者」への治療として扱われ、たいてい後半の方で、小さな別枠で扱われるのが常です。

しかしよく考えてみましょう。当院ではこのAさんのような虚弱高齢者、いわゆるfrail elderlyの割合がかなりです。そして今後数年のうちに、このような方がものすごい勢いで増えて行くことが、推測されています。「超高齢者に対して抗凝固薬をどうするか」このとが今後の抗凝固療法のメインストリームになることは容易に想像がつきます。

脳梗塞患者さんの機能予後については例えばこのようなデータあり、心原性脳塞栓患者の5割以上が要介護4以上または死亡に至ることがわかっています。これをみるとなんとか抗凝固療法を行って脳塞栓で寝たきりになることだけは回避したいと言うインセンティブが働きます。
超高齢者の抗凝固療法こそ今後の心房細動診療の最大の問題_a0119856_23535117.jpg

心電図31:292-296.2011

一方で、高齢者は出血リスクが多く、転倒リスクもあり、認知症等から薬のアドヒアランス低下も懸念されるため、なるべく抗凝固療法は回避したいと言う思いも錯綜します。

高齢者の抗凝固療法に関するエビデンスの代表としてEPICA研究があります。80歳以上(平均84歳)対象ですが、年間大出血率1.87%と思ったよりかなり低い数字が出ています。TTRが64%とワーファリン管理の良い集団である点が大きいですが、ここから学ぶべきは出血リスクは、出血の既往、活動性癌、転倒の既往、併用薬、女性、腎機能低下、85歳以上、高血圧に規定されるということです。

高齢者の抗凝固療法の鍵は、この出血リスクをいかに軽減するかにかかっていると言っても過言ではありません。このことを実践するうえで役に立つのがHAS-BLEDスコアです。このスコアの高血圧、出血、INR不安定、抗血小板薬/NSAID/アルコールなどの各因子は、現場の努力で改善可能です。高齢者抗凝固療法の鉄則は血圧を下げる、INRを適正に保つ、併用薬をむやみに処方しない、場合によりPPI等を考慮する、と言ったマメな努力を怠ってはなりません。
超高齢者の抗凝固療法こそ今後の心房細動診療の最大の問題_a0119856_23581971.jpg


現時点では、私であれば、一応血圧管理と服薬指導を十分行いつつワーファリンを勧めてみますが、上記のことを考慮に入れた上で、最終的にご本人、もしくはキーパーソン(服薬管理者)を交えて、抗凝固療法をしないで要介護4以上になった場合の確率とインパクト(考えられうる現実)、出血した場合のリスクとインパクトをよく理解し合うことが次の段階です。

抗凝固療法に限らず、高齢者医療に確たるエビデンスはなく、特有の「不確実性」がつきまとうことは避けられないことであると思います。その際、「正しい意思決定」をすることよりももっと大切なことは、患者さん、家族、医療者間で、問題点、目標、それぞれの役割を明確にし、それを共有し合う事。いわゆる信頼関係に基づいた共通基盤を構築することであると考えます。そしてそれこそが超高齢者医療の最終目標だと思うのです。

高齢者抗凝固療法のレビューはこちら

超高齢者の抗凝固療法こそ今後の心房細動診療の最大の問題_a0119856_00932.jpg

今年最後の心房細動勉強会(秘密結社ではありません(笑))。
by dobashinaika | 2012-12-17 00:09 | 抗凝固療法:全般 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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