神様が心臓に残した2つのいたずらー内胸動脈と左心耳

人間の体には、その機能がはっきりわかっていないもの、あるいはなくてもいいんじゃないかと思われるものが存在します。真っ先に思い浮かぶのは虫垂(盲腸)でしょう。またいわゆる奥歯の親知らずなどもあげられるかもしれません。

昨日、天皇陛下の冠動脈バイパス手術が行われましたが、話題になった解剖用語として「内胸動脈」「左心耳」があります。

内胸動脈は、胸骨の裏側を縦走している血管で、主に肋間筋を還流していると言われていますが、これをはがしても特にその後人体への影響はないとされており、バイパスグラフトとして現在広く利用され、今回の手術でも活用されたわけです。

一方左心耳は、外から見るとあたかも左冠動脈を包みこむかのように存在していますが、その構造は袋状であり、心房細動の際はここの血流が極端に遅くなるために血栓が生じやすくなり、ひいては脳塞栓をきたすということになります。

いずれも神様のいたずらと呼ぶにふさわしい「なくても良いもの」のように思えます。ところがこの2つは現在180度違う意味を持つことになっています。

内胸動脈は上記のように、冠動脈が詰まった時にスペアとして使われており人類にとってのある意味福音のような存在となっています。いわば神様の置土産。神様が、もし人類がはからずも長生きできるようになり、冠動脈が詰まる事態になった時、気がつくかどうかのクイズを出した、と勘ぐりたくなるようなものです。

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一方左心耳は、無用の長物と言うよりもありがた迷惑というか、いまやあってほしくない人体構造物ベストワンといっても過言ではありません。こちらは神様の「いやげもの」といっても良いかもしれません。

例えばこのサイトを見ますと、たしかに人類は進化の過程でもはや必要なくなったものも残滓を引きずっているパーツもあるわけです。
http://japanese.dbw.cn/system/2012/02/13/000467779.shtml

これらは必ずしも、人体は神様が設計したように進化していかなかった証かもしれません。特に内胸動脈など、冠動脈のスペアとして使うことなど神様は思っても見なかったのではないのでしょうか?また左心耳も、こんなふうに血液が固まるようになるまで、人類が長生きするとは思っても見なかったのではないでしょうか?
我々は、神の設計を越えて長生きしてしまっているのかもしれません。

しかしながら、まだまだこの程度の設計ミスなら人類の英知で、なんとか克服できる。そう思わせたのが、今回の陛下の手術だと言いたい気がします。

左心耳については、過去のブログで何回も出てきたように、カテーテルで閉鎖するデバイスも少なからず出てきています。こうしたデバイスがもっと簡便化され、それこそ三種混合ワクチンを受けるのと同じような気軽さで普及すれば、もう少し人類は長生きできるかもしれません(そこまで長生きしなくてもいいとも思いますし、またワクチンと心臓デバイスが同じ普及率になる日などなかなか到来しないようにも思いますが)。
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ここまで考えてくると、心房細動というのも、そもそも神の設計ミスだったと考えたくなります。肺静脈がなんであのように4本も複雑に左心房に入ってくるのか?心房筋はなぜたやすく線維化するような薄い構造なのか?そして左心耳。。。

今のところこの設計ミスを補填する手立ては不十分です。心房細動そのものの発生を抑える具体的かつ根本的手立てはみつかっていません(ARBダメ、スタチンも?、抗不整脈薬は相手にもされない)。一方抗血栓に関しては新規抗凝固薬および左心耳閉鎖バイスでちょっと前進したくらいです。今後、内胸動脈のように、設計ミスを逆手にとれるような武器がほしいものです。
by dobashinaika | 2012-02-19 23:20 | 虚血性心疾患 | Comments(2)
Commented by オヤジ作業療法科学生 at 2013-05-15 19:27 x
初めまして。
講義で心耳についてふれ、興味がありまして調べていたらこちらのブログにたどり着きました。
記事を読ませて頂きましたが大変面白く勉強になりました。
お邪魔しました。
Commented by ぼくは耳が大きい at 2014-07-18 08:49 x
そういう見方が出来るのですね。とても勉強になりました。

時期外れのコメントですみません。ただ、非常に面白かったのでコメントさせていただきました。


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