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新規抗凝固薬の登場で心房細動治療の”パラダイムシフト”は起こるのか

一昨日のブログでも述べましたように、12月6日に心房細動に関する開業医の勉強会に演者として講演しました。講演後の質疑応答で司会者から「新規抗凝固薬の出現で、心房細動治療のパラダイムシフトは起こるのか?」という質問をいただきました。

私はそのとき次のように答えました。
「ダビガトランは、ワーファリンと同等またはそれ以上の効果があり脳出血の副作用は少ないという良い薬であり、今後広く普及して行くことは間違いないと思う。しかし抗凝固薬は本質的に出血と言う他の薬に類を見ない重大で致死的な副作用を宿命的に持っている薬である。その本質が変わらないという意味では、パラダイムシフトは起きない。しかしながら今は過渡期であり、適正使用の作法を皆で共有できるようになれば(現象として)シフトは起こるだろう。ただしそれにまだ少しの時間がかかるかもしれない。」

「パラダイムシフト」という用語はトーマス・クーンが「科学革命の構造」の中で用いた言葉であり、現在ちまたでは「時代の大きな枠組みの転換」とうような意味合いで使われることが多いと思います。しかし同書の中ではクーンは「一定の科学者集団で共有されていた規範となるようなものの見方」を指しており、より狭い意味で使っています。また科学の発展は累積的連続的なものでなく、革命的かつ非連続的なものでありそれを「シフト」と称しました。

そうしたことをふまえて、新規抗凝固薬についてもう少し突っ込んで考えてみましょう。
Singerらは抗凝固療法適応に関し、Net clinical benefitの概念を提唱しました(詳しくはこちら)。元論文の式ももっと単純化すると(ワーファリンによる塞栓症予防ベネフィット)ーα x (ワーファリンによる頭蓋内出血リスク)>0のときワーファリンの適応があるとするものです。αは出血したときの損害の程度を表し、論文では1.5となっています。

私はこの式はやや足りない点があり、それは患者医師双方の心理社会的因子と考えています。そうした点を加味して(ワーファリンによる塞栓症予防ベネフィット)ーα x (ワーファリンによる出血リスク)>βというような定式化が現実的ではないかと考え、おとといの勉強会でも提示いたしました。βは「コスト一般」です。βは患者さんにとっては、経済的負担、ワーファリンのために通院することの(物理的心理的)負担、納豆禁止、採血への抵抗感などです。医師にとっては併用薬への留意、ワーファリン錠数調節の面倒などが挙げられます。

当初ダビガトランでは、ワーファリンに比べてのベネフィットが大きくなり、リスクは小さくなるため、この式の左項はワーファリンに比べかなり大となることが予想され、これがパラダイムシフトへの期待感を醸成させました。

またダビガトランは、食事制限不要、採血不要、併用薬制限なしとの特徴から、上記の患者医師双方のβをかなりゼロにすることができると思われており、これもパラダイムシフトの予感を抱かせました。

しかし市場に上梓されると、まず経済的負担の面でそれが困難であることがわかってきました(当初考えていたより高い!)。また患者さんによっては、納豆が食べられない、採血に抵抗あり、とはあまり思っていない方もおられることもわかりました。さらに医師にとっては、腎機能、併用薬、消化管出血の既往,年齢などワーファリン時代にはあまり留意しなかったアイテムのチェックが必要となりました。このようにダビガトランでβをゼロに近付けるには、まだ時間がかかるだろうことが認識されるようになりました。

一方上記式の左項がより大きくなることは、実はRE-LY試験という理想世界で示されたことであり、リアルワールド(やっぱり使ってしまいますね、この言葉)で本当にダビガトランの恩恵を実感できるかどうかは現時点は不明であるという現実があります。これまでTTRが良好であった人には実感できないかもしれません。

新規抗凝固薬で上記βを負担と感じなくなるほど我々が使い方に習熟し、実際に上記式左項がワーファリンよりも大だと実感できたときに初めて「パラダイムシフト」を実感できるのかもしれません。ただそれにはまだ時間がかかる、シフトはゆっくり起こると思うのです。これは劇的な変化という当初の意味には反しますが。

いやーちょっと書こうと思ったのに、ついつい長くなってしまいましたー

書き忘れましたが、上記αこそ、患者、医師双方とも個々人により様々であることも考慮する必要があります。まあ、個々人の認識は「パラダイムシフト」のカテゴリーとはまた別の問題ですが。
by dobashinaika | 2011-12-09 00:56 | 抗凝固療法:全般 | Comments(0)


土橋内科医院の院長ブログです。心房細動やプライマリ・ケアに関連する医学論文の紹介もしくは知識整理を主な目的とします。時々日頃思うこともつぶやきます。


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